とある国家の捜査会議




 警察庁公安局に構えられた合同捜査会議室へと向かう道中の廊下で、コナンを小脇に抱えライに肩を掴まれ口論するという、非常に愉快な状況のモロフシくんとエンカウントした。

「……何やってんの? こんなとこで」

 キリッとした猫目のくせに捨てられた子犬みたいな表情をするとても器用なモロフシくんに、思わず呆れて声を掛けると、コナンとライにとても驚いた顔を向けられた。

「た、小鳥遊さん!? えっ、小鳥遊さんも公安の人なの!?」
「コナンくん、コイツも組織の幹部……まさか、潜入捜査官だったのか!?」
「えっ!? 小鳥遊さんが組織の幹部!?」
「おいおいお前ら、ここ会議室じゃなくて廊下なんだけど? 誰も居ないからって何で俺の機密情報叫ぶわけ? なんか恨みでもあんの? バカなの? 死ぬの? ……なぁモロフシくん、俺あと行っていい?がんばれよー」
「隼雀、気持ちはわかるが、頼むからライだけでも連れてってくれ……」
「嫌だよ面倒くさい」

 モロフシくんが俺を隼雀と呼んだのを聞いてさらに目を丸くする二人。自分で言うのも何だけど、まぁ、珍しい苗字だよな。うん。

「……先程降谷くんが言っていた協力者とは君の事か?」
「それが知りたいなら俺の肩から手を離して会議室に戻れって言ってるだろ!」
「うーわ、大変そうだなモロフシくんは」
「隼雀、あとで覚えてろよ」
「やだこわーい」

 けらけらと笑いながら、モロフシくんの肩を砕かんばかりに掴んでいたライの左手首に、少しだけ殺気を立てながら素早く手を伸ばすと、反射で飛び退き構える動作。うん、まぁまぁの反応。

「なぁ、ここで少し俺と遊んでくか?それとも、おりこうさんにして会議室に行くか?」
「……ッ、しかし、コナンくんが……」
「あ? さっき話聞いたけど、手続きもしてない部外者なんだろ? バカか? それともFBIって事前に書類申請手続きも出来ないの?」
「お、珍しく隼雀が正論」

 疲れ切った様子で言うモロフシくんに、さっきの澪と同じ、心底呆れてます、の表情が浮かぶ。お勤めお疲れっす。

「ち、違うんだ、小鳥遊さん! ボクが赤井さんにお願いして、だから!」
「ふーん? じゃあ一番のバカはお前なんだな。モロフシくん、早く摘み出しなよ?」
「だから俺はさっきからそうしようとしてんの!」
「はいはい、いってらー。で、ライはどうすんの?」

 モロフシくんの背を押し、廊下の奥に消えるのを見届けてからライを睨み上げると、shit!と毒づかれる。なんでや。

「おら行くぞヤニ中ニット野郎。あんまり遅くなるとフルヤくんに怒られんだけど」
「一体君は何者なんだ? 日本の警察はまだ手を隠しているのか?」
「はぁ……それを話し合うのが会議だろ……大丈夫なのかよ……」

 うん。アイツらの苦労がこの短時間で身に染みた。これは疲れる。先を歩くと大人しくついて来たのでまぁいいとしよう。今のところは。



 *


 ……すらりとした体躯を仕立ての良いスーツで包み、色素の薄いふわふわの癖毛と鳶色の瞳。その華やかな顔立ちに黒縁の眼鏡を掛けた男が、緊張感漂う捜査会議室の真ん中を悠々と歩く。

 果たしてここはランウェイだったかと錯覚する程の余裕っぷりに相変わらず腹が立つが、周りの捜査官たちからは、ほぅ……とため息すら漏れ聞こえて来る。

 そんな様子も全く意に介さず、真っ直ぐ日本の捜査ブースに向かい、俺の顔を見るなりひらひらと片手を挙げてへらりと破顔した隼雀の後ろから、憮然とした表情の赤井がついてきた。こら隼雀余計なものを拾って来るな、元居た場所に埋めてこい。

