今日のホグワーツでは、今学期一奇妙な光景が見られていた。

「ぷあ!!?っわああああ!ゴーストさんの体突っ込んじゃったじゃないか!!」

というのも、まずはホグワーツではひどく珍しい、噂の転校生が、とんでもないスピードで広間を駆け抜けていったことから始まり、

「待て!!」

スリザリンの監督生・美しき孤高の青年と名高いルシウス・マルフォイが、顔を鬼にしてそんな彼女を追っかけ回している。
とくれば、みんな唖然とするしかないよね。




「止まらねばどうなるか、分からん訳ではあるまい!」
「ちょ、ちょルシウスウウウ?けい、け、敬語はどうしたのかなぁ?口調がまるで卿だよ!」
「その小煩い口、縫い付けられたくなかったら足を止るんだ!」
「冗談に聞こえな、あぎゃひ!」
「っなまえ様!」

ドンガラガッシャン!

例の如く盛大にコケた私に、ルシウスがいつもの心配そうな顔をして駆け寄ってくる。いや元から追っかけられてはいたんだけどね。
でも、さっきの般若顔よかよっぽどマシだ。

とにかく『転んでヨカッタ…』と思うことは後にも先にもこれ一回きりだろうなと断言できる。

「お怪我はありませんか」
「なんとか…」
「ならばたっぷりとお聞かせ願いましょう」
「え」
「何故、貴女様が、このような場所におられるのか」
免除なんてことには到底成り得ないらしい。私はルシウスに引きずられるまま、そう悟ったのだった。




「成程。要約すると、反論を述べられた悔しさ故に屋敷を飛び出し、敵陣であるこの学校に足を忍ばせ、見つかり、何故かダンブルドアの好意で入学、ホグワーツ魔法魔術学校4年生に配属されたと」
「足を忍ばせたというよりは…こう、正面の門から堂々と」
「馬鹿ですか」
「な!」
「馬鹿ですか」
「二度言うな!幾多の刺客をかいくぐって此処まで来たなまえちゃんを褒めろ!褒め称えた上であたたかいココアとかでおもてなししろ!」
「塵と化せ」
「すいませんでした私が全面的に悪かったです。だからどうか無表情でそんな辛辣な台詞吐くのはやめて」

床に正座する私の前に仁王立ちのルシウス。
彼はふうと溜息を吐いた。

「とにかく、この事は我が君に報告して……そんな顔なさってもダメです」
「卿に殺される」
「その点は問題ないでしょう」

そんな台詞が確信して口から出たことに、ルシウスは自分でも驚いていた。

「……我が君は、貴女様を大切に思っておられる」
「そう、かなぁ」
「ええ。だからこそ此処へなどやりたくなかったのでしょう。この場所は」


――この場所はあまりに、敵が多すぎる


「…」
「ルシウス?」
「、いえ。とにかくこうなってしまった以上報告はせねばなりません」

なまえはしばらく唇を尖らせていたが、やがて小さく口を動かした。

「…ヴォルデモートさん、寂しくなるかしら」

なまえの、不意に溢した愛らしい疑問に、ルシウスはふっと微笑んだ。それからやや大袈裟に溜息をつき、肩をすくめてみせる。

「さあ…家出などする悪い子の問いにはお答えしかねます」
「あう、」
「私は我が君が寂寥の念に囚われるより、なまえ様がホームシックになる方が早いと思いますがね」

なんだとー!ホームシックになんてならんわいアホーと情けない顔で喚くなまえに手を差し出す。


「いつまでそんな所に座っているおつもりですか」
「る、ルシウス」
「我が君から離れてる間に更に品格が落ちたとなれば、このルシウス一生の恥」
「更にっておま……」
「此処にいる間は、くれぐれも騒ぎは起こさないでくださいね」

なまえは立ち上がりながらふと首を傾げた。ここにいる間…?

「え…!?じゃあ」
「あの方からのご命令があるまで、です!いいですね、くれぐれも」

再度念を押しかけたルシウスの腰に、なまえはぎゅうっと抱きついた。

「うん!うん!ありがとうルシウス!」
「な、あ、なまえさ」
「じゃー私さっそく談話室とやらに行ってくるから!」

手を振りながら颯爽と駆けていくなまえに掛ける言葉もないまま、ルシウスは廊下に立ち尽くした。
未だに心臓が鳴り止まない。コレはまずい、我が君に殺されかねないのは自分の方だと潔く気が付けば、ほのかに火照った顔はたちまち白くなった。

「……それにしても」
ずいぶん嬉しそうな顔で笑っていたな、そう思い返してルシウスはまた少しだけ赤くなった。

鬼から逃れたスマイル
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