細い体躯を黒い衣装で包み、月明かりを逆光に、それはにこりと笑みを乗せる。
「残念、時間切れだよぉ」
のんびりと歌うように紡がれた言葉に、少しの嗤いを含ませながら、『彼』は僅かに首を傾げた。
「ス……スピリタス……!!」
自分が構えていた銃の向こう側、無様に蹲っていた男が悲鳴を上げる。
その様子を見て、スピリタスと呼ばれた少年はころころと無邪気に笑いながら湖面をゆっくりと歩き、男へと近付いた。
「ねぇ社長さん、ボク言ったよね? これ以上悪いことしたらお仕置きするよ、って」
男の元まで来ると、少年は腰を曲げて男の顔を覗き込み、スポーツゴーグルを片手でクイとずらした。
途端、男がガタガタと震え出す。
その顔は恐怖に引きつり、声にならない声で助けを懇願し、瞬きすらできないかのように見開かれた目からは止め処なく涙が伝う。
「ふーん? でも、だめ。ゲームオーバーだよぉ」
バチン! と弾かれるように男の震えが止まる。
その表情には、もはや何の感情も乗ってはいなかった。
そして男は懐から銃を取り出し、自分のこめかみに当て、躊躇いなく引き金を──引いた。
銃声が夜の森にこだまする。
その音に、寝ていた鳥が騒ぎ出す。
少年は小さく痙攣する男の死体を見下ろして、ふん、と小さく鼻を鳴らしながらゴーグルを直すと、僕の方を見た。
「……邪魔してごめんねぇ。でもボクの手柄にするつもりはないから、報告と処理はキミに任せるよぉ」
じゃあねぇ、と軽い調子で手を振り、少年は森の中に消えた。
構えたままの手が、僅かに震えている。
セーフティを掛け、銃を仕舞う。
(……何だ、今のは)
自問しながら、男の死体に近付く。
先程まで意地汚く殺さないでくれと懇願していた男は、自らの手で命を絶った。
「……スピリタス……」
先程、少年を呼んだその言葉を反芻する。
黒の組織の幹部、スピリタス。
その目を見た者を意のままに操れるという眉唾物の噂があった。
しかし実際、今この状況を目の当たりにして、混乱しながらも納得した。
そうか、あれが──怪物、か。
そっと息を潜め、
*
セーフハウスに戻ると、リビングにはまだ灯りがついていた。
「おう、バーボンおかえり」
キッチンからマグカップを持ったスコッチが顔を出す。ライは部屋で寝ているようだ。
「どうした? 元気ないな」
「……スピリタス」
「うん?」
「スピリタスに、会いました……」
「えっ、あの噂の?」
「えぇ。あの、噂の」
ため息をつきながら上着を脱いでソファーにどさりと腰掛けると、じわじわと疲労感が湧き上がってくる。
コトリと目の前のテーブルにコーヒーが置かれた。スコッチが隣に座りながら、神妙な顔でこちらを見る。
「……で、どうだった?」
「……噂通り、と言ったら?」
「えぇ……まじかよ。本当に?」
「散々死にたくないと喚いていた奴が、彼の目を見た途端、何の躊躇いもなく持っていた銃で頭を撃ち抜きました」
「は? 見ただけで?」
「えぇ、見ただけで。何の命令もなく。それから……」
「それから?」
「水面を歩いていました」
「は?」
「水面を歩いていました。沈まずに」
「嘘だろ……」
置かれたカップを手に取り、ため息と一緒に一口飲み込む。
隣では、スコッチが黙り込んだまま眉間にシワを寄せ考え事をしている。
「……もし、噂が本当だったら……接触するのは避けた方が良いんじゃないのか?」
「しかし……放って置く訳にもいかない」
二人分のため息が静かなリビングに響く。
長い沈黙の後、ほぼ同時に携帯端末が震えた。素早くメールを確認すると、おそらく同じ内容を受信したであろうスコッチと目が合う。
「バーボン、スコッチ、ライの三人は、明日午後8時にBAR〇〇に集合、ですか……」
