『どうしてこんなに事件件数が増加しているんだ?!』

 叱責を受け、俺の目の前に立つ頑健な体躯の主は、顔を強張らせうろたえたように眼差しを逸らす。己の職責から逃れるようなその態度に苛立って、俺はデスクに拳を叩きつけ、一層声を張り上げた。

『暴行、傷害、強姦、恐喝、飲酒に喫煙…果たしてこれが、青少年の学び舎たる学校で起こっていい事なのか?! このような事件を起こさせないために、お前達風紀委員は存在しているはずだろう?!』
『すまない…風紀委員会としても、見回りの回数や人員を増やして対応しているんだが…』

 逞しい身体を縮こまらせ、おどおどとした口調で言い訳を述べるのは、風紀委員のナンバースリーの立場にある…いや、かつてあった、右近という男だ。本来ならば、生徒会長に状況報告すべき人間は風紀の長たる風紀委員長であるはずだが、俺はその地位にある男…乾(いぬい)に対して好ましい印象を抱いておらず、彼が指導する風紀の活動体制にも疑念を抱いていたため、乾に改革の協力を求めることはせず、代わりに副委員長の一人である右近を、風紀委員会内の協賛者として選んだのだ。
 理知的で怜悧でありながら、傲慢で冷淡…時に残酷にすら映るほどの峻厳な手腕でカリスマ的に風紀を率いる乾とは異なり、穏和で理性的、調和を重んずる性分の右近なら、俺の意図を十全に汲んだ上で、乾に対抗し得る勢力として力になってくれるはず…そう、思っていたのだが。

『それならば、なぜこんな結果になるんだ?! お前達の仕事に怠慢があるから、校内の治安がこれほどまでに悪化しているんじゃないのか?!』
『そんな…俺達は必死に…!』
『言い訳は聞きたくない! いつまでもこの状況を改善できないようなら、協力体制のあり方についても再考する必要が出てくるな』
『な…』

 呆然と目を見張る右近に、突き放すように言う。

『お前ならば乾の代わりを務められると期待していたが、とんだ見込み違いだったようだ……出て行け。次回の報告までに多少なりとも状況の改善を見せられないようならば、お前を次期風紀委員長に選任するという約定も白紙だ。候補は別に探し出す』
『辰巳、俺は俺なりに懸命にやっているんだ! どうかもう少しだけ猶予をくれ。生徒会選挙後の急激な変革に、生徒達は混乱し当惑しているだけだ。時間が経てば皆の心も落ち着き、校内の騒乱も収まるはずだ、だからどうか…!』
『言い訳は無用だと言っただろう! そんな暇があるならば、一刻も早く結果を出せ! お前が悠長に猶予を請う間にも、何の罪咎もない生徒達が傷付いているんだぞ! こんな状況、例え一分たりとも長引かせておけるものか! 分かったら、さっさと風紀委員室に帰って対策を練れ!!』

自らの無能の言い訳に改革をあげつらわれ思わず頭に血が上った俺は、必要以上に激しく右近を責め立ててしまう。辛辣な言葉に右近はその身を強張らせると、言い返すこともせず黙って一礼し、ぎこちない足取りで生徒会室を出ていった。


『辰巳様…どうか、落ち着かれて』
『南…』

 その姿を苦々しく眺めやっていた俺の肩にそっと手が置かれ、静かな声がかかる。見上げれば、そこにはこの学園に来て以来、誰よりも深く親しんでいる友の姿がある。

『時間がない…時間がないんだ…』

 固く組み合わせた両手に額を付け、俺は低く呻く。腰掛ける椅子がぎし…と軋む音が、室内にいやに大きく響いた。

『俺が生徒会長に就任してからじきにひと月が経つ…綱紀の緩みを引き締めるべく、様々な改正案を打ち出してきたが、結果を出せないどころか、状況をさらに悪化させているようでは…改革自体がその意義を問われかねなくなる。何としてでも、目に見える結果を出さなければならないのに…なのに、右近…風紀委員を率いるべきあの男がこんな調子では、てんで話にならない!!』

 風紀の引き締め、親衛隊の解散命令、役員選出制度の改定、現行委員会の再編成…どれ一つとっても、反発は必至の案ばかりだ。数多の反対を叫ばれながらも改革案を断行するためには、それらを押さえ、無用な擾乱を防ぐ、風紀委員会の尽力が不可欠であるというのに、このままでは…

『辰巳様…』

 俺を案じるその声にも、今は苛立ちしか感じられない。

『…様付けは止めろ、南。俺は親衛隊の解散命令を出したんだ。親衛隊は解散し、その活動を停止しろと。それはお前だって例外じゃない。だからいつまでも、そんな下僕のような態度は取るな! お前は俺の友人のはずだろう?!』
『分かった……なあ、辰巳。一度、改革案を見直してみたらどうだろう。お前が指導する変革のペースはあまりに性急過ぎて、学園の生徒達はとても追い付けないんだ。このままだと、お前も生徒達も、皆潰れてしまう』
『お前まで、俺を否定するのか…?!』
『辰巳…俺はただ…』
『俺にはもう、お前しかいないのに…!』

 みっともないほど震える声で訴えかけ、憂い顔の南の制服を掴み、その胸に顔を埋めた。泣き出す寸前の子供のようになっているであろう、情けない表情を見られたくはなかった。

 生徒会室に残っているのは、生徒会長である俺と、補佐として活動を手助けしてくれている南の二人だけだ。他には誰もいない。誰も、いない。

 俺以外の執行部役員…副会長、会計、書記は俺の改革案に全面的に反対し、早々に生徒会室に来ることを辞めた。専門委員会の人員等は再編成の真っ只中のため、活動報告に生徒会室を訪れることもない。一般の生徒達も混乱に巻き込まれるのを恐れて、生徒会室に奏上に赴くことはしない。
 生徒会室には、誰もいない。俺達の他は、誰も足を運ぶものはない。

 今の生徒会は滅茶苦茶だ。役員同士が敵対し合い、委員会とも連携が取れていない。満足な活動が出来ない現状を、一般の生徒達とて快くは思ってはいない。全ては生徒会長である俺の力量不足のせいだと、そう囁く声が少なくないことも、俺は知っている。

 …これが、俺の思い描いていた生徒会なのか。理想の姿なのか。生徒会長の座を射止めれば、夢も、希望も、現実も、全てを手に入れられると、そう思っていたのに。

 絶望的な思いに駆られ、南にもたれかかって黙りこんでいた俺は、何やら扉の向こうに人の気配が近付きつつあることに気付く。大勢の、人間の足音…?


『失礼する!』

 その声と共に、突如として、生徒会室の扉が開け放たれる。

『お前達は…』

 俺は弾かれたように南から身を離し、どやどやと生徒会室に入ってきた人物等を睨み付けた。


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