山妖譚〜S'ai〜 昇春の章

白い息を吐きながら、ザックスは山の中を走り回っていた。
空は灰白色の雲が低く垂れ込め、陽射しは隠れている。冷たく湿った風は冬の匂いがする。日に日に冷え込む、年の瀬。
もともと人家はない山なので人里の忙しさは伝わってこないものの、明るい時間が短くなるこの時期は何もなくてもせわしない心持ちになる。
ザックスはまた白い息を吐き出した。
寒い。凍えるようなことはないが、気分的に早く焚き火の前に戻りたかった。
キョロキョロと辺りを見回して土に挿した小枝の目印を見つけると、手に持っていた藁束を土の上に置いた。風で飛ばないように石で藁束をぐるりと囲む。

御山に一度帰っていたアンジールが戻ってきた次の日、山頂の巨大な磐座が半分ほど落ち葉や藁で埋まるという珍事が起きた。
アンジールは目を丸くしていたが、ザックスは先日毛玉を大量に浴びた経緯を思い出していた。
「……絶対これ隣の島の龍神だ」
「龍神が?何故だ?」
「こないだも余ってるからって毛玉大量に落としてったし」
「そうか……まあ、いい肥料になるだろう。有難く頂こうじゃないか」
「そうだけど、うちのこと肥溜めかなんかと間違えてないかな?」
「そんなことはないと思うぞ?」
アンジールが手元の落ち葉を抱えると、足元にパラパラとドングリや赤い実が落ちた。
「種もたくさん混じっていそうだな。虫なんかもいるかもしれない。これだけ落ち葉があれば冬を越せる。暖かくなってからの芽吹きに期待できるぞ」
「ん……それもそーだね」
ザックスもアンジールに倣って落ち葉を抱えると、足の上にゴツンと栗のイガが落ちた。
「いッて!」
片足でぴょんぴょんと二、三歩飛び退ってから、ザックスはイガを拾い上げて慎重に割った。中から栗の実がみっつ顔を出す。
「栗も生えるといいなー」
イガを踏まないように脇に寄せ、落ちたドングリと栗をひとまとめにする。

それからしばらく、ふたりは落ち葉から藁と木の実をより分ける作業に追われた。
アンジールの言った通り、落ち葉の中からは小さな虫やクモやミミズなどが慌てて這い出してきて、土の中や山の中に逃げていく。
一匹でもいいから居着いてくれるといいなとザックスは思いながら、分けた落ち葉を掘った穴に入れて土とよく混ぜた。
昼間は選別作業をし、夕方になると木の実を埋めて落ち葉を混ぜた土をかぶせてまわる。
ふたりがかりで半月ほど作業をして落ち葉はようやくなくなり、落ち葉を混ぜた土の山がたくさん地面に連なった。
ひと通り済んでしまうと、アンジールは落ち葉に混じっていた藁で何か編み始めた。
「それ何?」
「藁靴だ。……と言うか、まず紐からだな。お前の足元、それだと寒いだろう」
「え?ああ……」
ザックスは皮の足袋の上に草履を履いている。
確かに雪道では不便だし寒い。
「慣れないから不恰好になってしまうとは思うが」
「ううん、いいよ。靴があるだけで十分嬉しい。ありがと」
アンジールの横にぺったりくっついたザックスは、見よう見まねで藁を編み始めた。
足に挟んだ藁を手で撚り合せて一本の紐にする作業だが、なかなか思うようにはいかない。
ザックスが悪戦苦闘していると、アンジールが隣からいろいろとアドバイスをくれる。
どうにかこうにかザックスが紐を一本撚り終えた時には、アンジールの脇には数本の紐が出来ていた。
「お前は何を編むんだ?」
「んー、木の実は埋めたけど、落ち葉かけられなかったとこがいくつかあってさ。そういうとこに布団みたいにかけとこうかなって。でも紐作るだけでもけっこうシンドイ」
「そうだな。霜除けを作るなら急がないとな」
「うん」