「よぉ、フルヤくん。ひさしぶりー」
「隼雀お前なぁ……もう少し、しゃんと出来ないのか」
「えー? してるじゃん?」
「どこがだ。ほら、さっさとこっち来い」
「はいはい」
「返事は一回」
「はーい」
「返事を伸ばすな」
「お母さんかよ」

 ほんとうるさいなコイツ。と思ってると、会議室中の視線が隼雀に向いている事に気付く。全ての会話が止まり、水を打ったようにしんと静まる室内。俺が目線で辺りを見ている事に気付いた隼雀が、俺にだけ聞こえるように声を落とした。

「フルヤくん、コレが俺の異能」

 唇に人差し指を当て、あざとくウインクしてくる隼雀に、はぁ……と呆れのため息が漏れる。

 おそらく隼雀の異能は、相手の気を強く惹きつけるものなのだろう。それならば、あの女癖の悪さも納得が行く。何というか、あまり羨ましくない。今のところは。と言うかよくこんな異能で潜入調査官してるなコイツ。いや、使い所さえ間違わなければ、あるいはとても便利か。

「今すごい失礼な事考えただろ、フルヤくん」
「あぁ。よくわかってるじゃないか」
「ホント失礼だな」

 拗ねた表情を浮かべた隼雀を無視して、捜査会議室の一角に置かれたマイクを手に取る。

『……日本警察の新しい協力者が到着いたしましたのでご紹介します。彼は私と同じ潜入調査官で、作戦決行時に動かせる手駒として配置します。資料にもありますが……コードネームは【チョコレート】……一応幹部です』

 よし、笑わず言えた。

「何で笑い噛み殺してるのねぇフルヤくん一応幹部ってなんなのホント失礼だな」
「隼雀うるさい、次お前が挨拶しろ。所属は言わなくていいから早く」

『……ただ今ご紹介に預かりました、隼雀雅です。現時刻を以って会議に参加させて頂きますので、若輩者で至らぬ点が多いかと存じますが、何とぞご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます』

 わざと少し小難しい言い回しを選ぶ辺りが性格悪い。各国の通訳が言い淀むのを満足そうに見た隼雀が、にこりと人好きのする笑みを浮かべて目礼をし、マイクを置き戻って来る。何人かの女性……中には男性も居るが……捜査官たちが頬を染めた。はっきり言おう。こわい。

「ここで刃傷沙汰は起こすなよ。絶対にだ」
「はいはい、わかってるって」

 日本の捜査ブースに戻って来ると、キールが足早に向かって来たのが見えた。

「チョコ! アナタ潜入調査官だったのね?」
「おー、キール。今日も美人だな。驚いたかぁ?」
「驚くに決まってるでしょう! それにアナタだって……もう、バーボンとスコッチもだけど……日本の潜入調査官は顔審査でもあるのかしら?」
「はっは、多分ないと思うよ? なぁフルヤくん」
「あるわけないだろ」

 口元に手を当てクスクスと笑う隼雀に、あのキールまでもが頬を染めている。コイツ本当に節操なしだな。

「でもチョコも味方なら心強いわ。アナタ強いもの」
「えー、俺って前線配置なの? 裏方じゃなく?」
「隼雀は本拠の電気系統と回線のハッキングしたら即前線だな」
「あ、さいですかぁ」

 はっはーと乾いた笑いを漏らしながら、隼雀は自前のパソコンを立ち上げる。キールもまたね、と言い残し戻って行った。

「あ、フルヤくん、ノアくんとヒロキくんどうだった? すごいだろ?」
「あぁ……まさかあんな麒麟児が居るとは……だが大っぴらには使えないんだろう?」
「まぁな。使い所があるんだよ。色々」

 含みのある言い方をした隼雀の背後に、長身の黒い影が立った。思わず顔を顰めると、隼雀が一瞬だけ後ろを振り仰ぐ。

「おー、なんか用?」
「君は……協力者と言うことは日本の警察官ではないんだな?」
「お前に教えることは何もない。自分の持ち場に帰れ」
「あっは、ライ、嫌われてやんのー」
「……降谷くん、こんな奴をここへ連れてきて大丈夫なのか?」
「あ゛?」

