ごくありふれた風景のなかで

 ……さて、この状況は何だろう。
 とある喫茶店の一角、周りを囲むガタイと顔のいい面子に店内のあちこちから熱い視線を感じる。ちらりと横目で隣を見れば、ミヤがどこか諦めた顔で紫煙を燻らせていた。

「なぁー、何で俺、近い未来のお巡りさんに囲まれてんの?」

 席順は向かい窓際左からヒロ、ゼロ、陣平ちゃん。対岸は窓際から私、ミヤ、研二くん。ミヤの言う事はごもっともである。六人中五人が近々警察官になるわけで。
 しかしとりあえず、私も何故この状況になったのかさっぱりわからないので口を噤んでいると、ゼロが口許に手を添えながら少し勿体ぶったあと、話を始めた。

「……前から思ってたんだが、澪と隼雀の情報が少なすぎる。だからこの際、色々と質問に答えて貰い、親睦を深めようと思う」
「何だそれ、つまり尋問? それとも面接?」
「どっちも正解だな」

 あっさりと言い切るゼロとその周りで肯く面々に、私とミヤはちらりと目配せをする。マジなんなのこいつら。私にもわからん。

「さて、じゃあ早速始めるぞ」
「拒否権すらないのかよ」
「まず最初の質問だ」
「話聞けよ。ガン無視かよ」
「名前からどうぞ」
「ハァ……隼雀雅」
「……雨音澪」
「二人の関係は?」
「「幼馴染み」」
「家族構成は?」
「両親と双子の妹」
「両親と兄が三人、弟が二人。あと犬」
「えっ、澪、マジ?」
「マジだぞ諸伏。しかも澪の親兄弟全員顔面偏差値とスペックが軒並みSランク」
「まぁ、私は養子だから血は繋がってないんだけどな」
「ちょっと待て、色々情報過多と衝撃的過ぎて理解が追いつかない」
「よく言われる」
「何だこの茶番」

 そう言えば研二くんと陣平ちゃんも、初めて家に呼んだときびっくりしてたな。

「……気を取り直して、趣味は?」
「お見合いかよ。趣味か……色々あるなー。服とか作ったりドラムやったり」
「へぇー意外! 服作れんの!? すごぉ!」
「ちなみに私が今着てる服もミヤが作った」
「うそだろ、どう見ても既製品じゃん!」
「よしよし、ハギもモロフシくんももっと褒めてくれたまえ」
「知ってたけど意外性の塊かお前たちは……で、澪の趣味は?」
「……数学論文の対偶」
「「「「…………」」」」
「……次に行こう。二人の特技は? 隼雀はハニトラ以外な」
「えー、ハニトラ以外? あー……特技、特技ねぇ……あれ、俺の特技って何だ?」
「ミヤの特技はアレだろ、ハッキnむぐぅ」
「あっはっはー、やめろ澪このメンツの前でそれ以上はアウトだお口チャック」
「おい待て今何て言おうとした」
「むぐぐぅ、ぷはっ、何でもないぞゼロ」
「そうそう、俺の特技はクッキング。つまり料理。ほら次澪の特技は楽器全般だな。ハイこの話終了。次の質問行ってみよーぜ?」
「……お前ら絶対後で吐かせるからな。じゃあ本題に入るぞ。前にも聞いたが、二人は男女として付き合ってないんだよな?」
「「それだけは絶対にない」」
「……そうか。ならよく一緒に食材の買い出しをしていると言う噂は?」
「まぁ、割としょっちゅう晩飯の買い出しとか行くよな。車出すの俺だし」
「そうだな、よく行く」
「そんなに頻繁に行き来するのか?」
「行き来と言うか、一緒に住んでるからな」
「「「「は??」」」」

 四人が揃って口を開けたまま固まった。
 まぁ、言いたい事はわかる。私もミヤもお互いに異性と意識した事もないし、する気も起きない。気の合う家族とか兄弟とか、そんな感覚なのだが。

