◎マリアマッダレーナ
カイリに会うことはもうないのだろう。
開いたクローゼットには服が整然と並んでいるだけだ。
その奥に続いていた筈の空間はどこにもなくて。彼の存在等元からなかったように、アイボリー色の壁が存在を主張している。
彼と私を結ぶ唯一の通路は閉じられた。
その現実だけが此所に、この壁に残されていた。
半年だ。半年、俺はこのクローゼットを開ける事を続け、そして諦めた。
もうカイリに会うことはないのだ。
なんだか体が空になったような気がした。
甘ったるい菓子が食べたくなっても、求めるそれは出てこない。
満たされず、苛々とした気分だけが募る。
鳥肌が立つくらいのこれは、喪失感、からなのだろうか。
ぽっかり空いた穴を埋める何かを俺は求めた。
ガールフレンドを作り、愛でた。
けれど、それも捨てた。
兄に靡いた尻軽女などいりはしない。
人の物に手を出した兄にも制裁を加えたが、奴は不様に俺が悪かったと謝るだけだった。
「つまらない」
耳の飾りから手を離す。
今はもういない男の好んだ紅茶を一服。
積み上がったマドレーヌを一つ口に放り込んで、油をティッシュペーパーで拭うと、テレビゲームのコントロールを握る。
ゲームは面白い。
こんな面白いものを他に知らない。
けれど、口をついて出たのはそんな言葉だった。
ゲームをつまらないと思った訳ではない。
コレは、あれのいない空間を埋めた。
何がつまらないのだろう。
俺は、首を捻った。
チカチカとブラウン管から発せられる光が、この薄暗い部屋に充足感をもたらしている。
このステージをクリアすれば、もうすぐラストステージだ。
ポリゴンの集合体で出来た操作キャラクターをステージの中ボスが待ち受ける穴へと進ませ、戦闘を開始する。
「ああっ」
しまった。油断した。
パーティの仲間が一人やられてしまった。残機二体でいけるだろうか。
瞬間、テレビ画面の光が、突如として消えた。
「...は?」
テレビに映された画面の文字にゲーム機に駆け寄る。
慌てて電源を入れると、軽快な音楽と共にスタート画面が俺を出迎えた。
半ば絶望的な気分でセーブデータを見ると、初期の初期で記録は止まっていた。
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