私に石呪いの呪文をかけたなまえ様は、周りに居た生徒全員に忘却の魔法をかけた。あれほど広範囲に渡って呪文を行使するなど、並大抵の者には真似できまい。――それをあっさりやってのけてしまうあたり、なまえ様はやはり特別なのだろうと思う。

「とりあえずルシウスにはしばらくここに居てもらうか」

押し込まれたのは使用されていない教室で、魔法史で使う資料や、何かの機材が置かれていた。
資料の一つであると思われるタペストリーを広げて、その上に私を寝かせた彼女は一仕事終えたかのように息を吐いた。

「………ルシウス、死んでないよね…?」

かなり不安そうだ。
石呪いはまたの名を全身金縛り術といい、意識や思考以外はまるで動かなくなってしまうのだ。

「ハーマイオニーが使ってるところ見ただけなんだけど」

それが誰かは知らないが、とんだ付け焼刃だ。よく成功したものだと関心すらしたくなる。(そんな呪文を躊躇いなく行使するあたりは許し難いが)

私の頬をむにむにとつつき、なまえ様は心配そうな顔のまま隣に腰を下ろした。
「……次会う時は冬休みかぁ」
私ははっと、息を飲んだ。
なまえ様の突然の、全校生徒を巻き込んでの奇行。どこか寂しげな背中。

(ああ、そういうことか)

全てが繋がった気がした。
暫くぼんやりと、私の髪をいじっていたなまえ様は昼休みの終わる鐘を聞いて腰を上げた。

「うし、もう一仕事」

待って!
声を上げようとしても声帯が揺れることはない。
「あ、そーだ」
しかしなまえ様は立ち止まって振り返った。未練など欠片も感じさせぬ、きらきらとした笑顔を浮かべて。

「私さ、ルシウスが居なかったら、ホグワーツに一人飛び込んではこれなかったよ」

彼女の温もりの残るブレザーが身体にかけられる。

「ほいじゃーね、ルシウス」
次、あの屋敷に帰ればなまえ様はいるのだろう。それなのに、その言葉はまるで永遠の別れのように重い響きを持っていた気がした。
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