幾晩もかけて作った藁の霜除けを全部敷き終えたザックスは、手を擦り合わせながらねぐらの岩屋へ急いでいた。
ふと、山道の真ん中に、何かモソモソと動くものを見つけて立ち止まる。
少しくぼみになっている土の上。先日降った冷たい雨が乾ききらず、泥が残っているところで、何かがモゾモゾ動いていた。
黒っぽい、小さな球体に見えた。
驚いたのと警戒心から、そっと近づいて見る。
当然のことながら泥まみれだ。だがネズミにしては丸くモコモコしている。
ザックスがこわごわ覗き込むと、「それ」が不意に振り向いた。
「キュリリリリッ!」
「え……え?」
黒いくちばし、泥まみれの体と鉤形に曲がった小さな翼。
高い声、長めの首と大きな頭。
それは鳥の雛だった。
「……お前どこから来たんだよ?」
「キュリリリリッ」
「えー……えーと、うん、寒いな、寒いよな、うん。俺も寒い」
ザックスはしきりに鳴く雛を手のひらで包み込み、泥をこそげ落とそうとした。だが雛は鳴きながら小さな嘴でザックスの指をつついたり、噛み付いたりしてくる。
「いて!いってえよおまえ!」
それでもザックスは雛を落とさないように抱えて、岩屋へと駆け戻った。


「アンジール!」
「おかえり」
「キュリリリリリッ」
「途中で拾った!これ鳥だよね?」
「鳥だな……」
「腹減ってんのかな、ずっと俺の指つついてんの」
「ああ……そうだな、だが今は餌になるようなものが」
「キュリリリリッ、キュリリリリッ」
「……ちょっと嘴押さえて体の泥を拭いて落としてやれ。鼻は塞ぐなよ。あと出来たら懐に抱えてろ。雛は保温してやらないとダメだ。餌は……なんとかする」
雛の鳴き声に急かされるようにアンジールは立ち上がって、暗くなってきた空に舞い上がる。
上空で指笛を吹くと、ほどなく白いカラスがアンジールの前に現れた。
「鳥目なんだから夜は呼ぶなって」
「鳥の餌」
「…………はン?」
白いカラスは盛大に首をひねり、怪訝な顔をした。
「ザックスが鳥の雛を拾った。何の鳥かはわからんが、雛が食えそうな餌を探してきてくれ。親鳥が見つかるか、巣立つまでだ」
「だから俺鳥目だって」
「どこが。見えてるじゃないか」「勝手に人の目使うなっつの!!」
「横着してこの島では餌を捕るなよ」
「わかってるっつーの!どうせ見えてんだろ!」
白いカラスは翼をバタバタさせて頭の毛を逆立て、憤慨した様子を見せる。しかしアンジールに逆らうつもりはないらしく、ふいっと方向を変えると足の下で墨絵のように黒く滲んで見える他の島の方角へ飛んで行った。


アンジールは磐座のあたりに舞い降り、雨水を貯めてある桶から携帯用の皮袋に水を移した。
夏場、砂浜に流れ着いた桶を修理して雨水が貯まるようにしたのだ。
アンジールやザックスは飲んだり食べたりする必要はないが、木や草は水がないと育たない。
山全部が潤うほどの量はないが、芽吹いた草に水を与えるくらいには事足りた。
鳥の雛も、食べ物だけでなく水が必要だろう。
先日の雨で桶には水が一杯に溜まっているが、板が割れていてぽたりぽたりと水がこぼれ落ちていく。
貴重な水を捨てるわけにはいかないので、あたりに落ちている小枝と土を組み合わせて隙間を埋める。
アンジールが桶の修理をしてから岩屋に戻ると、既に白いカラスは岩屋に来ていて、ザックスの手の中でけたたましく鳴く雛に餌を与えていた。地面でミミズやクモがのたくっている。逃げていかないところを見ると、死なない程度に弱らせてあるのだろう。
「アンジールおかえり!コイツ餌やんの上手いね!」
「まあ鳥だからな。俺たちよりは上手いだろうな」
「勝手なこと言うなよ!」
「キュリリリ、キュリリリリッ」
「うるせー!」
カラスは大きなミミズを足で押さえて嘴で引きちぎると雛の口の中に突っ込んだ。
餌を飲み込むまでの僅かな時間だけ、雛は黙る。しかし飲み込んでしまえばまたけたたましく鳴き出す。
持ってきたらしいミミズやクモを全部雛に食べさせたが、まだ雛は鳴いて欲しがった。
「俺の分まで食うとかチビの癖して食い過ぎだ!もう寝ろ!」
これ以上は関わりたくないといった様子でカラスは岩屋から飛び出して行った。

