自分は女だと思っていた。母や姉達はわたしを「ナマエちゃん」と呼ぶし、いつも綺麗な着物を着せてもらっていた。今までもらった誕生日の贈り物や祝いものは鏡に髪飾りや櫛など女の子のものばかりだった。

「ナマエちゃんは赤ちゃんの頃いつも病気を患ってね……魔除けに女の子の格好をさせていたのよ」
「着物は姉達の御下がりだったのよ」
「看病するとき、いつも丈夫な子に育つよう願っていたわ」

母や姉が涙ぐんで生い立ちを語ってくれたけれど、病気になっていた赤ん坊の記憶なんぞこれっぽっちも覚えてない。今さら『男の子でした!さあ剣術と手裏剣術を覚えて戦場に行きましょう!』って言われてもどうしようもない。
手裏剣をもつより人形をもっていたいし、クナイを握るより花束を手にもっていたい。日の当たる原っぱなら刀より日傘を差したい。そんな願いも虚しく同年代の男達と同じように同族の大人の忍から術を教わるようになった。強制的なこの流れに職業選択の自由を訴えたいが、忍の子は忍だからしかたがない。
姉達に繕ってもらった新しい修行着。夜にかくれんぼしたら朝まで見つからない闇の色。父や周りの男達が着ている装束と同じ色。以前着ていた綺麗な着物と違って好きな色でも形でもないけれど、新しい衣服を泥や砂で汚すなんていやだった。そもそも修行自体がきらいだ。術の指南書より姉の薦める恋愛の小説を読みたい。

「相変わらずヘッタクソな手裏剣術だな、ナマエ。何処に向かって投げてんだ」

なにより、同年代のマダラがきらいだった。
わたしと同じ子供なのに敵の大人達、しかも手練れを何人も殺めた忍の才に恵まれた人。彼はわたしをいじめてくるのだ。か弱いわたしが心底嫌いらしいけれど、文句があるならつい最近まで蝶よ花よと愛でてきた家族に文句言ってほしい。そしてお前の権限で元の生活に戻してくれ!そしたらマダラもか弱いわたしと関わらなくて済むし、わたしもお家で遊んでいられる。

「お前みたいなか弱い奴……醜いんだよ」

彼のこの言葉にどれほど傷ついたことか。

綺麗な着物をきて、髪飾りをつけて、宝物の人形を抱いていたら家族もご近所様も姉の友達もみんながわたしを「かわいい」と褒めてくれた。しかし、今は男の子。白い肌は虚弱に映り、細い手足は貧弱に映る。長い髪やまつ毛は戦の邪魔でしかないのだろう。醜いなんて言われたのは初めてだった。毎朝、姉にとかしてもらっている自慢の髪は、マダラにぐっしゃぐしゃにされた。ちくしょうマダラめ……自分がツンツンヘアだからって嫉妬か。

初めの頃はマダラが怖くて、顔を合わしたり醜いと言われるたびに母に泣きついていた。今じゃ跳ね返す強さを手にいれた。物理的にはまったく強くないしマダラに三秒でやられる自信があるけれど。奴にどんなけ醜いと罵られても家に帰って綺麗な着物で着飾っていると「醜くはない」わたしになる。弱いのはしかたがないや。わたしには忍の才能がない。



今日も今日とて術の修行を休みお家で遊びにいそしむ。旅行に出掛けた姉の荷物も使いたい放題、こんなチャンスはなかなかない。姉の部屋にある小説が読み放題、化粧道具、新しい帯や着物を勝手に着て遊ぶ。きっと怒られるだろうけれど優しい姉は禁じはしない。そもそもわたしに化粧をしたり自分が着れなくなった女の服を与え続けたのは母と姉だ。
お気に入りの藤色の着物に、姉が持っていた白の帯は良く似合った。あまりに似合うものだから母が髪を結ってくれた。

昼過ぎたおやつの時間ぐらいだったと思う。姉の部屋にある琴を勝手に弾いてた。だいぶ様になって、姉ほどではないけれどなかなか上手く弾けていたと思う。母がわたしに出してくださったお菓子をつまんで、暗譜できたから、もう一度琴を奏でてやろうと思った。

さあ弾こうと爪をはめたそのときに、庭からカランと音がした。何か固いものが落ちる音。わたしはこの音を修行するときに何度も聞いた。刀が鞘ごと落ちる音だ。

「誰ですか」

あいさつも無しに人様の家を覗くなんていくら同族でも無作法過ぎる。姉の知り合いや、親と仲がよいご近所様でなかったなら一言、何か言ってやろうと思って縁側から草履もはかず出た。修行日和の良い天気だから、土も乾いていて足の裏は汚れない。
音を奏でた正体は『家で寛いでいる時もっとも顔を見たくない男、一位』のうちはマダラだった。汚れた服からして修行帰りだろう。相変わらずの重力に逆らった髪形だ。呆気とした顔でわたしをじろじろ見ていたので琴の爪をひとつ外して奴に投げたら、ピシッと命中。手裏剣術の修行がここで活かされた。