「何だろうな? 任務ではなさそうだ」
「また別の幹部と顔合わせでしょうか」
「ネームドに顔を売れるからいいんだが……何か引っかかるなあ」
「同意見です」
二人でまた深いため息をつきながら、次の日の為に準備を始めた。
* * *
「もー、ジンのやつ! 何でギリギリで招集かけるかなぁ!?」
パーカーのポケットに手を突っ込みながら、BARの扉を目指して階段を降りる。些か乱雑に扉を開け、目の前に現れた銀髪に大股で歩み寄る。
「ねぇ! ボク今日お休みなんだけど!?」
耳元で喚くと、ギロリと鋭い視線が返ってきた。
「うるせぇ。仕事だ」
「はぁー? 仕事ぉ? 何の!?」
問えば、ジンは視線をずらしてカウンターを見遣る。つられて視線を移せば、そこには長身の若い男が三人。
「こいつらが何? 始末すればいいの?」
ぶっきらぼうにそう言えば、並んだ三人がびくりと目を見張った。そりゃそうだ、見た目で言えばまだ年端もいかないひょろひょろのもやしっ子にそんな事を言われるとは思っていなかったのだろう。
「テメェの役目はコイツらの教育係だ」
「はぁー? 教育係ぃ? そもそもボク最初にそんなの受けたことないんだけど、随分と好優遇だね?」
「テメェは何でも一発で出来ただろうが。コイツらに一通り仕込んでおけ。ラムからの命令だ」
「ふーん? だからって何でボク?」
「知らねぇよ」
「あっそ」
「期間は3ヶ月。たまには仕事しろ」
「はぁー……めんどくさ……」
チラリと三人を見ると、三人三様に険しい顔をしている。その中の一人、金髪に青い目をしたハニーフェイスが口を開いた。
「あの、あなたはスピリタス……ですよね?」
「そうだよぉ。ボクはスピリタス。キミは?」
「僕はバーボンです。昨日お会いしましたが、覚えていらっしゃいますか?」
「昨日……? あぁ、あのバカ社長の」
そういえばそんな事もあったな、と独言ていると、隣に居た黒髪猫目の男が驚いた顔でこちらを見ていた。
「君がスピリタス……? あの噂の?」
「どの噂かは知らないけど、正真正銘ボクがスピリタスだねぇ」
「俺はスコッチだ。よろしく」
どこかぎこちない笑顔を浮かべるスコッチに、どうせロクな噂じゃないんだろうなと考える。
そして最後に、長髪の男が口を開いた。
「俺はライ。まさかスピリタスがこんなに若いとは思わなかった」
「心外だなぁ。人は見かけに寄らないんだよぉ?」
「そのようだ」
少しむくれて見せると、バーボンが焦ったようにライを肘で小突く。
「別にいいけどさぁ。で、ジン、ボクに任せるって事は気に入らなかったら壊していいんだよね?」
「フン……好きにしろ」
その言葉にまた三人が身を固くしたのを見ながら、うっそりと嗤って見せる。
「じゃあ、これからよろしくねぇ?」
……思惑通りの展開に、内心ホッとしながら三人を引き連れてBARを後にした。
* * *
「ふーん、ここがキミたちの拠点かぁ」
見慣れない部屋にキョロキョロしていると、スコッチが苦笑いを浮かべた。
「むさ苦しいところで悪いな、まぁ、適当に座ってくれ」
「はぁい」
言われた通り大人しくソファーに座ると、ペットボトルを手渡される。
「ありがと。キミたちは座らないの?」
「えぇと……」
「キミたちの家でしょ? ボクのことは気にしなくていいのに。あ、もしかしてボクのこと、こわい?」
尋ねると、三人が目配せをしている。うーん、まぁそうなるよね。
「ねぇ、そんなに怯えられると流石にボクも傷付くんだけどなぁ? 座りなよ、話はそれからね」
「……わかりました」
バーボンがそう言うと、三人は向かいのソファーに身を寄せた。ねぇそれ2人掛けじゃない? 狭そうだけど大丈夫?
