新幹線にて | ナノ


荷物運びもできやしないのか、と我ながらも呆れた。
しかしこれだけは言っておきたい。たとえば大金のような貴重品が詰まっているであろうトランクを、わざわざ目の届かないところに放置した沖田はおかしい。俺はおかしくない。沖田がおかしいのだ。当の本人はけろりとしているけれど。

「だってね土方さん、よく考えて下せェ。男3人で新幹線に乗って、その足元に大きなトランクを置いてたりしたら、誰が見たって怪しいですよ。このトランクは貴重品です盗まないでください、って言ってるようなもんでさァ。」

「そんなことねえ。怪しいって理由だけで男3人からトランクを盗もうとする奴がいてたまるか。」

「俺だったら盗みますぜ!」

「だからお前はおかしいっていつも言ってるんだ……とにかくな、結果的にお前の行動は間違いだった。分かるか?トランクは盗まれた。」

新幹線のデッキには、荷物置き場が設けられている場合がある。俺たちはまさに今、そこにいた。平日の昼間であるせいか、荷物はひとつも置かれていない。
沖田がその空間に目をやり、肩を竦めた。

「その通り。」

その通り、じゃねえよ!
叫びそうになるのをなんとか堪える。
沖田と俺は、仕事で新幹線に乗っている。新幹線に乗ることは仕事ではない。俺たちの仕事は、人質にされている人間を、人質を攫った犯人を殺すという方法で助け出し、ついでにすでに犯人の手に渡っている身代金の入ったトランクも回収し、救出した人間とトランクを持って新幹線に乗り、無事に仕事の依頼人のところまで届ける、といったものだ。つまり、それが今回の仕事内容だ。ちなみに人質は依頼人の息子である。仕事は順風満帆に進んでいた。息子は疲労していたものの傷一つなく回収できたし、現場にいた犯人は間違いなく全員殺した。
しかし、この様だ。トランクがない。

「土方さん、慌てなくて大丈夫です。俺の姉上もよくこう言ってました、『無くしたものは忘れた頃に出てくるものよ』って。」

「忘れた頃に出てきても意味がないだろ。今回の依頼人が誰か覚えてんのか?あいつに『安心してください。トランクは無くしたけどきっと忘れた頃に出てきますよ。中の大金はごっそり消えちゃってるかもしれませんが』とでも説明するつもりか?」

「あんた馬鹿ですね、あの人にそんなこと言ったら麻酔もかけずに全身ちょっとずつ切り刻まれて殺されちゃったとしても、まだマシなほうですよ。」

沖田の言い分はもっともだ。だが恐らく、正直に謝ってみせても楽には死なせてもらえない。

「その通り。」

俺はやけくそで両手を挙げる。殺し屋界でもずば抜けて話の通じないこいつと仕事をするのは疲れるが、それを決めたのは自分だった。

「その通り、じゃないですってば。」

「まあ、切り刻まれる未来から目を逸らすとしても、トランクはない。でも、幸運なことにこの新幹線はまだ1度も停車していない……トランクはこの新幹線の中にある可能性が高い。」

「ご名答。俺はここから後ろの車両を、あんたは前の車両を探すってことにしましょう。」

「ちょっと待て、俺のほうが探す車両の数が倍ほど多いだろ。」

「あんたのほうが効率いいじゃないですか。」

「いや、どう考えてもお前が面倒がってるだけだ。」

「姉上が言ってました、『た」

「了解だ。」

お得意の姉上語録を披露しようとした沖田の言葉を遮る。

「でも一旦席に戻りましょう。あいつの息子が一人で残されてびびってるかもしれないですし。」

「ああ、あの息子な。」

人質にされていたときの、彼の怯えようを思い出す。世間知らずで過去も未来も知らない、のらりくらりと生きてきたのが手に取るように伝わってくる男だ。

「馬鹿っていうのは、ああいう奴にこそぴったりだと思いやすぜ。土方さん。」

「否定はしない。」

がらり、俺たちの席がある車両のドアを開けて、沖田が軽い足取りで馬鹿息子の頭が見える場所へと歩いていく。こいつは本当に危機感を感じているのだろうか。頭痛を覚えながらも後をついていく。
どうやら彼は呑気に眠っているようで、沖田がその向かいの席に座ってから俺を見る。

「こいつ、すげーツラですね。死んだみたいに大口開けて寝てらァ。」

俺も沖田の隣に座り、そしてぎょっとする。慌てて馬鹿息子の首に手を当てる。
他の乗客もまばらにいるため、声を潜めて言った。

「聞いて驚け、こいつは死んでる。」

「……それはびっくり。」

馬鹿息子ほどではないにしても、沖田がぽかんと口を開けた。

「トランクはない、この馬鹿な息子も首は繋がってるが息はしてねえ。このままだと切り刻まれるくらいじゃ済まねえな。」

「『たとえ死んでしまってもね、本当にその人を想っていたなら、心の中でいつでも会えるわ』、誰の言葉か分かります?」

「どうせ姉上だ。」

死んだって沖田の心の中になんて行ってやるものか。
くそ、頭痛は毎秒ごとに酷くなっているようだ。



新幹線にて
リスペクト:伊坂幸太郎『マリアビートル』