memo
simple is the best!


::心臓はもう歌ってはくれなかった(ギリンマ/purikyua)

最近、社内の一部で流行っているトトカルチョがある。
賭けの対象は、誰がドリームコレットを獲るか。
うちの会社の社長が求めて止まない、パルミエ王国の秘宝。ドリームコレットを獲れば、出世は確実。私が、私が、とドリームコレット奪還業務の任務を与えられた部署内はひりついており、そのひりつきが、より一層この賭け事を熱くさせていた。

任務の失敗が相次ぐこの頃は、失敗による人事評価への痛手を取り替えそうと、皆、余計に躍起になっているようで、今日も同僚が、ドリームコレット奪還業務の実働に当たっている社員の事を面白おかしく話題に出す。

「また"有給"出されたみたいだよあの人!」
「はー!マジ? ざっまぁ〜。斜めに構えたみたいな態度がウザかったんだよね、俺はお前らとは違うんだって下に見てますオーラ半端ないし」「わかるわかる!まずあの服装、いかにも調子乗ってマスって感じじゃん」「でもまぁ、あの女よりマシじゃない?」「言えてる〜」

そもそもトトカルチョの食い物にされている部署は、エリート気質かつ高慢ちきな態度の人間が多く、周りからはよく思われていなかった。
そんな部署が業績不振となれば、こぞって周囲が叩き出すのは当然と言えば当然だった。

「ねぇ、コレット奪取トトカルチョ、◯◯は誰に賭けてたんだっけ?」
お気の毒だと頭の中で馬鹿丁寧に合掌していたところに話を振られ、口の中の卵焼きをごくりと急ぎ飲み込む。
「わたしは"有給"続きのギリンマさんに賭けてる」
若干噎せながらそこまで言ってはっとした。
今しがた口に出したばかりの男と目が合ったからだ。
一瞬、睨まれたかと思った。
罰が悪そうに何かをごもごもと呟いて、足早に"ギリンマさん"は談話室から立ち去って行く。

同僚達は皆、アチャーーという顔をしていた。私に話を振った女の子が顔の前でごめんねサインを作っている。それを横目に見ながらも、何故か私は、遠くなる後ろ姿から目が離せずにいた。


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馬鹿にしやがって。
食道から喉元までがどうにもムカついて、ひりついて、痛い。込み上がってくる吐瀉物を、洗面台へと流して、大きく息を吸った。
ねちっこく嫌みを吐く上司、隙有らばマウントを気取る同僚、責任感のないバイト、自分の昇進を阻むプリキュア、口先しか能の無い事務の低脳共。
馬鹿にしやがって、クソ、馬鹿にしやがって。

口元を拭い、ふらつく足を引きずってトイレの外へと出る。
定時はとっくに過ぎており、社内に人の影はなかった。
早く、取りたくもない"有給"で溜まった書類を片付けなければ、と疲れた目を擦るが、如何せん視界がぼやける。
壁伝いに机まで戻ろう、そう思い伸ばした腕を、誰かに掴まれ、思わずびくりと後ずさる。

「体調、悪いんですか」

女の声だった。驚いた。

「あ、ああ、少し。」
びっくりしたあまり、つい本音を漏らしてしまう。
歩けますか、と女が訊ねるので、ゆっくりとかぶりを降る。
「なら、よかった」と声がして、女の体が、腕と体の間に割り込んできた。

「談話室で休みましょう」


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昼間の彼の姿ばかりを夢想していたら、仕事が手につかず、こんな時間まで会社に居残ってしまった。
カワリーノさんにでも見つかったら事だなぁ。そう思いながらもぼんやり帰りの支度をする。