「まぁいいけどさぁ……じゃあ改めて、ボクはスピリタス。とりあえず何でもやるけど、基本的に痕跡残さないように殲滅戦とかが多いかなぁ。まぁそんな感じ。はい次、バーボンからどうぞ」
「……はい。僕はバーボン、探り屋です。情報が必要でしたら、ご用命ください」
「はーい、次スコッチ」
「俺はスコッチ、スナイパーをしている。見ての通り地味だから、尾行とかも得意だな」
「へぇー、次ライ」
「……俺はライ、スナイパーだ」
「ふーん、ダイナミックナンパ野郎も付け足しといたほうがいいよ」
「「は?」」
ボクの言葉に、バーボンとスコッチが反応する。
「明美ちゃんに当たり屋した挙句ナンパとか信じらんない。シェリーも怒ってたよ」
「なっ……ライ、本当ですか?」
「いや、あれは偶然……」
「へーぇ、偶然、ねぇ……」
「おいおい、正気かよ、ライ」
集中砲火を浴びたライが顔色をなくす。
「……明美ちゃんを泣かせたら、ボクがとびきりのオシオキ、してあげるからねぇ?」
にっこりと告げると、ライの顔色が益々悪くなる。いや、でも、この事についてはホントに怒ってるからね?
「まぁこの話は置いといて、多分後でジンが仕事の無茶振りしてくるだろうから、キミたちで処理してねぇ。ボクは見守ってるから。あ、でも人手が足りなかったらボクも勘定に入れていいよぉ」
「え、いいんですか?」
「うん、いいよぉ。ジンと違ってボクそこまで心狭くないよ?」
「そりゃ頼もしいな」
「そーそー、泥舟に乗った気持ちで」
「はは、泥舟かぁ」
「タイタニック号でもいいよぉ」
「真に受けていいのか判断に困りますね……」
「ひどいなぁ、本心なのにぃ」
「それはそれでどうかと」
苦笑いの二人に、うーん、と首をひねる。
「たぶん、ボクの噂ってろくでもないのばっかりだと思うんだけど、どんなふうに聞いてる? おこらないから言ってみて?」
「それは……」
「まぁ言いにくいよねぇ。どうせ目を見たやつは死ぬ、とかでしょ?」
「……えぇ、その様な事を耳にしました」
バーボンが苦々しく答える。
「うーん、当たらずしも遠からず、かなぁ……バケモノじみてるのは否定しないけど、別に無差別にやってるわけではないんだけどねぇ」
言いながらゴーグルを外すフリをすると、三人は一斉に身を固くした。ダメだこりゃ。
「……まぁ、追々慣れてくれればいいよぉ」
肩を竦めると、三人が小さく息を吐いた。
* * *
「……こちらバーボン、ターゲットを確認、A地点へ誘導を開始する」
「こちらスコッチ、了解した」
「……こちらライ、了解だ」
「…………」
「スピリタス? どうしました?」
双眼鏡でバーボンの位置を眺めながら、少し逡巡したあと、口を開く。
「……ねぇバーボン、ボク的には撤退を推奨するけど、どうする?」
「えっ? 何故です?」
「あのねぇ、キミ多分そこから出た瞬間狙撃されるよ」
「はぁ!?」
「うーん、ライ、キミのところから3時方向」
「何? ……なるほど、捕捉した」
「バーボン、今迎えに行くから動かないでね。ライ、合図したらあちらさんのスナイパーに威嚇射撃後速やかに撤退ね。スコッチは今から撤退してD地点で待機ね」
「わかった」
「……了解だ」
「バーボン?」
「……了解、です」