「家事とかも分担できるし、光熱費も折半だし、話し相手にもなる。合理的だろう」
「なっ、でも! 男と女が一緒の屋根の下って……! 危ないだろ! 色々と!!」
「セキュリティもしっかりしてる所だから危険はないぞ?」
「いやいや、そう言う事じゃなくて! 澪が危ないでしょ! だってミヤだよ!?」
「何で俺が危険扱いなんだよ」
「テメェ、自分の胸に手を当てて今迄の女癖考えてみやがれ! 澪、今すぐ追い出せ!」
「はぁー? マツっつぁんひどくなーい? 俺澪に手ぇ出すほど困ってないんですけどー?」
「私もミヤを恋愛対象にするくらいなら、父と兄が日々積み上げていく釣書の山から目を瞑って適当に選んだ方が遥かにマシだな」
「なんかもう色々ひどいなあ」

 わぁわぁと騒ぐ面々に、とうとう店員からお静かにお願いしますと言われてしまう。騒いですみません。

「ミヤばっかずるい! 俺も澪と一緒に暮らしたい! 澪の美味しいごはん食べたい!」
「わかる。澪の飯はうまい」
「ミヤの料理も美味しいよ?」
「待て、待て! 萩原も松田も澪の手料理食べた事があるのか?」
「「ある」」
「えっ、ずるい……俺も食べたい……」
「……よし、澪、食費は出すから今日の夕飯ご馳走してくれ。いいな?」
「別に構わないが……あれ、ミヤは夜出掛けるんだよな?」
「そ。今日は保育士さんたちと合コン
「隼雀はどうでもいい。そうと決まったら買い出し行くぞ」
「フルヤくんほんと俺のこと嫌いな」
「別に嫌いじゃない。興味がないだけだ」
「辛辣だなぁ。まぁ俺も別にフルヤくんには興味ないからいいんだけどー」
「それはそれでムカつくから後で殴る」
「アルゴリからの一撃は遠慮したい」
「……アルゴリってなんだ」
「アルティメットハニープリティロリフェイスリーサルパワータイプゴリラの略」
「ブッ! っクソ雅、笑わせんなし」
「あっ、アルゴリ……んぶっ、くっ」
「うっは、字面がひどい……っぐぅ」
「よし澪以外全員殺す表出ろ今すぐだ」
「ゼロ、やるなら人目につかない所でやれよ。ミヤもゼロで遊ぶな」

 なんだかんだで仲良いんだよなぁ。
 それより店員の視線が痛いからさっさと出るぞ。出禁になるぞ。


 * * *



 明日はいよいよ警視庁公安部の査問会が開かれる。
 手元の資料を睨み付けるように何度も何度も読み返し、尋問の手順を頭の中に構築する。

 ぎりぎりと腹の底で牙を研ぐ黒い感情を宥め賺しながら、私の大切な友人を贄にしようとした奴らの顔写真を目に焼き付けた。

「……雨音、そろそろ休んだらどうだ」
「いいえ風見さん、必要ありません」
「いくら何でも根を詰めすぎだ。一旦帰るか仮眠を取れ」
「気が立って居るのでどうせ眠れませんよ。だから大丈夫です」
「しかし……」

 風見さんが言い淀んだところで、公安部の扉が外れんばかりの勢いで開け放たれる。部屋に居た全員の視線が、現れた金色の髪と青い瞳の男に注がれた。

「風見! 明日査問会が開かれるとはどう言う事だ!? そんな話は聞いてないぞ!!!」
「ふ、降谷さん……申し訳ありません、この査問会は降谷さん達の耳に入らぬよう、秘密裏に進めて居ました」
「……何だと? 何故そんな事をする必要がある」
「降谷警視。この度の査問会の立案は私です。秘密裏に推し進めるよう上層に嘆願したのも私です。降谷警視への報告の義務を蔑ろにした事は全て私に責があります。詳細を説明を致しますので、お時間を戴いても宜しいでしょうか」
「澪……いや、雨音。わかった、場所を移そう」
「恐れ入ります。……すみません風見さん、資料を運ぶのを手伝って貰えますか」
「あぁ、わかった」

 この階層の奥の奥、かつては物置になっていたその部屋は、綺麗に片付け少し特殊な機器を四隅に設置して、完全な電波暗室を作った。その中央に設置したデスクの上に資料を並べ、予め用意していたノートパソコンを立ち上げる。ゼロが椅子に座るのを待ってから口を開く。