 思わず咄嗟に低い声が出る。

 隼雀の態度も問題だが、よりによってお前がそれを言うのか? ふざけるなよ。

 カッと頭に血が上るのを、貼り付けた笑みで隠しながら、わざと大きな音を立て周囲の視線を集めつつ立ち上がる。

「……『こんな奴』だと……? 撤回しろ、FBI。隼雀は正式な手続きを終え申請が通った正真正銘の日本警察の協力者、厚生労働省麻薬取締部麻薬取締官であり現役潜入捜査官だ。NOCバレして撤退した誰かとは違う。侮る様な言い方は許さない。それに先程何の許可も申請もなく子供を勝手に連れて来たお前が言っていい台詞とは到底思えないが?」
「ッ、それは……しかし、まさかマトリだったとは……」
「フルヤくーん? 落ち着いてなー? べっつに今更なんと言われようが気にしちゃいねぇよ」
「ハァ……お前のせいだろ、全く……」
「ライもさぁ、俺のとこに来る暇あんなら書類の一枚でも仕上げな? 真面目で几帳面な日本警察さんは諸々の申請書類とかはちゃーんと書式定型文まで用意してくれてるだろ? それ使えばとっくの昔に出来上がっててもおかしくねぇよ?」
「珍しく隼雀が正論……」
「なぁそれさっきモロフシくんにもおんなじこと言われたんだけど」

 ホント失礼だなー、と言いながらも隼雀は尋常じゃない速さでキーボードを叩いている。周りがザワザワと騒がしい中、またスターリング捜査官がツカツカとヒールを鳴らしながらやって来た。はぁ……勘弁してくれ。

「ちょっとアナタ、さっきから聞いていれば、偉そうに……!」
「はぁ、俺ぇ? さっき言ったこと、偉そうに聞こえたの? へぇ。俺間違ったこと言ったかぁ?」
「大体、なんなのその態度は。相手の目を見て話しなさい!」

 特大ブーメランを連発するスターリング捜査官に、隼雀はモニターから一切目を離さずに物凄く面倒そうな顔をする。わかる。

「なぁ、そこで見ててわかんねぇの? 俺仕事してんの。おしゃべりしてる暇ないの。それとも俺が今作ってる資料要らない? 要らないんだったら手ぇ止めていくらでも付き合うけど?」
「……隼雀、お前の資料が無いと作戦会議が詰められないんだが?」
「でもさぁ、FBIのお姉さんが画面から目ぇ離せって言うわけ。さすがの俺でもノールックで資料作れねぇんだわ。それにさぁ、偉そうも何も、ここに居るのはみーんなおんなじ目的を持った捜査官だと思ってたんだけど、俺が知らない間にカースト制度でも出来たのかぁ? フルヤくん」
「そんなわけないだろう」

 三文芝居をしていると、他のFBIの捜査官たちの顔色が真っ赤になったり青くなったりと忙しい。本当に隼雀の煽りスキルはすごい。ちなみに全く褒めてない。

 そして、煽られたスターリング捜査官は顔を真っ赤に染めながらプルプルと小刻みに震えている。その後ろで、赤井がまずい、と顔に貼り付け何とか同僚を宥めようとしている。

 その様子を視界の端に捉えたのか、隼雀が一瞬、ほんの少し意地悪く笑った。まずい、これはとてつもなく悪い予感。

「……後でさぁ、俺もベルにご挨拶に行っていいよな? フルヤくん」

 特大の爆弾を投下してくれたお陰で、その場にいた隼雀とスターリング捜査官以外の全員が天を仰いだ。


 * * *


「……ですから、この書類は受理できません」

 もう何十回も同じ事を言っているのに、いつになったらわかってくれるんだろうか。

「書式通りに用意したでしょう、問題ないはずよ!」
「はぁ……ですから、書式ではなく内容的な問題で提出しても受理する事は出来ないと言っているのですが」

 日本語が駄目なのかと思って先程英語で全く同じ事を伝えても伝わらなかった。会話のループにさすがにうんざりして来て、日本の捜査ブースに居るゼロにヘルプの視線を遣ると、うんざりした視線を返された。ですよね。