落ち込んじゃったかな? と考えつつ12階建てのビルの屋上から飛び降り、落ちる直前に指を弾いて姿を消す。重力置換で着地の衝撃を無くしつつ、身体加速でバーボンの元まで走り抜ける。二秒足らずで側まで行き、身体加速を解除。また指を弾いて姿を現して、廃ビルの角を曲がりバーボンと合流する。
「……えっ、早すぎません?」
「超特急で来たよー、怪我はない?」
「大丈夫、ですが……作戦に気付かれたんでしょうか……?」
「うーんとねぇ、ちょっと違うかなぁ」
「……それは、どう言う……」
「説明はあとで! とりあえずバーボンはスコッチと合流ね。ライ、カウント10」
「OK、count 10」
ライのカウントがゼロになった瞬間に、バーボンの背を押す。
「ほーらはやくはしってー!」
バーボンが角を曲がって見えなくなった瞬間に、また指を弾いて姿を消す。
ターゲットの男の居る部屋に窓から入って音もなく近付き、外から見えない死角へと男を蹴り飛ばす。ゴーグルを外しながら指を鳴らして姿を表すと、突然現れたボクに驚いた男が懐から銃を取り出して、間髪入れずに引き金を引いた。
「うーん残念だけどボク、銃きかないんだよねぇ。弾もったいないよ?」
両手を広げて肩を竦めると、青ざめた男がまた立て続けに引き金を引く。
「ありゃあ、弾切れだねぇ。狙いは良かったよぉ」
言いながら、身体に当たった分の銃弾を左手から床に落とすと、それを見た男が情けない声で鳴いた。
「さてさて、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……おりこうさんにできるかなぁ?」
しゃがんで目線を合わせると、男はブルブルと体を震わせる。
「そうそう、いい子だね。ふーん、なるほど、情報流しちゃったんだ。悪い子だぁ」
にこりと笑って見せると、顔色が青から赤、そして白へと変わって行く。すごいね。
「ちゃんとごめんなさいできるよね? 大人だもん。がんばって、ほら」
囁くと、男の顔から感情が抜け落ちフラフラと窓へと向かう。徐に窓を開け、男は地上5階から身を投げた。
ぐしゃり、と何かが潰れる音を聞きながら、今度はちゃんとドアから外へ出る。
カンカン、と鉄製の外階段を降り切ると案の定、武装した男たちに囲まれた。数は5人。
「テメェ、何しやがった!?何処の者だ!?」
「通りすがりの一般人だよぉ、おじさんたちは?」
「アァ? 舐めてんじゃねぇぞガキ!」
「えぇー、おじさんたち臭そうだから舐めたくないなぁ」
「ッ! クソガキがぁ!!」
吠えながら一斉に飛びかかってくる男たちをひょいと跳躍して避け、二階部分の階段の手すりに着地する。
「さっき潰れたおじさんも悪い子だったけど、おじさんたちも大概、悪い子だよねぇ?」
感嘆しながら両手を打ち合わせると、おじさんたちは意識をなくして頽れた。
「なっ……! スピリタス、殺したんですか!?」
「あれ、バーボン。まだ居たの?」
「振り返ったらあなたが居なくて……って、そうではなく! 今のどうやったんです?」
「このおじさんたちは意識刈り取っただけだよぉ。死んでないよ、まだ」
「まだ、って……この人たち、どうするんですか?」
「んー、どうしよっかなぁ。潰れたおじさんよりは若くて痩せてるから、内臓売ったり実験に使えるんじゃないかなぁ」
その言葉に、バーボンは顔色を悪くした。ウブだねぇ。先が思いやられるよ?