「今回の査問会の概要は、警視庁公安部内で行われた潜入調査員の個人情報並びに捜査機密の漏洩についてです」
「……何、だと?潜入調査員……まさか、諸伏の事か」
「はい。順を追って説明致します。私が先月の宗教団体への潜入中に、閲覧したい資料があり警視庁捜査一課の資料室へ向かいました。時刻は深夜帯であり、誰も居ないと思ったのであろう諸伏警部補の連絡員である加藤が、通話しながら資料室へと入って来ました。その時私は一番奥の棚の後ろにおり、加藤は気付かずに話を続けておりました。その時の音声がこちらです」

 パソコンにメモリースティックを差し込み、私の携帯端末からコピーした音声を流す。

『……あぁ、わかってるって。ギリギリまで交渉してふんだくってやるさ。あの組織の汚れた金だろうが使えりゃ一緒だ。そのついでに取り入ってこっちの情報をちょこちょこ流してやれば大金が入る。公安で朝から晩まで書類を捌くよりよっぽど身入りがいい。潜入調査なんてどうせいつ死ぬか分からないんだ、ただ犬死にするよりも俺たちの懐を潤してくれた方がよっぽどマシだろ……』

 ズガン! とゼロが机を殴りつけた。
 音声を切り、目を見開き虚空を見つめ怒りで身体を震わせたゼロが少し落ち着くのを風見さんと共に静かに待つ。机の上に置かれたままの、真っ白になる程強く握りしめた拳を息を詰めて眺める。わかるよ。私もこの会話を聞いてた時、殺してやると飛び掛かりたかった。

「それで、加藤の通話相手は」
「照会をかけた所、その時分に通話していたのは加藤の同僚、警視庁公安部の井上警部でした」
「ッ、そうか。それで、その後は」
「先ずは両者の使用している電子機器を公私共に全てピックアップ、ハッキングを掛け全てのデータを抜き取り精査致しました。既に消去されたデータをサルベージした際に発見したのが、こちらのメールです」

 パソコンを操作し、展開された画面をゼロに見えるように移動させる。

【来月までに進展がなければ、先に情報を渡して早急に受領しておくように。内訳は先日3人で決めた通りに】

「日付は先々週の木曜日。そしてこのメールの送信者は、加藤と井上、両名どちらのものでもありませんでした」
「……まだ、関与者が居た、と。クソッ! どうして…どうしてこんな事が出来る……!? 俺たちが、どんな思いで潜入調査をしていると思ってるんだ……ッ!!!」
「降谷警視。心中お察し致しますが、どうか今は堪えて下さい」
「降谷さん……お願いします。我々も同じ気持ちです」
「……すまない、取り乱した。続けてくれ」
「送信者をサイバー課と共同で調査したところ、不正アクセスソフトNor”が使用されており、来月までの解析が困難だと判断致しました」
「Nor……IPアドレスを偽れる不正アクセスソフト、か。それで、サイバー課でも手古摺る解析をどこに回したんだ」
「私的な協力を仰いだので協力者申請はしておりませんが、隼雀雅に依頼致しました。機密保持に関しての同意書はこちらです」
「ッ! そうか……アイツに」
「あの、お話の途中申し訳ありません。隼雀雅に関しては、私は雨音から私的な協力者としか聞いていないのですが、降谷さんもご存知の方なのでしょうか」
「あぁ、雨音の幼馴染みだ。俺と諸伏とも親交がある」
「なるほど、幼馴染みでしたか……しかしそんな手腕があるなら、そのまま協力者申請した方が良かったのでは?」
「それは……どうなんだ、雨音?」
「……隼雀雅は現在、厚生労働省麻薬取締部の麻薬取締官です」
「マトリか!」
「えぇ、潜入調査もその一環です。黙っていて申し訳ありませんでした」
「潜入調査? 雨音の幼馴染みも?」
「あぁ。俺たちと同じ所にな。この間会った」
「はっ!? あの組織にですか!?」
「そうなんですよ、風見さん。私の友人たち、あの組織に潜り過ぎじゃありません?」
「なっ、いや、それは……」
「ハァ……なぁ雨音、もう敬語はやめないか。肩が凝るからいつも通りにしてくれ」

