ぴ、と引っ掻かれたらしい頬が地味に痛みを訴えている。 いくら細いといえども、相手も同じ男であるから押さえ付けるのは容易ではなくて。 「落ち着け石田っ!!」 「何故、何故だっ!!何故私を裏切った!!?私が何をしたと言うんだ!!」 「石田っ!!!」 西軍総大将石田三成がこうして暴れるのは今に始まったことではないのだが、いかんせん石田は混乱して刀を手にすると始末が悪い。あの大谷の声ですら、なかなか耳に入らないのだから相当なものだろうと思う。 振り回された加減をしらない細い腕が容赦なく当たる。痛い。 振り乱された髪が視界の端にちらついて、痛いけど、綺麗だと思った。 「っ…てぇ、落ち着けって」 「…ぇやす、家康、家康家康家康家康ぅぅう!!!!」 「石田!!」 「何故私を裏切ったのだ家康ぅ、いえやす…っ」 「っ、ここに家康はいねぇ!」 瞬間、石田がはっと顔を上げて初めて目を合わせた。 薄く水の膜が張った琥珀色の瞳が不安定に揺れながら俺を見る。 「ちょ、う、そかべ…」 「そうだよ。俺ァ西海の鬼さ。家康じゃねぇ。家康は此処にはいねぇだろう?」 「あ、あ…いない、いえやす…」 いえやす、いえやす。 小さく呟く石田の瞳は虚ろに空をさ迷い、此処にはいない彼の人を想い、そして琥珀色を震わせるのだ。 俺の声なんか届いちゃいねぇ。 「あ、あああああああ!!!」 「石田ッ!!!」 「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、あぁ、家康家康家康家康ぅぅぅっっ!!」 「…っ、三成!!!」 ぴたり。 動きが止まる。 ゆっくりと俺を見る石田の頬は濡れていた。 俺の声が聞こえたわけじゃねぇ、石田は“三成”という呼び方に反応しただけだ。 解ってる。 解ってんだよ、んなこたァ。 「…っ、ちょうそかべ」 「何だ?」 「長曽我部ッ、長曽我部!」 「どうした」 「貴様はっ、貴様は…私を裏切るなっ…!」 「…ああ。裏切らねぇ、誓う」 家康、アンタは何を思ってこの男を壊していったんだ。 何を思って四国をも壊滅したんだ。 アンタは何がしたいんだ。 まるで小さな子供のような、この男を置いて行く事なんか、俺には出来ねぇ。 「貴様は、…あの男のようにっ、私から離れて行くな…!!」 「…当たり前だろ」 俺は石田を裏切らない。 …アンタが壊した凶王を裏切る事は出来ない。
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