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「貴女は必ず然るべき男性の元に嫁ぐのよ。その時には妻として常に夫をさたてて生涯添い遂げる覚悟をなさい。」

小さい頃からずっと聞かされ続けたそんな母様の言葉。

10を過ぎたぐらいから毎日のように行われるようになったお茶、お花、お料理などの数々の習い事。

両親が認めた男性以外との会話の一切の禁止。

ろくに外に出して貰えない隔離された環境。

それは全部、あたしが家を繁栄もしくは維持に繋がる誰かの元に嫁ぐためにあったこと。つまりは政略結婚のため。

相手は既に見当がついてる。
よく、父様のご友人の付き添いとしてうちにお見えになる長身の男性。見るからにストイックそうで、煙草がとても似合う。

殆どまともに話したことない彼だけど、
あの人の元に嫁ぐのなら、あたしは恋なんか知らなくても良いかもしれない。

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いつもと明らかに違う。
今日はあたしの誕生日。でもきっとそんなことは全然関係ない。それ以上の何かがある。

今朝、早く起こされたかとおもったら、母様が凄くご機嫌な上に「これ良い着物でしょう?」なんて金銀糸での刺繍が綺麗な振袖を着させてくれたり、「これ似合うわよ」って漆塗りに真珠の装飾がついた簪も着けてくれたり。確かに今までも誕生日におめかしさしてもらってたよ。
けどここまで豪勢な衣装は流石になかったんだよ!!

……なんか変。絶対おかしい。絶対なんかある。

予想は的中。
謎がとけるのはお昼過ぎて暫く経ってからのこと。


「松平殿、ようこそお越し下さった!!お忙しいところすみませんなぁー…」

「いやいや今日はめでたい日ですからな!!当然当然!!なまえちゃん、お誕生日おめでとうねぇー!!そうそうプレゼントもあるのよ。おい、お前ちゃんと持ってきたんだろうな。」

「あんだけしつこく言われて忘れたりしやせん。てゆうか誕生日だったんですねィ。おめでとうございまさァ。はいこれ、開けてみてくだせェ。」

「あ、ありがとうございます…」


父様のご友人の松平様が付き添いの方と一緒にお見えになった。わざわざ誕生日のお祝いを持ってきて下さったらしい。

付き添いの男の子から渡された箱を開けると、中に入っていたのは綺麗な帯留。
花の形をした螺鈿細工のものでキラキラしてる。あんまりこういうの持ってないし、どんな帯締めでも合いそうだから嬉しいかもしれない。
折角なので、元々着けてた帯留を外して使わせて貰った。


「おォ、良いじゃねェの良いじゃねの!!」

「これはこれは……良いものを頂いたななまえ。」

「はい、とても可愛いです!!ありがとうございます。大切に使わせていただきますね。」

「いやぁ喜んでる顔見れてオジサン嬉しいわー。けどねなまえちゃん、礼はソイツに言ってやってー。それソイツからのプレゼントだから。」

「…へ?」


松平様が親指で示したのは隣に座っている付き添いの男の子。
栗色のサラサラの髪に円らな瞳でまるで王子様のような容姿の彼は、いつも松平様の付き添いで来られるあの方…土方様と同じ黒い洋服を着ているからきっと幕臣の方なんだろうとは思う。

けど、なんで彼があたしにプレゼントをくれるのか意味がわかんない。
だって、誕生日ってことも知らなかったわけだし…なにより初対面だし。とは言え、貰ったんだからきちんとお礼は言わないと駄目か。


「あの、ありがとうございます。こんな素敵な物…えっとお名前は…」

「沖田総悟でさァ。…まあサイズわかんねェのに、指輪買うわけにもいきやせんからね…とりあえず今回はそれで我慢して下せェ。」

「…は?」

「ん?」


…指輪?

付き添いの男の子…改め沖田様の発言の意図が全くわかんない。え、どういうこと…本当に意味わかんないんだけど。

困って父様の方をチラッとみたらニッコリ笑われた。
……、なんか凄くやな予感するんだけど。


「そうかそういやお前ら初対面だったかなァ。いつもトシ連れてきてたから…よし総悟、自己紹介しろ。自己紹介。」

「あー…改めまして、沖田総悟でさァ。そこのヤクザ面のオッサ…間違えた…ダンディーなオッサンの部下でさァ。なまえさん、ですよねィ?」

「え。は、はい…きゅうせいなまえと申します、」

「随分淑やかなお嬢さんですねィ。俺みたいな芋侍に旦那が務まるかどうか不安もありやすがまあ頑張りやす。…どうぞよろしく。」

「あ、こちらこ………………え、旦那?」

「旦那でさァ。」


サラッとそう言ってのけた沖田様。
続けて彼が「これ、俺のぶん書いときやしたから」と言ってあたしに差し出してきたのはペンと既に数ヶ所書き込まれた婚姻届。

…………え。嘘、


「えええええ!!」

「元気ですねィ。」

「なまえ、行儀が悪いぞ。早く座って書きなさい。これ判子だ。」


ちょ、待って待って待って待って!!!!!!!
政略結婚の相手、あたし絶対土方様だと思ってたんだけど!!
警察の中でも特に優秀な集団のツートップのうちの一人って聞いてたし、しょっちゅううち来てたし、父様と母様めちゃくちゃ気にいってたし!!
そもそもこれじゃあ冒頭の独白、全く意味ないじゃん!!あたしが恥ずかしいだけなんだけど!!


「と、父様…あたしお相手は土方様とばかり思ってたんですけど………!」

「いやあ、彼も良い男なんだけどなぁ…母さんがヘビースモーカーの義息はちょっと…って渋ってなぁ。」

「それに奴ァ、何より仕事第一の野郎でね。絶対ェ家庭顧みねェタイプだからよォ。その点総悟は良いよー。プライベート超大事にするし、将来有望だから結婚して損ないよー。さ、書いた書いた!!」

「ほら松平殿もこう言っておられるんだ。早くしなさい。折角貰ってくれるんだからこういうのは、ノリとタイミングなんだ!」

「…え、、…いや…でも…!」

「ハハハ、めでたいめでたい!!きゅうせいさん、今日は二人の結婚を祝って一杯どうですかな?」

「おぉ、良いですな!!ハハハハハ!!」

「ちょっ、…」


普通なら知ってる相手でしょ?!おかしいよ!!
いくらなんでも婚姻届出す当日に結婚相手を初めて知るなんて、そんなことあり得ない!!

小さい頃から結婚相手は親に決められるってわかってたし、別にそれについてはなにも思わない。
でも、これはあまりにも強引すぎないか…?!

お酒の話してたかと思ったらいつのまにか結納や式の話を勝手にしてる父様と松平様は、あたしの話なんか聞く耳をもたないし、あたしの思いなんか気にしてくれはしない。


「あ。そっちインクでねェほうでした。こっち使ってくだせェ。あと…それ振り仮名、平仮名なんでさァ。俺一回カタカナで書いて駄目にしてるんで気を付けて。」

「…はぁ。」


しかも結婚相手という彼も彼で、始終飄々としてるし。

そもそも彼はこれで良いんだろうか…
あまりにもあっさりしすぎじゃないのアンタ…

けど、あたしは彼にそう尋ねることも出来ず、ペンを受けとり、仕方なく婚姻届に自分の名前を書き込むことしか出来なかった。

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