 全身の力を抜いたゼロが、力なく笑った。

「わかった。じゃあ続きな。ミヤが解析した結果、送信者は加藤と井上の上司の早川だった」
「早川警視、か……」
「あぁ、それで、まぁ解析が終わったのが先週の火曜日の午前四時頃。ミヤに大体の時間聞いてたから、前日のうちに逮捕令状と家宅捜索の令状取っておいてて、朝の七時に三人同時に逮捕拘束。その際にまぁ、たまたま、たまたまだぞ?偶然にもな、三人とも公務執行妨害のおまけがついたんだよ。いやぁ、ホント、偶然ってあるんだな」
「フッ……そうか。不思議な事もあるんだな」
「それな。そのあと警視庁公安部で聞き込みしたんだが、あのクズ共、ヒロがあっと言う間に昇任したのが気に入らなかったんだってさ。バッッッカじゃないの。自分の無能さ棚に上げて、ヒロが優秀なのを妬んで殺そうとしたんだ。絶対に、絶対に許さない」
「なるほどな。うん、俺も絶対許さない」

 静かな部屋に、三人分のため息が響く。

「……それで先週からヒロの連絡員も風見になったのか」
「えぇ、査問会が終わって落ち着くまでは、後任の選出は控えた方がいいと……雨音が」
「そうだな……賢明な判断だ。ヒロも何となくホッとしたような気がしてたが……アイツも何か思うところがあったんだろうな。それで、何故黙ってたんだ?」
「それは、二人がただでさえ潜入調査で精神磨耗してるのに、これ以上の負荷は避けた方がいいと思った私の独断だ。殴っていいぞ」
「殴る理由がないだろう。まぁ、始末書は書いてもらうが」
「そんなの幾らでも書くよ。査問会が終わってヒロに説明する時に私と風見さんも同席していいかな?」
「当たり前だろ。俺一人で説明なんてしてみろ、確実に殴られる」
「それもそうだな」

 三人で顔を見合わせて、ようやくホッと息を吐く。
 さてさて、明日の査問会が楽しみだな。


 * * *



 放課後。喫煙所に集まった面々は、揃って沈んだ顔をしていた。そこに一足遅くやって来た澪が、きょとんと目を見張った後に首を傾げ、足りない面子の所在を尋ねる。

「みんなどうした……ってあれ、ゼロは?」

 その質問に、降谷を抜いた俺たち四人は互いに顔を見合わせた。

「降谷は……ちょっと、な。教官に呼ばれてった」
「何、またケンカでもしたのか」
「いや、違う」
「なんかあったの?」
「あー……まぁ、うん」

 歯切れの悪い俺たちに、澪が眉根を寄せる。

「私には言えない内容なのか?」
「そーゆーわけじゃないんだけど」
「だったら教えてくれ」
「……射撃訓練が終わった後、使ってた拳銃が一丁無くなったんだよ。それで、最後に使った降谷が疑われてる」
「はぁ? 無くなるものではないでしょう、それにあの部屋、監視カメラ付いてるのに」
「あぁ。だからすぐ見つかると思うんだけどよ……モノがモノだけに、ちょっと騒ぎになっててな」
「学校側も管理体制とか体裁があるだろうからなぁ」
「射撃場も男子寮も教官たちが隅から隅まで探してる」
「それでも見つからない、と。なるほどな」

 腕を組んで考え込む澪に、先程から俯いたまま一言も喋らない諸伏が不安そうな顔で視線を上げた。

「……なぁ澪、アレ、頼めないか」
「……そうだな、やってみようか」
「アレって……あぁ、もしかして『失せ物探し』か? 懐かしいな」
「あー! その手があったか!」
「何なんだ、その失せ物探しって」
「説明が難しいが……おまじないみたいなものだな」
「へぇ、そんなんで見つかるのか?」
「俺と萩原が知る限り百発百中だな」
「そう! すごいんだよ!」
「久々だから上手くいくかわからんが、じゃあちょっと準備してくる」

