「好き」
「黙れ」
「愛してるんだ」
「うるさい」
「どうしたらお前に伝わる…?」
「私は嘘が嫌いだ」
嘘なんかじゃないのに。 ワシを真っ直ぐに見据える三成の瞳は酷く醒めていた。 琥珀色が揺れている。
「ワシは嘘を吐かん」 「それすらも嘘だな」
睨むような鋭い瞳はやがてワシから視線を外し手元の本へと戻る。 黒縁のメガネがよく似合う。
長い戦乱の世から、早400年が経った。 愛しくて愛しくて堪らなかった三成を自らの手で殺して、400年。
泰平の世を造る為とはいえ辛かったし、悲しかった。 今でも三成がワシに向ける憎悪の色を覚えている。 次こそは必ずや、戦のない平和の世で共に生きると、固く誓ったのだ。 そして現にワシは、三成と共にいる。
初めに見たときは息が止まった。 もしかしたら心臓でさえも止まったかもしれない。 それだけ衝撃的だった。
見間違える筈もない。 あの真っ直ぐな、瞳。
「何を考えている?」 「うん?お前の事だよ」 「…戯れ言を」
ただ、一つ。 三成はワシを覚えていなかった。 あの、狂おしく愛しい日々を、なにひとつ。
それでもやっぱり三成には変わらなくて、愛しくて仕方がないのだが、当の三成はそれを認めてすらくれない。 おかしなものだ、何も覚えていないのに、仕草も言葉も何一つ変わらない。 三成が記憶をもたないと知ったときは、少しの安堵を覚えたが、しかし、こうも何も覚えてないと凶王と呼ばれたかつての記憶が酷く尊くて、恋しくなる。
「嘘は嫌いだと言った筈だ」 「ワシも嘘ではないと言ったな。……三成、」
呼べば、メガネをかけたままの三成が不機嫌そうに眉を寄せて真っ直ぐな目を向ける。 あの頃はメガネなんてなかったから知らなかったけど、メガネかけても可愛いな三成。
「なあ、三成。ワシをどう思ってる?」 「…くだらん」 「真面目に答えてくれ」 「……真面目に答えたところでなんになる?」
妙に、掠れた声だった。 低い、掠れた声。 いつもとは違うトーンの。
「三成?」 「私が真面目に答えてなんになると聞いている」 「このままではワシが納得出来ない!」 「ならば、私が貴様を愛してると認めたところで何か変わるのかっ!!?」 「!!」
がたん、立ち上がった三成の肩が上下する。 幸い、このマンションは防音であるから、多分苦情なんてものはこないだろうけど。
「今、ワシを…愛してると……」 「だからどうした!…っ、私は貴様を愛している!!」 「じゃあ…」 「だが、貴様は違う!」
怒鳴り付けた三成は微かに震えていた。 浅い呼吸を繰り返して、そんなんじゃ過呼吸になってしまう。 それよりも。
貴様は、違う?
「何故気付かないのだ!?貴様の愛する三成は私じゃない!!」
叫んだ直後、三成の頬をたどる、しずく。
「三成…」 「貴様が私を愛してると言っても貴様は私を見てはいない!!私を通した誰かを愛しているだけに過ぎない!!」
ぽたり、ぽたり。 堰をきったように三成の頬に涙が伝う。 浅い呼吸は変わらなくて、さっきよりも大きく肩を上下させていた。
ああ、違うんだ三成。 お前なんだ。
なんて言ったらいいのかわからなくて、でも三成の嗚咽が堪らなくて、壊れてしまいそうで、引き寄せて抱き締めた。 小さく離せと抵抗の声が上がったが、聞こえないふりをする。
「……ふっ、貴様は、誰が愛しい?何故っ…私の名を呼ぶのに私を見てはいない…!!」 「…三成」 「もう…黙れっ…!」
ごめん。三成、ごめん。 だけど本当に、愛しいんだよ。
お前がワシを覚えていなくても、お前がかつての凶王ではなくても、お前はお前で何も変わらない、ただ愛しいんだよ。
「三成…っ」 「…っく、もう嫌だ…!私の名を呼ぶなっ…、貴様が、真に愛しいものに呼べばいい…!」 「みつなり…!!」
三成が腕の中で暴れ回って、その細い腕で突っぱねてくる。 振り払われてしまわぬように、抱き締めた手に力をこめた。
「家康…いえやっ…いえやす…!!」 「三成…」
お前だけが愛しいよ。 なんていえば通じるんだろう? 昔のお前も今のお前もどちらも。 ワシは三成お前が愛しいんだよ。
たとえお前が、 この先花になっても鳥になっても風になっても、或いは月になったとしたって、ワシはお前を見つけて愛する自信があるんだ。
なあ三成。
「…やっぱりお前は、哀しくて美しいな」
君が好きなのは僕じゃない
貴様が見ているのは確かに私なのに、
なのに、 それは私ではないのだ。
text by 1204
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