「バーボンはどうしたらいいと思う? ちなみにこのおじさんたちは、潰れたおじさん殺そうとしてたみたいだけど」
「……とりあえず、捕まえて尋問してみてはどうですか?」
「んー、何も出てこないと思うよ? 時間の無駄だと思うなぁ」
「……そうですか」
「尋問するなら、さっき逃げたスナイパーのほうがいいかもね?」
「えっ?」
「あっちが主犯だからねぇ」
柵に腰掛け足をプラプラさせながら、スナイパーがいた方向を見る。遠くで隠れてこちらの様子を伺っていた男と目が合った。
* * *
「んー、ごめん。もう一回言ってくれる?」
ソファーに座ってパソコンを弄っていたら、隣に座ったバーボンが顔を覗き込んできた。
「ですから、目を見せてください」
「スコッチ、バーボン疲れてるみたいだから寝かせてあげなよぉ」
「はは、俺には無理かなあ」
「ライー?」
「悪いが俺にも無理だ」
「おいおい、薄情だなぁ。好奇心でバーボンお陀仏案件だよぉ?」
「えっ、僕にそんなひどい事するんですか? スピリタス?」
「うわぁ、あざといー! 可愛くしてもだめー! って言うか前にゴーグル外そうとしたら固まってたじゃん? 警戒心どこに忘れたの? この前の任務? 拾ってこようか?」
「先日は驚いただけで、今度は覚悟を決めたので見せてください。ほら早く」
「ちょっとスコッチぃ……この子生き急ぎすぎだよぉ……」
「あー、バーボン? ちょっと落ち着こう、な?」
「僕は十分落ち着いていますので大丈夫です」
「大丈夫な要素が皆無だよぉ……はぁ……もぅ、わかったからちょっと離れよ? スコッチの隣行ったら見せたげる」
「ちょっと待て俺は巻き添えなのか?」
「わかりました」
言うか早いかバーボンは向かいのソファーに居たスコッチの隣に座る。
「はい、座りましたよ。スピリタス、約束は?」
「急にグイグイくるなぁこの子。見ても面白くないとか言わないでよ? そりゃ」
「……っ、」
「ほー……オッドアイなんですね」
「赤と青とはまた珍しいな」
「結局みんな見るのかよぉ……」
「……何ともありませんね?」
「そりゃぁ、何にも害意がないからね? 何かしたほうがいい? 面白味に欠ける?」
「頼むからやめてくれ」
「よっしゃスコッチ、ブリッジ!」
「ええ!? ちょ、うわ、体が勝手に!?」
「ちょっとスコッチ! 本当に!?」
「いだだだだだ!! ギブ! ギブぅ!!」
「あっはっは! 体硬いなぁ!!」
本当にしんどそうなので手を叩いてスコッチを解放してやると、背中をフローリングにべしゃあと打ち付けていた。痛そうだねぇ。涙目のスコッチとボクを、ライとバーボンが交互に見ている。あ、信じてないな。
「いててて……何で俺ばっかり……」
「スコッチ、本当に? 演技ではなく?」
「何でこんな演技しなくちゃいけないんだよ……」
「ライー? スクワットしよー?」
「No thank you……ウッ!!」
「だから言っただろ? マジだって」
「うわぁ……えげつないですね」
「バーボンは何がいいと思う? スコッチ」
「エクソシスト」
「はっ倒しますよスコッチ」
「いいからもう止めてくれないか……」
「はいはい」
パチンと手を打つと、ライがうんざりした顔で睨んできた。反抗期かな。
「はい終わりねー。はい解散ー」
「それはそれで何だか悔しい気がします」
「おっ、エクソシストになるか?」
「ぶん殴りますよスコッチ」
「どういう原理なんだ? occultか?」
「ライはオカルト嫌い? UFO信じてないの?」
「信じていなかったが……信じざるを得ないな」
「意識改革だねぇ。よかったねぇ。ちなみに世の中にはボクよりえげつない化け物わんさかいるからね。豆知識だね」
「「「えっ」」」
「あー、信じてないでしょ?そういうの収集する機関がちゃんとあるんだよ。内緒だけど。あ、間違っても調べないようにね? フリではなくガチでヤバい機関だから」
良い子のみんなも財団のこと調べちゃだめだよ? スピリタスとのお約束ね!