 *

 空き教室に集まった俺たちは、机の上に並べられた道具と澪を見守る。

「ゼロがその無くなった拳銃使ってるところ見てた人いる?」
「あ、俺見てた」
「じゃあヒロ、この紙に『降谷零が使用した拳銃』って縦に書いて」
「あぁ、わかった」

 諸伏が筆ペンで文字を書く間、澪は私物のハサミに赤い組紐を手慣れた様子で持ち手の片方に複雑に結ぶ。確か二重叶結び、だったか。

「書いたぞ」
「ん。ありがと」

 諸伏から紙を受け取ると、ハサミとそれをそれぞれ手に持っていつもの不思議な呪文を唱える。

「もうす もうす たいこだに たいこだに こち きょうじゅ たいがん さくひの うせりし まにまに こふ こふ」
「……何度聞いても面白ぇな」
「じんぺーちゃん、しー!」
「おー、なんか本格的だな!」
「本当は小刀でやるんだけどな、さすがに持って来てない」
「前はカッターでやったよなあ」
「まぁ刃物なら何でも代用できるからな」

 そう言いながら澪はハサミで紙を縦に切る。

「じゃあ、先ずは射撃場に行くか」

 ぞろぞろと連れ立って射撃場へ行くと、教官たちがまだ中で探索を続けていた。

「おう、どうしたお前ら、揃いも揃って」
「深谷教官。少し中に入ってもいいですか、何も触らないので」
「うーん、全員か?」
「いえ、私だけでいいので」
「そうか、まぁ雨音だけならいいだろう」
「ありがとうございます」

 礼を言うと、澪は中へ入り一番奥の射撃台の手前で蹲み込んだ。

「……あれ?降谷が使ってた場所って澪に教えたっけ?」
「いや……言ってないな」
「雨音今迷いなく行ったよな」
「待ってちょっと鳥肌立った」
「澪ってたまにこわいくらい勘が働くよね」

 俺たちがそんな会話をしている間に、澪はハサミを床に立てて手を離すと、刃先がこちらの入り口の方を向けて倒れたのをじっと眺めている。その様子を教官たちが訝しげに見ているのも構わずに、ハサミを拾った澪が俺たちの所へ戻ってきた。

「次に行こう」

 そしてまた連れ立って男子寮へと向かう。本来なら女子禁制だが、教官に許可を取ったから大丈夫だろう。

 出入り口、階段、通路と順にハサミを倒した澪が、一つの部屋の前で立ち止まると扉の前でまた同じ作業をした。倒れたハサミの刃先は、その部屋に向いている。部屋のドア横のネームプレートを見て、澪がふむ、と息をついた。

「……斎藤と三島の部屋か。どっちも射撃訓練で一緒だった?」
「いや、三島だけだな」
「そうか。伊達アニキ、ちょっと探して世間話でもして捕まえといてくれるか」
「そりゃ構わねぇが、三島が犯人か?」
「さぁどうだろう。まぁ重要参考人ではある」
「俺も伊達と一緒に行こーか?」
「そうだな。頼むよ」
「おう、じゃあ見つけたら連絡する」

 伊達と萩原が三島を探しに行くのを眺めながら、ハサミを口元に当てた澪がうーん、と唸る。

「あと行ってないのは談話室と給湯室……物を隠すとしたら給湯室かな」
「でも教官たちがひっくり返す勢いで探したはずだぞ?」
「まぁ、行ってみりゃいいんじゃねぇの」

 三人で給湯室へ向かい、部屋の前でまたハサミを倒す。刃先は給湯室の中へと向いた。

「ここだな。さて、隠すとしたらどこだろう」
「うーん、まず見えない所だろうなあ」
「拳銃くらいの大きさの物を隠すっつったら、そこそこのスペースがあるとこか」
「下手にベタベタ触るのもな……手袋も持ってくればよかった」
「あ、俺部屋から取ってこようか?」
「ごめんヒロ、頼んでいいかな」
「わかった、持ってくる」

 諸伏が部屋へと向かい、待っている間手持無沙汰になった俺は給湯室を見つめて考え込む澪に声を掛ける。

「お前はこん中のどこにあると思うんだ?」
「床下収納庫の下だろうな」
「は? 下?」
「床下収納庫のボックスって、大抵取り外して床下に行けるようになってるんだよ」
「へぇ……よく知ってんな」
「小さい頃にミヤと隠れんぼした時に使ってたからな。全然見つからなくてミヤに大泣きされたけど」
「そりゃ見つかんねぇわ」