「……雨音、もっと詳しくFBIのみなさんにもわかりやすいように説明してやれ」
「はぁ。あのですね、スターリング捜査官。我が日本国には青少年保護法育成条例というものがありまして、各都道府県でも内容が若干変わってくるのですが、この帝都では『18歳未満を青少年と定義し、青少年の環境の整備を助長するとともに、青少年の福祉を阻害するおそれのある行為を防止し、青少年の健全な育成を図ることを目的としている』んです。その中にですね、『保護者(親権を行う者、後見人その他の者で青少年を現に保護監督するものをいう。以下同じ)は、青少年を健全に育成することが自らの責務であることを自覚して、青少年を保護し、教育するように努めるとともに、青少年が健やかに成長することができるように努めなければならない』とあり、この場合コナン少年は現在毛利小五郎氏の保護下にありますので、いくら本人から頼まれたとしても、勝手にこんな所に連れて来てはいけないんですよ。何より先ずは毛利氏の許諾を得ないといけないんです。先程私が直接問い合わせたところ、FBIからそんな相談は受けていないし、絶対に許可しないとの回答を得ました。それにですね、そもそもの話、こんな危険な捜査と作戦に未成年を参加させると『青少年の健全な育成』を阻害する立派な条例違反になります。なので、コナン少年を協力者にする事は、常識的にも条例的にも不可能なんです。お分かり頂けますか?出来ない様であれば条例をもっと噛み砕いて英訳してお渡し致しますが」

 ……これはさすがにくちがつかれる。

 チラリとまたゼロを見ると、何やら満足げな様子で頷かれた。いや、ちょっと意味がわからない。

 FBIの皆様はというと大層ご不満な様子で私を睨み付けている。なんでや。

「そんなの、日本の公安特権とかでなんとかならないの?」
「……『そんなの』とは、この日本国の定めた条例の事か?」

 日本の捜査ブースの方向から聞こえた、地の底を這うような恐ろしいゼロの声。何でこの人たちは逐一ゼロの地雷を踏み抜かないと気が済まないのか。はい、勿論減点対象です。速やかにペナルティを科します。

「……降谷、落ち着け。今は私が対応している」

 私が言うと、FBIとその近くに居た捜査員たちがギョッとした。あぁ、言い方ね。すいませんね、いつもの癖で。

「……何度もお伝えしている通り、コナン少年に対しての日本警察の最大限の譲歩案は作戦決行時における身柄の安全確保の為の保護拘束です。作戦会議及び作戦決行時の同伴は出来ませんし、そもそも我々が認めません」
「どうしてよ!? クールキッドはギフテッド、特別な子供なのに……全く、これだからお堅い日本警察は……もういいわ!」
「ちなみに言っておきますが、勝手な行動をした場合のFBIの処遇はこちらで決めさせて頂きますので」
「は!? どう言うことよ!?」
「はぁ、お心当たりがないのですかね?」
「な、何のことよ……!?」
「………………来羽峠」

 ボソリと呟くと、FBIが顔色をなくす。墓穴掘りすぎだってば。カタコンベでも作るの? ゼロもミヤもヒロもちっちゃく鼻で笑うのやめな? 聞こえたらどうすんの。

「脅しているつもりか?」
「私の言葉をそう捉えるのであれば、どうやらお心当たりがおありのようですね? 赤井秀一捜査官」
「……チッ」

 あーーー!! ライこの野郎ーーー!! さすがの私も蕁麻疹通り越して中身(スピリタス)出そうなんだけどなーーー!?

「降谷、どうやらFBIの皆様は私の事をお気に召さないようだから、今後の申請書類の校閲はご自分達でこなして戴くしかない」
「そうか、わかった。それなら仕方ないな、お前の語学力ならここにいる全ての国に対応出来るだろうから、必要がある国の所を手伝ってくれ。……次は気に入られるようにしろよ」

 日本の捜査ブースに届くようにわざと大きな声でやり取りすると、他国の捜査官達が書類を持ってそわそわする。わかる、日本語書類の翻訳って言い回しが独特だからめんどくさいよね。残念な事に手が空いたので、私で良ければお手伝いします。FBIの皆様は、自分たちが優先して校閲されていたのを知らなかったようで、揃ってぽかんとしている。もう知らん。

「では、失礼致します」

 見本の様な一礼をして日本の捜査ブースへ踵を返す。こらミヤ、声出して笑うのやめな。


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