パソコン作業を再開していると、ボクの携帯端末が震えた。表示された名前を見て、思わず舌打ちが漏れる。
「……はいはい、もう余計な事は言わないよ。あーはいはい。わかったってば、しつこいなぁ。いちいち電話かけてくるのやめてよね! クソトカゲと遊んでなよ! じゃあね!」
「……スピリタス?」
「ほらね、ヤバいでしょ?」
「うわぁ……マジか。そういう……」
「この話題終わりー。何か面白い話しよ?」
「そうしましょう」
ひどく青ざめた顔で、3人が頷いた。
▼△▼△▼△▼△
仄暗い廃倉庫に、頭から真っ赤な花を咲かせた男たちがあちこちに倒れている。
その中で唯一立っている男は、真っ黒な装束からこぼれた長い銀髪が、少ない光源の中でやけに目立っていた。
「……早く吐かねぇと、永遠にお喋り出来ねぇぞ?」
「ま、待ってくれぇ……!!」
「そーそー、お兄さん、ちょっと待ってくれないかなぁ」
壁際に追い詰められてガタガタ震える男と、その男に銃を向けている銀髪の目つきの悪い男の間にするりと身を滑り込ませる。
「……誰だテメェ、どっから湧いて来やがった」
「ボク? このバイブレーション野郎に用事がある、通りすがりの一般人だよぉ」
「あ゛?」
「うわぁ、お兄さん殺意が高い高いだねぇ。でもちょっと待って? すぐ終わるから」
くるりと壁の方へ向き直って、ゴーグルをずらす。男と視線を合わせて、にっこりと笑いかけると、潰れたカエルみたいな鳴き声を漏らした。心外だなぁ。
「んー、なるほど。データも商品も、もう渡しちゃったわけね。残念。おじさんもう用済みだねぇ」
立ち上がりながらゴーグルを直していると、表情をなくしたおじさんが手近に倒れていた花の咲いたおじさんから銃を取り上げて、自分の眉間に銃口充て引き金を引いた。周りと同じ赤い花が咲く。
「ありゃあ、ばっちいねぇ」
うへぇ、靴にちょっと掛かった。肩を竦めると、お兄さんが銃口をこちらに向けていた。
「テメェ……何者だ?」
「だからぁ、通りすがりの……っていきなり撃ちます? 常考」
「……どうなってやがる……?」
「狙いは良かったよぉ。左胸と眉間、ばっちりだったねぇ。でも残念、これ返すね」
左手から二発の銃弾をお兄さんに投げると、ナイスキャッチでそれを受け取り、ますます顔が険しくなるお兄さん。殺気やべぇな。うーん、逃げるが勝ち。
「じゃ! おじゃましましたぁ!」
「ッ、待ちやがれ!」
掴まれそうになった腕を身を捻って躱し、ダッシュで階段を駆け上がり二階の窓へと身を躍らせる。指を弾きながら着地して、窓を見上げると、お兄さんが顔を出してでっかい舌打ちをした。どっから音出てんの。
姿を消したままとんずらする。途中お兄さんみたいに真っ黒な服着たサングラスの人が居たけどお仲間かな? じゃあな殺意が高い高いお兄さん! もう二度と会う事もないだろうけど!!
「……と、思った時期がありました」
「あ?」
「うーん、お兄さんストーカーなの? ボク、清楚で温厚なお姉さんが好みなんだけど」
「あ゛?」
「真逆だねぇ、困ったねぇ」
「……テメェ」
「ボクにはテメェじゃなくてちゃんと
「……ッ、」
「その前の名前も当ててあげようか? ん?」
「……真朝」
「はぁい、何? ジン。ちなみに今ボクちょっと機嫌悪いから、あまりイライラさせないでね? なぶるよ?」
「……これは、テメェ1人でやったのか?」
「あー、これ? そうだね。うん。ボク1人でやったよ。それがどうかした?」
「…………」
とあるビルの二階、三十畳ほどのフロア中に横たわる死屍累々。血は一滴も出ていない。ただ、その全てが一様に恐怖に歪んだ表情を浮かべながら事切れていた。それらを無表情に見下ろしながら、ジンは暫く何かを考えた後、口を開く。
「……俺と一緒に来る気はあるか。報酬は十二分に出す。どうだ?」
「うーん、そうだなぁ。どうしよう。ふむ、じゃあ条件を出すよ。それでもいいなら」
「フン……聞くだけ聞いてやる」
