しょーと | ナノ






この日のために、一生懸命勉強した。
勉強はあんま得意じゃないけど、居残って先生にわかんないとこ質問したり、自分で決めたテキストはきっちり終わらせたり。

本当に頑張った。

体調管理だってしっかりしたよ。最近は早寝早起だし、ご飯だってきちんと食べて。

今朝は準備にちょっと手間取ったけど、受験会場に向かうにはちょうど良い時間に出れたし。なんの問題もなかったはずなんだ。

それなのに、


「本日も――鉄道をご利用頂きましてありがとうございます。ただ今、強風の影響によりまして、―…線、―駅、―駅間の運転を見合わせております。ご利用のお客様には大変ご迷惑お掛け致します。情報が入り次第またお知らせ致します―…、」


どうしてこんな日に限って、電車が遅れたりするんだろう。

舌打ちして駅員さんに文句言ってるオニーサンや携帯で「会社遅れます」と謝罪してるサラリーマン、「いっそサボっちゃおっか」と友達同士で話す女子高生たち。
みんな反応はそれぞれだ。
そんななか、あたしは深く溜め息をついて、その場にしゃがみこむ。

…どうしよう。

駅に着いたのは7時半だった。本当なら7時35分の電車に乗るつもりだったのに、時計を見ると、現在8時きっかりでもう25分オーバーだ。
ここから、試験会場の大学までは電車と徒歩でだいたい1時間ちょっとかかる。
試験開始は9時20分だし…このままじゃ、ヤバイ。

ここから歩いて、もう1つの駅から電車乗る?
いや、駄目だ。電車あってもバス乗んなきゃいけないし、大幅に遠回りになる。しかもバスは本数全然ない。

例え電車の延着が理由でも、時間に遅れればその時点でアウト。って受験票にしっかりかかれてる。
今まで頑張ってきたのに…遅刻で全部パーとか、そんなの最悪だ。どうしよう、思い付かない。…もうやだー…どうしよう、

俯いて、必死で涙を堪えるそんな時、背後から「あり?」と、なんとなく聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「沖田君?!」

「おー。やっぱ名前じゃねーかィ。んなとこで、しゃがみこんじまって…パンツ見えやすぜ。つーか、学校行かねェの?」

「いや、受験で…公欠、」

「あ。そーいや名字、一般組だっけ。」


振り替えってそこに居たのは、クラスメイトの男の子。


「山崎も確か今日つってた気しやす。で、お前どこ受けんの。」

「大江戸女子…」

「マジでか。あそこ、うちの姉ちゃん卒業生でさァ。」

「そうなんだ…」

「…なんでィ。辛気臭ェ面しやがって、」


沖田君は不思議そうにあたしの顔をのぞきこむ。その直後、「―…線をご利用のお客様に再度お知らせ致します。ただ今強風の影響により、―駅、―駅間の運転を見合わせております。ご利用のお客様には大変ご迷惑お掛け致します。」と、再び構内アナウンスが流れる。

…まだ電車は動かないらしい。


「…電車、止まってたのかィ。」

「うん。」

「試験何時からだ?」

「…9時20分。あー…もうっ…早く動いてよー…!!」


時計を確認すると、8時10分。あと10分のうちに電車が駅に来ないと、もうきっと間に合わない。あたしは深く溜め息をつき、両膝に顔を埋めた。
そんなあたしに、沖田君は「名字、顔あげなせェ」とフェンス越しに呼び掛ける。

泣きそうだから嫌だ。でもクイクイ髪引っ張られて痛いから、仕方なく顔をあげる。すると今度はデコピンされた。


「い、っ…!なにっ!?」

「とりあえず改札出てこい。」

「は?」

「送ってやらァ。大江戸女子なら道知ってるし。」

「自転車で?!道知ってるったって、超遠いよ!!無理だよ!!」

「舐めんな。チャリなら小回りきくし抜け道も使えるし、俺なら最短ルートで電車よりもずっと早く着けまさァ。絶対に間に合わせてやらァ。」


自信満々で沖田君はそう言う。

た、確かに…沖田君の並外れた運動神経と体力とがあれば電車よりも早く行けるかもしんないし時間にも間に合うかも。そんな彼の厚意はすごく嬉しい。けど…


「沖田君学校あるじゃん、」

「いやぁサボる口実が出来てラッキーでさァ。」

「え。なにそれ!!」

「や、冗談でさァ。しょーもねェ授業受けてるよりは、お前助けて恩売り付けとくほうが時間の有効活用になるだろィ。そっちが本音。」

「かえって悪いわ!!」


なっ、ななな…最低だこの人!!!

ドSと名高い彼に、ちょっとでも期待したあたしがバカだった。涼しい顔して腹の中真っ黒。

でも、その一方で「俺ァ出来ねーことは口に出さねェんで。」と、笑った彼が頼もしく見えたのも事実。

…背に腹はかえられないとは、このことか。


「…その言葉、信じるよ。」


気づいたらあたしはそう言っていて。
すぐ、改札を出て沖田君の自転車の後ろに乗った。


目の前の彼がいくら下心あっても、嫌なやつでも、あたしにとっては救世主。
感謝はしてる。

だからこそ、「ありがとう」と、意外と広い背中にむかって、小さく呟いたんだ。

まあこの時、沖田君の耳赤くなってたことなんて、時間と試験で頭一杯なあたしが、気づくことは一切なかったけど、ね。



※走行中

「ちょっ、ちょっ、ちょっ!!確かに超速いけども!!!やだっ!!なにこの道っ!!てゆうか道じゃなくない?!石ゴロゴロだよねっ!!お尻いたいっ!!やだぁああぁあっ!!」

「うるせーや。人生たァ道なき道を行くもんでさァ、これも試練と思って我慢しな。つーか、しっかり掴まってなかったら落ちやすぜィ。」

「これから受験行く人間に落ちるとか言わないでっ!!」



ささめは多分背後から声をかけられるパターンがだいすき。←

時間は余裕過ぎるくらいにとっとくほうがいいね。ぜったい。
じゃないと茨の道行かないと駄目かもしんないから。

がんばれ受験生。




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