我が家に破魔弓は飾られない。
わたしが生まれた年に破魔弓を飾ったら新年早々大病を患って死にかけたらしい。そして次の年には飾らず、代わりに羽子板を飾ったら普段は病弱で泣くか寝るかしかしない子だったのに、すこぶる調子がよくなり笑いながら新年を迎えたらしい。破魔弓より羽子板、鎧兜よりひな人形、そうやって女のものを与えていたら病気や怪我が減っていったと母が語った。生まれた年に揃えた飾り物はすべて倉にしまっていた。別に構いやしない。わたしも弓より綺麗な羽子板が飾られるほうが心が踊る。

残念なことに、男として生きるようになってからそれらが飾られるようになった。家族は正月飾りの隣に羽子板と破魔弓がそろって映えると喜んでいたけれどわたしは嫌な思いしかしなかった。そして赤子のときと同じように新年早々風邪でぶっ倒れる。
鏡に写る自分は、戦の生傷も増えて貧弱だの虚弱だのを通り越して死相がでて今にも息絶えそうだ。

「よう…久しぶりだな…」
「わたしは昨日、マダラを見かけたよ」
「じゃあ話しかけろよ」
「えっ、いやだ」

 戦で、生傷で済んでいるのは幸運なのだろう。そしてこの幸運はほとんどがマダラが作ってくれた。なんと驚くとこにマダラはわたしを何度か守ってくれるのだ。今まで男と勘違いして罵った罪悪感からこんな行動に出るのだろうか。マダラに本当は男とバレたら殴られそう。
しかし大丈夫。先日患った大病で、街の医者の手術によりわたしは男として大切なものを失った。次に疑われたら胸ではなく下を触らせればいい。うちはの装束は襟が長く喉の形もわかりにくし、そもそも声変わり前に去勢してしまうと甲高い声のままになるとお医者様が説明してくれた。家族はとても悲しんでいるけれど、わたしは早期に発見できてよかったと思う。将来のことなんぞ考えず『マダラに男とバレずに済むな』ぐらいに楽観視していた。
自分でも男か女かも曖昧なんだ、好くことも好かれることもないだろうしどうせ恋愛なんてできるわけない。結婚できる齢まで生き残れるわけない。弱い遺伝子を継がせる必要もない。
愛してくれる家族には申し訳ないけれど、一族にとって不要だと自分でも思う。

「………オイ、弟もいらねえっつったからこれやる」

いくら不要な相手だからって要らないものまで押しつけないでよ。そう言いたかったが、マダラが渡した綺麗な小箱に心が引かれた。友禅染された着物みたいな綺麗な模様の箱の中には和三盆の干菓子が入っていた。


「ナマエちゃん、それどうしたの?」
「タジマ様の長男のマダラにもらったの」

姉に髪をすかしてもらっているときに、小箱について問われた。口の中は和三盆糖で甘くて髪はすかれて気持ちがいいし、今日はマダラに出会ってしまったけれどいい日だ。

「姉様もどうぞ」
「ありがとう。でもマダラ君がナマエちゃんに贈ったものだから遠慮するわ」
「要らないものと言われました」
「アラアラ……彼ってシャイなのね」

と、姉は言ったけれどシャイボーイなら人の髪をぐしゃぐしゃにしたり引っ張ったりしない。あんなガキ大将どころか手練れの大人とも戦える大将…ではなく次期族長候補の実力者がシャイなものか。
シャイっていうのは初顔合わせで大人の背に隠れたけれどいじめっこに引きずりだされて話しかけられても答えられなかったわたしのような奴を言うのだ。「さっそく友達ができたな!」と笑ってみていたあの時の父様は許さない。ほんとうにゆるさない。



「いたいいたい」
「大丈夫かナマエ!?」
「大丈夫じゃない。死んじゃう、痛い」
「……そのぐらいじゃ死なねェよ」

敵が武器を降り下ろしてくるもんだから、刀を構えたけれど力の差でカシャンと落ちた。そのあとすぐに斬り倒されそうになった。反射的に腕で守ったとき、マダラが投げたクナイが敵に刺さって倒れる。わたしを覆うように倒れたので手にしていた敵の武器の刃で腕に切り傷をつけられた。
浅い切り腕の傷で痛い痛いと騒いでいるわたしと違って、きっとマダラは目がたくさんあるのだと思う。なんであのタイミングでクナイを投げられたのか不思議で仕方がない。おかげさまで助かったけれど、マダラは後ろにも写輪眼があるのか。

「早く止血しろ」
「わかってるよ」

お気に入りの手拭いを使うのは気が引けたけれど致し方ない。上手くできた刺繍に、香を染み込ませていた布にじわじわと血がにじんでくるのはみていて気持ちが悪い。

「くせえ……」
「香を、染み込ませてたの」
「戦場でそんな匂いついてるもん携えるなよ」

好きな香りなのに……やはりこいつとは心底、噛み合わない。だらだら情けなく涙を流しているわたしに、マダラはご自慢の写輪眼で睨み付けながら吐き捨てた。

「ナマエ、お前はもう戦に出るな。邪魔なんだよ……父様にオレから言うから」

十六の時、わたしはタジマ様から戦に出ることを禁じられた。奴は嫌がらせのつもりかもしれないけれど、戦嫌いのわたしにとって嬉しいことだった。

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