「私は、行く」
「我は止めぬ。好きにすれば良い」



なんて。
止めたいに決まっている。


解る。
何故かは知らないが、この戦きっと負ける。
そして石田は二度と我の元には戻らない。
徳川の元で、その強くて美しくも儚い命を散らすのだろう。


しゃんと背筋を伸ばし、真っ直ぐに我を見据える石田に迷いなどなくて、徳川に対する憎悪と怒りでキラキラした瞳が、月の光を反射して酷く綺麗だ。
…我に止める権利など在りはせぬ。



「毛利、」
「なんだ」
「……私は…貴様が」
「言うな石田」



躊躇いがちな石田の声を遮れば少し不満そうな顔。
嗚呼、だが、そんな顔でさえ愛らしい。
石田の綺麗に形の整った唇へ指をのせ、紡ごうとした言葉をほどく。



「もう」
「その言葉は戦の後ぞ。今は目先の徳川の首だけ見ていろ」
「…」
「何ぞ、不満でもあるのか?」
「…いや、いい」



ぐっと眉間に皺を寄せた石田も、心の何処かで解っているのだろう。戦の結末を。
だからこうして柄にもなく焦っている。


それでもその言葉を今ここで聞きたくはないのだ。
ただの気休めでしかなくとも、石田にしかと帰ってきてほしい。戦に勝った、輝かしいその声で、その言葉を紡いでほしい。




「行け、石田」
「…言われなくともそうするつもりだ」


小さく素っ気なく言われた言葉はどことなく震えているように聞こえた。
石田の背中が遠ざかる。
足音だけが虚しく響く。






「貴様の想いなど、とうに届いておるわ」





つう、と頬を伝った滴の名前を我は覚えていない。






にに行く背中

(愛しい人の後ろ姿は)
(こうも儚いものだったか)





text by 瞑目





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