「……あいつ、明日も来ると助かるんだけど」
「来るさ。あれはああ見えてけっこうお節介だし、俺の言うことは聞く」
「そっか」
雛は餌が貰えないと判断したのか、満腹になっていることに気がついたのか、ザックスの手の中でこくりこくりと眠り始めた。時折寝ぼけているのか、嘴でザックスの手をつつく。
「毛玉もふかふかで気持ちいいなーと思ったけど、コイツもふかふかで気持ちいい。あったかいし」
「まだ体温調節がきかないだろうから、暖かくしておいてやれよ。潰さないように」
「うん」
アンジールは藁で簡単に薄い巣皿を編み、ザックスに渡した。ザックスは巣皿の中に雛を移し、いくつかの毛玉と一緒に懐に抱えてアンジールにくっついた。
懐に納めた雛のほこほことした温もりと、隣のアンジールの体温、目の前で燃える焚き火の熱。
なんだかとても心地良くて、ザックスはそのまま目を閉じ、眠りに落ちた。

翌朝は雛の声で目が覚めた。
寒い明け方。まだ日も昇らぬ明け方だ。
夜よりも暗い気のする空からは、雪混じりの雨がびしょびしょと降ってきている。
焚き火も湿気った燠火になってしまい、岩屋の中も冷えていた。
しかし、雛の声は昨日よりも若干しっかりしている気がする。
まだ飛べない羽を一人前にぱたぱた動かしながら、懐の中でしきりにザックスの体をつついてくる。一晩過ごした巣皿の中にはいくつか糞もしてあった。
ちゃんと餌を消化した証拠だと思うと、ザックスはほっとした。
起きたアンジールが焚き火の火を熾し、薪を足した。
岩屋の中がほんのりあたたかさを取り戻した頃、みぞれの中を白いカラスが飛んできた。嘴に虫を何匹か挟んでいる。
岩屋の中に入ってきたカラスは餌を足元に置いて足で押さえると、羽をふくらめてぶるぶると身震いした。
「助かった」
「朝からご苦労だったな」
「ったく、冬場は餌集め大変なんだぞ!朝っぱらからピヨピヨピヨピヨ鳴きやがって」
「キュリリリ、キュリリリリッ」
「あーはいはい黙れ」
せっせと雛に餌を与える白カラス。ザックスは巣皿を持ったまままじまじと給餌風景を眺めて、ぽつりと言った。
「お前、親鳥みたいだな」
「誰が親鳥だ!むしろ俺がコイツの親の顔見たいわ!こんな冬場にタマゴ孵してこんなハゲ山に落としてくとかどこのマヌケだよ、ったく」
「そういえばこの雛まだ飛べる状態じゃあないし……いったいどこから来たんだろ?」
ザックスが首を傾げてアンジールを見る。しかしアンジールも肩を竦めて見せた。
雛鳥の食欲は旺盛で、白カラスが虫を全部与えても鳴きやまない。さらなる餌をせがみ、よたよたとおぼつかない足取りで巣皿から出ようとして、コテンとザックスの手に落ちた。
「あーもー!帰ってくるまで寝てろ!!」
逃げるようにカラスは飛び立ち、雛は餌がもらえないとわかるとザックスの手の中でまた団子のように丸くなってうとうとと眠り始めた。
「食っちゃ寝食っちゃ寝だなおまえ……」
「そうやって育つものだからな」
「そーなの?」
「魚や虫はともかく、鳥や獣はそんなもんだ。親が子を守って育て、子は餌をもらって眠ってどんどん大きくなる」
「そっかー。よく食うし、コイツすぐ大きくなりそう。……山に居着いてくれるかな?」
「餌になるものがないと厳しいだろうな。鳥は比較的行動範囲が広いが、縄張りの関係もあるだろうし」
「春に虫がいっぱいわくといいんだけどなー」
「それはそれで木が育たないんじゃないか?」
「あ、そうか……」
ザックスは手の中の雛を巣皿に移すと、また懐に入れた。
雛があたたかいのは生きているからだ。
生命力に満ちた雛を抱えているだけで、ザックスは自分の鼓動が強くなるのを感じる。
雛の生命力に、この山の権化であるザックスの生命力が呼応しているのがわかる。
「コイツ抱えてると元気になる気がする」
「そうか」
「大丈夫かな?俺、コイツの生命力奪ったりしてないかな?」
「それは大丈夫だ。お前の中にある力が共鳴しているだけだろうから、雛がどうこうなるわけじゃない」
「よかった……」
ザックスはほっとした様子で雛を抱えた懐を撫でた。
アンジールは立ち上がってみぞれの降る暗い空を見上げ、それからまた座って藁靴の続きを編み始めた。