不意に、バタンと扉が閉まる大きな音が聞こえ、思わず手に持っていたペンを取り落とした。
もう他に誰も残っていないものだと思い込んでいたから驚いた。

誰だろうと、そっと音のした方を覗く。
覗いて、目を見張った。今日の私はきっと特別運が悪い。
覗いた先には、昼間の彼、もといギリンマさんが立っていた。

元々よくない顔色をさらに青ざめさせ、ふらつく足取りで壁にしなだれかかろうとしているその様を見て、咄嗟に足が動いた。

「体調、悪いんですか」

上擦った声で、気が付けば容態を訊ねていた。
同僚とは言え、部署も違う。一言も喋った事の無い、人間。しかも昼間に本人(ヒト)をダシに玩んでいる場面を見られているというのに、私は何をやっているんだろう。
動揺したように返ってきた「少し。」という応えに頷いて、談話室で休むことを提案する。
彼はどうやら、私が昼間のトトカルチョ女だということに気付いていないらしかった。

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女に支えられ、ようやく談話室のソファまでたどり着くことが出来た。
壁に凭れ、一息つく。女は「水を買ってきます」と言うと、何処かへ走って行ってしまった。
お節介な女だ。社ではきっと奇特な部類に入るだろう。
未だボヤける視界を擦る。ようやくどうにか靄が晴れてきた。

「ギリンマさん」

声をかけられ、顔を上げる。渡された水を受け取った、その時、はじめて女子社員の顔をはっきりと見た。

「お前、昼間の」

トトカルチョ野郎。喉元まで出かかった言葉の代わりに吐瀉物がまた込み上げて来て、慌てて口元を塞ぐ。
女子社員といえば、怯んだようにたじろいだ後、「大丈夫ですか」と背中を擦ってきた。
嘔吐感も、お前も不愉快だ。だというのに、何故かこの背を擦る手を突っぱねることが出来ない。
せっかくクリアになった視界に涙が滲む。

背中を擦って貰っていたおかげとは思いたくないが、どういうわけかすぐに楽になった。
横の女子社員がほっとしたように胸を撫で下ろしたのが引っかかってねめつけると、奴は困ったように眉を落とした。

その表情を見た途端、どうしてだか胸がつっかえたような気になった。
悪いとも、助かったとも、はたまた昼間はよくもとも言えずにいいよどむ。

女子社員は束の間、呆けたようにこちらを見詰めていが、はっと我に返ったように姿勢を正したかと思うと、頭を下げた。

「昼間はその、失礼しました。水ここに置いとくので、どうかもう少し休んで下さい。」

それではお先に失礼します。そう言って、踵を返そうとした女子社員の腕を、気が付けば思わず掴んでいた。

「名前、名前を教えてくれ」

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「えっ」

名前を伺われ、ついうつけたように立ち竦んでしまう。上に件の賭け事を報告されるのだろうか。考えるだけでも、身がすくむ。
みるみる顔を青ざめさせる私を見て、ギリンマさんが舌打ちを打つ。

「俺が、純粋に知りたい」

「えっ」

本日二度目の「えっ」は、昼間の賑やさが憎らしいぐらい静かな談話室に溶けて消えた。

心なしか私の腕を掴む手は、温かい。こちらを睨むように見る、その尖った唇が不思議といじらしく思えて、流れるように私は自分の名前を口走っていた。

一事務員の名前を聞いたエリート社員は、フゥンと得心したように頷いて、「お前、そういえば俺に賭けてたんだっけ」とぼやいた。
ハイ、と頭を降る。すると、見るからに気を良くしたように口角を上げて、「………俺が幹部になったら上に上げてやるよ」などと宣うものだから、なんだかおかしくってクスクスと笑ってしまう。

「楽しみにしています」と微笑めば、ギリンマさんの目尻は一層柔らかくなった。私はそれが訳もなく嬉しくて。

再び、静寂が室内に落ちる。
どちらからともなく別れを切り出す頃合いだった。

「では、私はこれで」

「……ああ。俺ももう少し休んだら、仕事を片付けに戻る」

そう言って、ギリンマさんは思い出したように私の腕から手を退ける。
名残惜しい、と思うのはどうしてだろうか。

一礼して、談話室を後にする。
じゃあな、という小さな呟きが耳に残って、離れない。





Thx:レイラの初恋


 

2018.06.04 (Mon) 23:08
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