 そして戻ってきた諸伏から手袋を受け取り装着した澪が、床下収納庫のボックスを外す。黒いタオルに包まれたそれを取り出した澪が、ゆっくりと中身を広げる。

「……やっぱりあったな」
「マジかよ……」
「え、よくここにあるってわかったな?」
「そりゃまぁ、澪だからな……って諸伏、教官呼んで来てくんねぇ?」
「ああ、わかった」
「うーん、杜撰な手口だな」
「杜撰?」
「だってこのタオル、明らかに使ったやつだし。汗くさい」
「あー、だったら言い逃れ出来ねぇなぁ」

 その後やってきた教官に何故ここにあるのがわかったのかと質問責めにされた澪が『勘です』と説き伏せたのにはさすがに閉口したし、伊達と萩原に捕まってた三島が澪の誘導尋問であっさりと自白して教官に連行されて行った。



 * * *



 僕とスピリタスは今、とあるパーティー会場に潜入している。

「……真朝、いくら何でも食べ過ぎですよ」
「毒は入ってないからだいじょーぶだよぉ。おいしいよ?」
「いえ、そういう事ではなくてですね……」

 先日僕が見立てたスリーピースを着て金髪のウイッグを被ったスピリタスとは兄弟という設定だ。さすがにオッドアイは目立つので、右目を前髪で隠れるようにしたのだが。

 今回の任務は、最近台頭を表してきた武器密売組織の動向を探るという物。使えそうならば恩を売り、敵対しそうだったら潰しておく。という訳で白羽の矢が立ったのがバーボンとスピリタスだった。

「これ絶対ボク居なくてもいいと思うんだけどなぁ」
「まぁ、何があるかわかりませんので……あなたが居てくれるなら心強いです」
「そーお? だったら張り切っちゃお」
「いえ、絶対に大人しくしてて下さい」
「トールお兄ちゃんひどぉい」

 むー、と唇を尖らせるスピリタスに内心苦笑する。お兄ちゃん、か。

「さて。そろそろ別々に行動しましょうか」
「はぁい」

 二手に分かれてターゲットに接触していく。一時間ほど経って、会場にスピリタスが居ない事に気が付く。嫌な予感。

「あら、どなたかお探しですか?」
「あぁ……いえ、弟の姿が見えなくて」

 声を掛けて来たのは、武器密売組織の幹部の娘だった。露出の高いドレスを纏い、華やかな化粧をした双眸が値踏みするように爪先から顔へと視線を動かした。

「ふぅん、弟さん? もしかして、貴方と同じ金髪に青い目の可愛い子かしら? 色違いのループタイをしてたわね」
「えぇ、正解です。ですがまぁ、あの子ももう子供ではないので大丈夫でしょう……それより僕は貴女とお話ししたいです、ね?」

 するりと寄り添って耳元で囁けば、女は頬を染め僕にしなだれ掛かって来る。簡単すぎて反吐が出そうだ。スピリタスの事は少し気にかかるが、大丈夫だろう。多分きっと恐らくは。うん。今はとりあえず自分の仕事に専念する事にしよう。

 暫く女から情報を引き出していると、にわかに会場の一角が騒がしくなった。何事かと視線を遣れば、恰幅の良い男に胸倉を掴まれたスピリタスが目に入り、サッと血の気が引く。

「あの子……貴方の弟さんじゃない?」
「えぇ、すみません。ちょっと行ってきます」

 女から離れ、騒ぎの方へと早足で向かう。人垣を掻き分けるように側まで行くと、男は拳を振り上げ今にもスピリタスを殴り付けようとしていた。危ない。もちろん男の方が。

「真朝! 何してるんです!?」
「あ、トールお兄ちゃん」
「何だテメェ! このガキの保護者か!?」
「えぇ、そうです。すみません、この状況の説明を聞かせて頂きたいのですが、とりあえず弟から手を離していただけませんか」