「そぉ? じゃあひとつめ。ボクは気まぐれだから、やりたくない事はやらないし、気が向かなかったら仕事しない、あるいは違う結果を出す。つまり期待しないでねってこと」
「……次」
「ふたつめは、ボクの能力について詮索しないこと。まぁ、親密度によっては教えてあげない事もないけど」
「……最後は」
「みっつめは、んー、ボクを怒らせないこと。ご覧の通り、見境がなくなっちゃうからね。ボクが嫌だって言ったこと、二度としないでね。ボク割と気が短いんだ。きっとキミよりもね」
「……わかった。ついて来い」
「わぁお、寛大だね? 後悔するよ?」
「そん時ゃ一緒に地獄行きだ」
「えぇー、ジンとランデブーかぁ……それは是非とも御免蒙りたいなぁ」
「……少し黙ってろ」
「はぁい」
ジンは死体を踏んづけて、ボクは避けながら出口へ向かう。
* * *
「ハァイ、スピリタス、元気にしてた?」
「ハァイ、ベル、元気だったよぉ」
いつものBARで、カウンターに座っていたベルモットの隣に腰掛ける。
「アナタ、ウイスキートリオの教育係になったんですって? どう、進捗は」
「んー、この前さぁ、解体の方法教えてたんだけど、みんな開始3分で吐いたよね。その後はまぁ、げっそりしながら最後まで聞いてたけど。それでさ、頑張ったご褒美に焼肉行こうぜ! って言ったら暫く口聞いてくれなかったんだよねぇ。反抗期かな?」
「……まさかアナタ、いつかみたいに素手でバラしてないわよね?」
「えぇ? ちがうよぉ、ちゃんと刃物で全部処理したよぉ。ちゃんと牛の部位で説明してあげたのに」
「oh……いきなり人間の屠殺処理見せられてそんな説明されたらたまったもんじゃないわね。しかもその後焼肉に誘うとか正気の沙汰じゃないわ」
「えぇ……良かれと思ってやったのにぃ」
ぶー、と膨れて見せると、ベルモットがふぅっとため息をついた。
「アナタ本当に、他人にトラウマ植え付けるの上手ね。最早才能だわ」
「心外だなぁ。もしかしなくてもコルンとキャンティたちの事も含まれてるでしょ?」
「あら、よくわかってるじゃない」
「だってあれはさぁ、不可抗力だよ。いきなり鉛玉打ち込まれたら誰だって怒るでしょ。ボクやめてって言ったのに」
「ジンが言っていたけれど、アナタの名前聞くだけで具合悪くなるみたいよ?何したの」
「えー、手が空いた時に昼夜問わずスナイプしただけだよぉ」
「枕元に立ってたって聞いたけど」
「あー、ガトリングとかバズーカ持って睡眠中にお邪魔したけど撃ってないよ?」
「あら、寝かせないなんて情熱的ね」
「ちゃんと三つ指ついてごめんなさいしたから許してあげたよ?ボク優しくない?」
「No commentだわ」
そう言って優雅にグラスに口をつけるベルを横目に、目の前に置かれていたオレンジジュースを飲む。
「そう言えばアナタ、成人してるって本当なの?」
「んあ? うん、ちゃんと成人してるよぉ」
「だったらお酒は?」
「すごい悪酔いするらしいから人前で呑むなって言われたけど……呑もうか?」
「絶対にやめて頂戴。免許は? アナタが運転しているところ見た事がないわね」
「一応免許も車も持ってるけど、遠距離だとバイクが多いかなぁ。小回り効くし」
「あら、車持ってたのね。だったら今度一緒にドライブでも行きましょう?」
「別に良いけど、同乗者全員口を揃えて免許返納しろって言われるレベルだよ? Hello Heaven's driveだけど、いいの?」
「やめておくわ」
「ですよねぇ」
「アナタ本当に、やることなす事極端ね」
「よく言われるぅ」
別にいいじゃん。ふんだ。
「あ、そうそう、ハニトラってどこまで教えていいのかなぁ?」
「……ッ、ちょっと、驚かせないで!」
「だいじょーぶ? はい、おしぼり」
「ハァ……そもそもアナタ、ハニトラなんて出来るの?」
「あ、信用ないなぁ。試してみるー?」
「ろくでもなさそうだから遠慮しておくわ。あと彼らに教えるのもやめなさい」
「遺憾の意」
ちなみにハニトラに関してはジンからもウイスキートリオからも指導禁止の通達が出た。