ザックスは餌の時間以外は親鳥のようにほぼ雛を懐に抱いて過ごしていた。
白カラスは周辺の山のカラスに餌を探すのを手伝ってもらっているようで、餌の種類や量も日に日に増えた。雛はその餌を常にぺろりと平らげて、順調に成長していっていた。
ところがある朝、ザックスは突然その姿が消えていることに気づいた。
ここ数日でだいぶ足腰がしっかりしてきていたし、餌を食べてからもしばらく起きていて、体を伸ばして羽をばたつかせるなど飛ぶ練習のような仕草を見せるようになっていた。
どこかに歩いて出て行ってしまったのかと思い、アンジールと二人で手分けして探しても、餌を運んでくる白カラスに手伝ってもらっても、白カラスが餌探しを頼んだ別のカラスに捜索を頼んでも、一向に雛は見つからなかった。
雛がいなくなったことに気づいた朝からずっと山の中を駆けずり回って探したが、何の手がかりもないまま、夜が訪れた。
ザックスは白い息を吐きながら、体の芯が冷えるような焦燥感に苛まれていた。不安で涙が出そうになるのを必死で堪える。
一日中走り回って岩の隙間を覗き込んだり、穴の中に頭を突っ込んだりしていたので、ザックスは全身が土や泥で汚れていた。腕や足にはあちこち擦ったり突いたりして出来た薄い傷が出来ているが、気づいていないようだった。
疲労と不安に押しつぶされるように、ザックスはぺたりと冷たい土の上に座り込んだ。
嫌な想像をしたら本当になってしまいそうで、何度も頭を振って考えを打ち払う。
「最悪海に入ってたら探しようがないぜ?」
「こら。縁起でもないことを言うな」
アンジールが白カラスを叱咤するが、カラスは知らんぷりをした。
「ほんとのことじゃん」
「まだ飛べないのに、どこ行っちゃったんだろ……」
「……ザックス」
座り込んで肩を落とすザックスに、アンジールは声をかけようとしてやめた。
あの雛は、山の生き物を全て失ったあとにザックスが初めて抱いた命だった。
生命力に満ちた雛が、どれほどザックスの力になっていたかわからない。
とても簡単な言葉で慰められるものではなかった。

その時、頭上で大きな鳥の羽音が起こった。
白いカラスがアンジールの肩に止まって頭を竦める。途端に澄んだ鈴の音が空に響いて、空気が凛と張り詰めた。
龍神の眷属と相対した時に感じたものよりずっと強い、神域の空気があたり一面を包む。
舞い降りてきたのは、座り込んだザックスと同じくらいの大きな美しい鳥だった。
もうすっかり日が暮れてあたりは暗いのに、まるでその鳥は内側からほんのり輝いているようにはっきりと姿が見える。
細く曲がった黒い嘴、赤い顔に白っぽい飾り羽。全身は白く輝くような羽毛で覆われ、足は顔と同じように赤い。
堂々たる姿はまるで神の化身のように見えた。
だがその鳥の背には、老人がひとり乗っていた。




