ホークスといなりが完庭那のバーに到着した時、騒ぎを聞き付けた人達が店の周りに集まっていた。野次馬を下がらせようと、彼らの前には警官達が立ち並ぶ。店のドアは残骸となって道に転がり、傍らには気絶した男が横たわっている。周囲には店の物と思しき酒やグラス、回転式の丸椅子が投げ出されている。そして、店の中では誰かと誰かが激しく争う物音と怒号がいなり達の耳にも届いていた。

(思ったよりヤバそうなんやけど……)

バーで客が暴れていると聞いていたが、単純に酔っ払って暴れているようには思えない。楽観的だったと、いなりは眼下に広がる光景に息を飲んだ。

「あっ──!」

その時、ホークスがいなりを残して地上へ降り立つ。彼を追いかけようとすると、店の中から何かが放り出された。1つの大きな塊に見えたそれは5人の男だった。ホークスの羽が地面に激突する前に彼らをすくい上げるが、既に男達の体には真新しい傷があった。

(店の中に何かヤバいのがおる……!たぶんそれが元凶!)

いなりは地上へ降り立つと同時に変化を解除する。
大の大人が束になっても敵わない相手でも、ホークスなら大丈夫だといなりは信じていた。だが街中の、これだけの人だかりの中での戦闘は危険だ。

「その人達をこっちに! “私達”が運びます!」
「それは頼もしい。任せましたよ」

未だ店内にいる相手はホークスに任せ、8人の分身をつくりあげたいなりはホークスから受け取った男達の避難誘導にまわる。次いでに到着時から気絶していた男も拾い上げ、輪の中心から離れようとした。

「あれ、なんかおかしくない?」

人だかりの中から、誰かが店を指さしてそう言った。

「え……」

いなりがつられて後ろを振り向く。破壊された店の出入り口に細身の中年男性が立っていた。5人もの男達を一度に店の外に放り出せる程の腕力はないように思えるが、それは彼の個性によるものかもしれない。

いや、それよりもその中年男性はバーテンダー服を着ている。通報では、“客が暴れている”とあったはずだ。

「騒がせてすまない。品のない酔っ払い共に私の“コレクション(ワイン)”を台無しにされる訳にはいかなくてね。少々手荒な真似をしてしまった」

周囲からの奇異や畏怖のこもった視線を集める中、涼し気な顔でバーテンダーの男は淡々と話す。

「“彼ら”を警察に。二度と私の店には入れさせないように頼むよ?」

バーテンダーの男は男達を担ぐいなり達へ紳士的な笑みを浮かべた。だがその目の奥には酔っ払い客に対する怒りと殺意が滲んでいる。自分に向けられたものでは無いと分かっていながら、いなりの身体は動かなかった。だから、反応が遅れた。

(──っ!!?)

電気が弾ける音が間近で聞こえた。刺すような痛みを伴った何かが体の中に流れ込んでくる。

「っは……?」

胸の痛みにいなりが視線を下ろすと、肩を貸していたはずの男が隠し持っていたスタンガンが突き立てられていた。

「っ!?……タマモ!!!」

分身達が自分の体に戻ってくる感覚を僅かに感じながら、ホークスのやけに焦った声を聞く。いなりはその場に力なく崩れ落ちた。



***



常闇達が完庭那のバーに到着した時には野次馬は散り、店で暴れていた6人の男達は警察に引き渡されていた。店のオーナーらしいバーテンダー服の男が事情聴取を受けている。

その傍で、ホークスの腕の中で眠るクラスメイトを見つけた。

「タマモ……!?」

目立った外傷がない事にまず安堵するが、常闇はホークスに説明を求めた。

「何があったんですか?!」

いなりの個性の特性上、彼女は狡猾に作戦を練った上で動くような印象を常闇は抱いていた。だから、いくら憧れのプロヒーローが傍にいたとしても無茶をするような事はしないだろう、と。

ホークスは僅かな沈黙の後、「……俺の判断ミスです」と短く答える。飄々としていた男が急に自信を無くしたように大人しくなっていた。そのため、常闇はそれ以上尋ねることは憚られた。

「他に通報もないんで、俺はこの子事務所に連れて帰ります。気絶しとるだけなんで大丈夫ですよ。こっちの事後処理もお願いしますね」

今日何度目かの淡々とした指示を残して、ホークスはいなりを連れて事務所のある方角へ飛び去った。その小さくなった赤い翼の後ろ姿を見送って、地面に落ちたいくつもの彼の羽に視線を落とした。



***



今日はラッキーな日だった。
駅に向かうには飲み屋街を通り抜けるのが近道になる。柄の悪い人は多いが昼間はそうでもない。だからたまに使う近道だ。そこでヒーローを見た。地元でも全国でも有名なNO.3ヒーローのホークスだ。普段は飛んでるから地上にいるのはすごく珍しい。その上、飛ぶのも速いからこんなに近くでじっくり見れるのは初めてだった。

ヒーローのいる所に事件はある。ホークスはバーでの騒ぎを聞きつけて出動したらしい。俺が最初に見たのは、バーから人がドアと一緒に外に投げ出された光景だった。それから俺みたいに通りすがる人が足を止め、いつの間にか人だかりができていた。

