新幹線にて・2 | ナノ
新幹線にての続き



「ちょ、待ってください!お登勢さん、今なんて!?」

新八は思わず声をひっくり返した。
3人は人目を避けて車両からは出ているが、もう少し静かにしろと言いたげな銀時と神楽が、新八に諭すような視線を送ってきた。しかしそんなことを気にしている場合ではない。携帯電話の向こうで、自分達の雇い手である老婆が呑気に先程の台詞を繰り返す。

『何度でも言ってやるさ。トランクの持ち主は土方と沖田の2人組だ。』

もちろんあの2人は誰かから依頼を受けてトランクを運んでいたわけだけどね、と付け足されたが、さして慰めになっていない。
土方と沖田の2人組……直接関わりを持ったことはないにしても、わざわざ説明されなくたってある程度彼らについての知識は持っている。辛うじて話は通じるが非常に短気で狡猾な土方、ベビーフェイスに似合わず予測不能で容赦ない殺しを行う沖田。何もかも破天荒なくせに仕事だけはきちんとこなすことで有名な殺し屋タッグだ。恐らくお互いがお互い、制御不能なように見える加速装置のブレーキを掛け合っているのだろう。ちなみに新八らは業界ではほとんど殺し屋で通っている節があるが、それはお登勢の取ってくる仕事が物騒なだけで、一応何でも屋という名を名乗っている。
ぐるぐると頭のなかでここまでの情報を引っ張り出し、ついため息が溢れた。

「本当に、ついてないんですよ、僕ら……」

『ま、ひとまずトランクは拝借できたんだろう?そのまま借り逃げしちまえばいいだけじゃないか。次の駅で降りれば任務完了だ。』

「それが難しいんですって。銀さんと神楽ちゃんとトランク、3つも荷物を持って新幹線から降りるのには力が要ります。」

『私にとっちゃ、あんたも入れて4つも荷物を抱えてるようなもんなんだよ。今度こそ成功してくれなきゃ困るんだからね。』

頼んだよ、と言い残し、電話は切られた。

「新八ぃ、どうしたアルか?」

神楽が期待したような顔で尋ねてきた。
ほら、これこそが嫌な兆候だ!新八は内心頭を抱える。神楽はハプニングが起こると生き生きとする傾向があるのだ。つまり、やはりこれはハプニングが起こってしまっているということかもしれない。

「このトランクさ、あの土方沖田が運んでる途中のやつらしいよ。」

「ヒジカタオキタ?」

こてん、青い瞳を丸め、顔が傾げられる。ご丁寧にもクエスチョンマークが橙色の頭の上に浮かぶ。

「ええ!知らないの……銀さんは知ってます?」

「ん?ああ、知ってる知ってる。俺、あいつのサイン持ってるし。」

対して銀時は得意気だ。適当なことを言っている。
うん、どうやら知らないらしい。

「2人組ですよ。黒髪が土方で、茶髪が沖田。」

「土方と沖田だー?なんであいつらがこのトランクの持ち主なんだ……勘弁してくれよ俺あいつら嫌いなんだって。」

……どうやら知っていたらしい。
会話に置いて行かれている神楽は、つまらなそうな顔で酢昆布の箱を開けた。

「お知り合いなんですか。」

「あんなの知り合いじゃねぇって。一人で仕事してた頃、土方に殺られかけたことがあるくらいだし。」

「十分ですよ!よく生きてますね銀さん!いや、でも銀さんのほうが土方より一枚上手なら、今回はなんとかなるかもしれませんね……」

「んん、まぁ、余裕、余裕、だな。」

どうやら余裕ではないらしい。
銀時が一人で仕事をしていた頃、といえば自然と新八が彼と出会う前ということだから、少なくとも数年の時間が経っているのだろう。新八はそれまで殺し屋だなんて仕事とは縁がなかった。銀時との出会いひとつでこんな世界に首を突っ込もうと自分で決めてしまったことについては、後悔していない、はずだと思いたい。
ちなみに神楽が銀時新八と混ざったのは、さらにその一年後だ。桁外れの怪力を持ち、しかもまだ年端もいかぬ少女だという油断を誘うことができるため、彼女の加入(というほど大それたものではないのだが)は確実な力になっている。今の状況を見ても分かる通り、力任せでない場面には滅法弱いのが玉に瑕だ。

「相手が誰でも関係ないアル。もうトランクは奪ったし、あとは次の駅で降りるだけヨ!」

「早く帰ってやらねぇと定春が腹空かしちまう。この仕事でがっぽり稼ぐんだから、今夜はご馳走食わしてやろうぜ。」

そこで電話が鳴った。
新八は携帯を出すけれど、呼び出し画面ではない。

「僕じゃないです。2人のうちのどっちかですよ。」

銀時と神楽は滅多に携帯を使わないため、仕事関係の電話が新八以外にかかってくることはほとんどない。訝しげな顔をした2人はポケットだの鞄だのを一通り探り、自分の携帯電話を探し出した。

「……俺だ。どうしよう。非通知だ。まじ恐ぇ。」

銀時はなぜだか恐がって、携帯を神楽に押し付けようとする。しかし神楽も嫌な予感がしたのか決して受け取らず、銀時はしぶしぶ通話ボタンを押した。

「はいはい、間違い電話ですよぉ。」

耳を澄ますと、微かに男性らしい低めの声が聞こえる。なんとなく苛立った雰囲気。
その後面倒そうな銀時が数回受話器の向こう側に返事をして、通話が終わる。

「人の仕事中に、誰だったアルか。」

神楽が尋ね、銀時が答える。
この3人でいて、運良く物事が進むはずがないのだ。



「噂の土方くんから。」



新幹線にて・2