これ以上気分が害されるのは嫌なので、さっと障子を閉める。丸爪一つ、損した。



「お前って妹とか居んの?」

後日、いつものようにからかいが混じった声ではなく、ぶっきらぼうな声のマダラがわたしを呼んだ。

「姉がいるよ」
「昨日、お前の家覗いちまって…これ…」

人様の癒しの時間である、琴の暗譜を邪魔しやがった自覚はあったらしい。手に琴の爪をもって申し訳なさそうにマダラが言った。

「とくにかく謝りてェから。お前の姉に会わせろ」
「なんで姉?昨日から姉は居ないんだけど」
「じゃあ誰なんだよ」
「誰って何が?」
「藤色の着物の人。帯は白で、群青の帯揚げで……」

事細かにマダラが格好の特徴を伝えた。肝心の顔にはいっさいふれず、着物の柄や帯留めまで言ってきた。ここまで言えばわかるだろうと。わたしなんて昨日のマダラの服装なんて汚かったとしか覚えていないのに、マダラは帯揚げや帯留めまで記憶していたらしい。とんでもない記憶力である。
そんな回りくどい言い方をしなくとも爪投げた奴って言えば「わたし」ってわかる。爪が自分に命中したから手裏剣術の下手なわたしじゃないだろうという、遠回しの嫌味や見下しなのかもしれない。

「それ、わたしだよ」

数秒の間ができた。マダラは遅れて「ハァ……テメーが…?」と呟いて言葉を震えさせた。

「だってアレ…女の格好してただろうが!」

しまった、マダラは何も知らないのだ。

わたしが着飾って女の子の格好をするのは生い立ちがあってこそなのだが、何も知らぬマダラや世間ではただの女装としか捉えてくれない。幼い頃を知っているご近所様ならともかく、マダラ相手に『うちはナマエは家では女の服を着て化粧して琴を弾いてる』なんて知られたら「か弱い醜い」の罵倒の中に「変態女装」が加わるに違いない。変態じゃないのに。いいや男と自覚しても女の格好をするのは変態なのかな?

「あ、今の嘘!違うから、わたしじゃないから。妹だから」
「姉しかいねーってさっき言っただろ」
「じゃあ姉だ」
「昨日、家に居なかったんだろ」

昨日どころかしばらくは遠出の旅行、家じゃ母と二人っきり。父は姉達の荷物持ちでついていった。あのときのわたしを母だというのはきつい言い訳になる。他に人が訪ねればそれだとごまかせられるが昨日の我が家にはマダラぐらいしか訪問者が居なかった。
マダラはわたしをじろじろなめ回すようにみて、納得したように笑った。

「………こうして見ると、確かにお前だったんだな」

弟達にみせる笑顔でなく、わたしにだけみせる嘲笑いだ。

「ハッ……前から情けねェ奴と思ってたけどよ。家じゃあんな格好してんのかよ!」

ドンッと衝撃がきた。マダラはわたしを強く突き飛ばし、その衝撃で情けなくも尻餅をついた。踏ん張る力もない、蹴られたら転ぶ自分は彼の言う通り情けない奴だ。
演習場として使ううちは所領の森で出会う度に、髪をぐっしゃぐしゃにされるが。今日も同じようにぐっしゃぐしゃにされた。いつもと違うのは引っ張る力が強いことと「髪飾りなんかつけて女の真似してよォ!」とマダラが嗤いながら頭を揺さぶること。ぐわんぐわん揺れる頭でわたしは『どう言い訳するのか』とまだ考えていた。
揺れる脳ミソが咄嗟に出した言い訳は、あれは母親だ、なんかよりもさらに苦しいものだった。

「マダラって失礼な男なんだね」
「ああ?」
「わたしは女だよ」

ピタッと唖然としてマダラの動きが止まってまた、本日二度目のマダラのマヌケ顔が拝めた。

「わたしだって本当は戦なんか出たくない。でも、姉しか…女しか居ないからわたしが出るしかないの」
「うそだろ…本当かよ」
「嘘だと思うなら、触る?」

お体に触られたら一発でバレるけれど、それ以外に証明できるものがない。マダラの手を掴んで胸へ当てようとする。齢的にも性別的にも膨らみなんてあるわけないのに。マダラはあわてて手が胸に当たる寸前で払いのけた。乱暴に払うもんだから少し服がかすった。

「いや……いい。悪かったな、何も知らなくて」

顔を赤くしてマダラは走り去った。嘘の話をあっさり信じるなんて、こんな無乳で慌てるなんて…顔に似合わずけっこう純粋な奴なのかも。

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