その後、椅子やグラス、ワインボトルが飛んできて、しまいには男達が一つの塊になって投げ飛ばされた。店から投げ飛ばされた男達が被害者側で、そいつらを投げ飛ばした奴がだと、俺を含めた野次馬達は思った。ホークスのサイドキックなのか、分身が個性の女の子が彼らを安全な所に運ぼうとしていた。でもその逆で、投げ飛ばされた男達は酔っ払って店を荒らした加害者側のようだった。男達を投げ飛ばした男の正体はバーのマスターで一応被害者だった。

それに気づいたのはマスターが店から出てきてから。そりゃそうだ。あんな強い一般人、普通はいない。

強い奴が敵(ヴィラン)じゃなくて良かったと安心したのも束の間。加害者の男達を運んでいた女の子が倒れた。女の子の個性が解けて分身が消え、解放された男達は逃げようとした。すぐにホークスが彼らを羽で攻撃して気絶させたけど、本当に冷や汗ものだった。

倒れた女の子に駆け寄って、ホークスは少し苦い顔をしていた。あの女の子は見慣れないヒーローだから、最近入ったサイドキックだろうか。そういえば、あの狐っぽい見た目は確か雄英体育祭でも似たような子がいた気がする。



***



いなりが目を覚ますと、そこは天井の高い部屋だった。見慣れない場所だが見覚えはある。

「……っ!!」

目覚める前の記憶が一気に蘇り、いなりは飛び起きた。

「おはようございます」
「っほ!?…え……え?」

飛び起きたいなりのすぐ傍にはホークスがいた。いなりが寝ていたのはL字型ソファ。傍らにはホークスが腰掛けており、いなりがこちらに気が付くと彼はほっとしたように頬を緩めた。

「どこも痛くないですか?」

そして未だ状況が掴めないいなりへ、彼女が気絶してからの事を話した。

完庭那のバーで暴れていた酔っ払いの男の一人が、いなりにスタンガンを向けた。スタンガンを持っていたのは、運悪くいなりの分身ではなくいなり本体が支えていた男。本体が気を失った事で分身は消え、解放された男達は逃走を図ろうとした。だが、すぐに男達はホークスに捕まり、警察に引き渡されたという。そして、気絶したいなりはホークスに事務所へ運ばれて今に至る。

窓から見える空は暗い。壁に掛け時計を見つけて時刻を見れば、19時をまわろうとしていた。

常闇もサイドキックも既に帰らせたようで、事務所にはホークスと二人。

「中々起きないから心配したんですよ?」
「ご、ごめんなさい……」

不甲斐なさからいなりの表情は暗くなる。せっかくホークスに会えたというのに、まさか初日から失態をおかす事になるとは思ってもみなかった。恥ずかしくて逃げてしまいたかった。
だが、ホークスはそんないなりの気持ちを知るはずもない。おもむろに立ち上がり、いなりの隣に座った。

「あのスタンガンは異形系等の感電しにくい個性持ちにも効くように違法に改造された物でした。けど、気絶する時間が長くなる程度で良かったですよ」

ホークスはいなりの顔や体をまじまじと見つめる。どこにも異変がないか確かめているつもりだが、いなりには寧ろ逆効果だった。

「あの、私、もう大丈夫ですから……!どこも悪くないですから!」

間近に迫る初恋の人に似た男性にいなりが照れないはずがない。目のやり場に困って瞼を閉じても声は近くに聞こえる。

「………その割には顔が赤いですけど、まさか熱でもあるんじゃ…」
「ありませんから!」
「ふーん。じゃあ、他に怪我は?」
「怪我もしてません!………って、何笑ってるんですか!?」

くつくつと笑い声が聞こえていなりが目を開ければ、やはり目の前にいるホークスは可笑しそうに笑っていた。

「いやぁ、久しぶりにこうして話せるのが嬉しくて」
「……………え」

息を飲んだ。

琥珀色の瞳がいなりの視線を絡めとる。その物言いたげな瞳に手足の自由を奪われたかのように、いなりはその場から動けなくなった。

「……いま、なんて…?」

思わず聞き返していたその声は震えていた。先程まで恥ずかしくて閉じていた目は大きく見開かれ、目の前の男から逸らすことが出来なかった。

少し緊張気味に、そして嬉しそうにホークスは言った。

「……漸くこの言葉が言えますね。おかえり、いなり」
「あっ……あぁ………」
「今までよく頑張ったね」

本当はその意味にすぐに気が付いていたのに、嬉しさを実感するための心が追いつかなかった。嬉しいと感じるより先に涙が滲んでいた。

「ホークスが……鳥のお兄ちゃん…?」

恐る恐る口にした問いに、ホークスは「その通り」と言ってふわりと笑う。その瞬間、いなりは無意識にホークスの胸元に縋り付いていた。そうする事で漸く初恋相手に会えた事を実感しようとしていた。

「いなり……」
「会いたかった……!ずっと、会いたかった……!!わたし、見つけてほしくて、だから……!」

4年越しの気持ちが溢れて上手く言葉がまとまらない。それでも伝えたくて必死に言葉を紡いだ。

「体育祭でも目立たなきゃって……そしたら見つけてもらえるかもって…いつか会えるかもって──」

最初は大人しく聞いていたホークスだったが、震える小さな体はあの頃を彷彿とさせた。僅かな躊躇いを払い除け、いなりの背中へ手を伸ばす。

「え……?」

ホークスに抱きしめられたと分かった瞬間、いなりは驚いて思わず口を噤んだ。

「俺も、ずっと会いたかったんですよ。見つけられて良かった」

辿り着く



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