09
 これはないわぁ。学校帰りにばったりと会ってしまった。あの男に、だ。いつもと違うところは私服じゃなく学ランだとか眼鏡も普通の黒縁だとか一瞬見ただけでは誰だか判らないような外見。でも「おいブス」なんて呼び止め方はあいつしかいなくて、振り返って早々眼鏡目掛けてランドセルを投げつけた。

「〜…っ! ……っ!?」
「誰がブスだ変態ロリコン虫野郎!」

 声も出ないぐらい痛かったらしく言い返しもしてこない。両手で顔を覆い、耳を真っ赤にして痛みに耐えてるよう。それに満足して息を整え右手に持ちっぱなしのランドセルを背負い直した。

「…っにすんだてめぇ!!」
「そっちが悪いんですー」
「だからって物理的に返す女がいるか! 暴力女!」
「あんたにデリカシーがあったなら振るってないっつーの!」

 二人して脛を蹴ろうとしたり髪を引っ張ろうとしたり、買い物途中の主婦や同じく学校帰りの学生からの注目の的になっていたが喧嘩は止まらなかった。



 終わったのは陽が完璧に傾いた頃。会った時よりも影は伸びていて、どのくらい時間が経過したかを語っているように感じた。あれから体力も使い果たし二人はいつもの公園で並んでブランコに座っていた。

「つっかれたー!」
「ヒョヒョ、あれだけで根を上げる気か?」
「先輩だってヘトヘトのくせに」

 そう指図すると図星でうるせぇ、と地を蹴る羽蛾にくすくすと笑う。天音はブランコを漕ぎだし遠くを眺める。夕陽がマンションやビルの窓ガラスに映って綺麗だった。そういえば、いつもならデュエルが満足に終わり次第帰るからこんな時間まで一緒に過ごしたことはない。羽蛾の方を横目に見てみると詰まらなそうに何もない砂場を見つめている。暇なら帰ればいいのに。そこでふと引っ掛かる事があった。

「羽蛾先輩って私より遅く帰ったことありませんよね」

 思い返せば、そうだ。帰る切っ掛けを作るのはいつも天音で羽蛾の方は最後まで付き合ってくれてる。公園を出るのも天音が先で、ぶっきらぼうながら見送られるのも天音の方。言われた本人はというと、何かを考える素振りを見せて首を傾げていた。

「気のせいだろ?」
「えー、そんなことないですよー」

 大きく揺らいだところでジャンプ、着地。振り返ってみれば本当にそうしてた記憶がないらしく本気で考え込んでいる。

「やれやれ…虫野郎の頭はデュエル以外では使えないみたい」

 なるべく小声で独り言のように喋れば無事聞こえずに済んだみたいで未だ悩む彼の前に歩み寄り、腰で腕を組む。見下ろせるのがなんだか新鮮で笑いそうになるのを寸でのところで止めた。

「帰ろうよ。私、お腹空いちゃいました」

 タイミングよく鳴った腹に恥ずかしさを覚えながらランドセルを上下に揺らした。珍しく悪意のない微笑みを浮かべた羽蛾は立ち上がって首肯したあと出口に向かう。その背中を小走りで追いかけてると不意に立ち止まったので天音もつられてしまった。どうしたのかと覗き込むと視線が天音に何か訴えているような気がしてしまう。もしかして、

「私が先に出た方がいい?」

 こくんと頷いた羽蛾にやっぱりと綻ぶ。大股に一歩踏み出せば公園から出たことを知る二手道。右手が天音の住むマンションの方向で、左手が羽蛾の住む家の方向だそうだ。全く真逆なのに二人が鉢合わせしたのは実は凄いことなのかもしれない。

「ばいばい! 次のデュエルは私が絶対勝つからっ」
「それはどうかなぁ…君にボクの戦略を見抜ける頭があるようには思えないな」
「なんだってー!?」

 軽い会話をしていても着々と離れていく二人の距離。遠ざかっていくのは天音が歩いているからに他ならなかった。羽蛾が歩きだしたのはそれから三十秒後。こっそり建物の影に隠れてその様子を見守っていたけれども、あれが無意識だったなんて彼にも一応優しい面が眠ってたみたいで安心した。鬼畜だけで構成されてる人間じゃなくて良かったと心の底から感動する。

(さてと、)

 家に帰ったら先輩対策デッキ再構築しますか!

   

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