つるりとした禿頭と、白く長い顎髭。目鼻立ちは年老いた老人のものなのに、肌は赤子のように赤みを帯びてつやがあり、頬もふっくらしていかにも健康的だ。丸みを帯びた体を紅白の着物で包み、金色の羽織を着ている。
年齢とは不相応に派手な出で立ちだが、似合って見えるから不思議だ。
雰囲気は温和な好々爺そのものであるが、その佇まいは凛として、明らかに神に属するものだった。
年老いた神は鳥の背から身軽に降りてきて、ザックスの前に立った。
身長はザックスの手のひらに乗れそうなくらいの大きさしかないが、圧倒的な存在感があった。
「小さな狗よ。干支を拾ってくれて有難うよ」
「……えと?」
「干支じゃ。年の瀬に落としてしまってのう。どこに流れ着いたかと探しておって、昨日やっと見つけて、今引き継ぎをしてきたところでな。いやはや、今年に間に合って良かったわい」
ほっほっ、と笑いながら片手で長い顎髭を撫でながらひとり頷く。
ザックスは目を白黒させた。言っている意味がよくわからない。
隣に立っていたアンジールが跪いて腰を屈め、地面に這いつくばるようにして老人と視線を合わせる。
「……あなた様はもしや年神様か」
「左様。八嶋に新しい年をもたらすのが我が役目。干支が無くては仕事にならんでな。助かったぞ」
にこにこした顔で言いながら、年神はあたりを見回した。
「酒も節供もないとは、随分と寂しい年越しじゃのう。この山の様子ではそんな余裕は無いのじゃろうが、それでもこの干支を飢えさせず凍えさせずにおいてくれたこと、本当に感謝致す」
ぺこりと年神は頭を下げ、それから持っていた杖の先でトントンと土を叩いた。杖の頭についた鈴が涼やかな音色をたてる。
「儂に大した力は無いが、恩に報いてこの枯れた山に幸を与えよう」

再び小さな杖の先がザックスの目の前の土を叩く。
すると、その杖が離れた部分から水がじんわりもにじんできた。そして瞬く間にこぽこぽと水が湧き出してくる。
ザックスは同時に不思議な感覚を覚えていた。
雛を抱えていた時に感じた生命力は内側から湧き上がる力であり熱に似ていたが、この水と同時に感じたのは、自分の中で堰き止められていたものが不意に巡り出したような、そんな感覚だった。
年神が司る『巡り』の力が、水とともに流れ込んできたようだった。
「……わあ」
「年の巡りが止まる時まで、その泉は絶えぬ。小さき山の護りよ、達者で暮らせよ」
年神は再び干支の背に乗り、干支は少し助走をつけてからすっかり日の暮れた空に飛び立った。
「まさか干支の雛だったとはな……」アンジールがそう吐き出すと、金縛りにあったように固まっていた白いカラスがばたばたと羽を広げて騒ぎ出した。
「むしろ俺に礼よこせよなー!」
「こんな冬場に雛を落とす間抜けな親の顔を見た途端に黙った奴に文句言う資格はない」
「あああれは気圧されたっつーか!」
アンジールと白カラスが言い合う間も、座り込んだままのザックスは水の湧き出しているあたりを見つめていた。
ガイに吹き飛ばされてから、自分の記憶が断片的なことは自覚している。
雛や年神のおかげで忘れていたいろいろなことを思い出せるような気がするが、まだ頭が追いついていかない。自分の記憶なのに、まるで水底に見える景色のようにゆらゆらとして判然としない。
「ザックス?」
アンジールの声がして、ザックスは我に返った。
「大丈夫か?」
「え?うん。なんか水の力もらった感じで、ボーッとしてた。それにしても神様ってスゲーな……ずっと湧かなかった水がこんな簡単に……」
「そうだな。だがその水はお前が雛を拾うことを選んだから得られたものだ。雛を拾わず、見殺しにしていたなら、水は得られなかっただろう。年神にとって干支は無くてはならないもの。この山に水が必要なようにな」
「そっか。……よかった」
「俺はタダ働きだったけどな!タダ働き!」
白カラスの激しい訴えに、ザックスは苦笑する。
「山が元に戻ったら木の実でも虫でも好きなだけ食べていいよ、お前」
「やったー!」
「他の生き物が飢えない程度にな」
アンジールに釘を刺され、白カラスはまた「ケチ」「しまり屋」と文句を垂れ始めた。
「水も湧いたし、春にはたくさん芽が出るかな?」
「出るだろうな。忙しくなるぞ」
「うん」
「だがとりあえず明日から正月だな。何も無いが、しばらくはゆっくり休むとしよう」
「そうだね。でも雛いないとなんか寒いな。あ、カラスお前抱っこしていい?」
「やなこった!!」
「えーなんでだよ?いいじゃん」
「男の懐に入るなんてまっぴらだ!」
白カラスは逃げるように夜空に飛び立って行った。
笑うザックスとアンジールの息が白い。
どこか遠くの人里から、除夜の鐘の音が夜空に響いた。



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