 男は舌打ちをしながら乱暴にスピリタスを突き飛ばすようにして手を離した。だいぶ酔っているのか顔が赤い。話が通じるだろうか。あまり騒ぎにしたくないのだが。

「このクソガキが! この俺を侮辱しやがって! タダじゃ済まさねぇからな! テメェも保護者なら責任取りやがれ!」

 口汚く喚く男を尻目に、スピリタスは涼しい顔で服の乱れを直している。その側で、高校生くらいの年頃の女の子が心配そうにスピリタスに声を掛けていた。

「弟がご迷惑をお掛けしたのならすみません。が、何があってそうなったのか、お聞きしたいのですが」
「俺は何もしてねぇってのに! このクソガキが勝手に! クソッ! この俺に恥かかせやがって!」

 ギャアギャアと喚く男の話は全く要領を得ない。何とか宥め賺そうとしていると、スピリタスはため息をついて男に冷たい視線を向けた。

「このオジサン、女の子のお尻撫で回しててさぁ。怖くて泣きそうになってるのに全然やめないから、みっともないからやめたら? って教えてあげたんだけど、わかんなかったみたい」
「こンのクソガキッ! 俺は何もしてねぇつってんだろ!」
「ありゃあ、自分がした事も忘れちゃったの? お酒の飲み過ぎじゃない?」
「んだとテメェ!!」
「へぇ、お酒の次は暴力に頼るんだぁ? いいよ、殴っても。その代わりオジサンの言ってることの信憑性が落ちるだけだしねぇ。オジサンは自分で墓穴を掘っていくスタイルなんだねぇ。すごぉい」
「ッ! このクソガキがぁ!!」
「おっとあぶない」

 とうとう殴り掛かった男をひょいと避けると、スピリタスは男に足払いをかけた。酔った男は受け身も取れずに絨毯の上へ無様に転がる。あぁ……どうするんですかこの騒ぎ。

「殴ってもいいとは言ったけど、殴られるとは言ってないんだよねぇ」

 スピリタスが大袈裟に肩を竦めて見せると、野次馬たちからクスクスと笑いが漏れた。

「ッ! クソッ! テメェ、覚えてろよ!!」

 起き上がった男は更に顔を真っ赤にさせ、捨て台詞を吐きながら人垣を掻き分けて会場から姿を消した。

「皆さんお騒がせしてすみませんでした。ほら、あなたも謝りなさい」
「騒いでたのはオジサンだけどねぇ」
「こら、真朝」
「はぁい、すみませんでしたー」

 二人で周りに頭を下げると、野次馬たちはそれぞれまた談笑へと戻って行った。

「はぁ……全く……あれほど騒ぎを起こすなと言ったでしょう」
「はいはい、すいませんでしたー」

 飄々と心のこもらない謝罪をするスピリタスにため息をついていると、先程の女の子がおずおずと声をかけてきた。

「あの……私のせいで、すみませんでした。助けてくれて、ありがとうございます」
「んー? 別にお礼なんかいらないよぉ。見てるこっちが不愉快だっただけだし。キミこそだいじょーぶ? 気持ち悪いし怖かったよね?」
「えっと、あの、だ、大丈夫です……」

 スピリタスに顔を覗き込まれた女の子が頬を染める。

「あの、お名前……聞いてもいいですか?」
「ん? ボク?」
「はい! あ、私は美智香って言います!」
「ミチカちゃんね。ボクは真朝だよぉ。ちなみにこっちが兄のトール」
「マーサさんとトールさん」

 絶対に和名じゃない発音で名前を呟く女の子に、スピリタスがクスクスと笑った。

「美智香!」
「お父さん!」

 女の子の名前を呼びながら、品のいいスーツを着た男性が走り寄って来る。その顔は、事前に資料にあった武器密売のトップ。だが、娘がいるという情報は無かったはずだ。

「……あなた、知っててやったんですか?」
「んー? 何のことかなぁ」
「あのねお父さん、マーサさんが私のこと助けてくれたの!」
「それはそれは……ありがとうございました。もし宜しければ、何かお礼をさせて下さい」
「お礼なんかいらないんだけどなぁ」
「いえ、受けた恩に礼を返すのは当然です」
「うーん、どうする? トールお兄ちゃん」
「……そうですね、あまり無碍にお断りするのも失礼かと」
「ありがとうございます。別室にご用意させますので、どうぞお兄様もご一緒に」

 これ以上ない好機。そしてそれを作り出したスピリタスは、腕に巻き付いた女の子に苦笑いしていた。




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