□その敗因は
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ある日の昼休み。


「マジうぜぇ…」


唐突に俺の隣でそう呟いたのは、幼馴染である岩ちゃんこと岩泉一だった。
岩ちゃんは眉間にこれ以上ないくらいに皺を寄せ、不機嫌さを露わにしながら、もくもくと弁当を食べている。
これだけだとなんで岩ちゃんがイライラしているのかわからないだろうけど、今の俺たちの状況でその理由はすぐに理解できるに違いない。

クラス内に響いてくる黄色い歓声。クラスの廊下側の窓と出入り口を封鎖する女子たち。
それらは全て俺のファンで構成されていた。

俺にとってはいつものことなのでそれほど気にはならないが、岩ちゃんはそうではないらしい。
俺は岩ちゃんの眉間に人差し指を押し当てると、皺を伸ばすようにぐりぐりと円を描く。


「ほらほら、岩ちゃん。ただでさえ怖い顔なんだから、そんな顔してたらもっと怖い顔になるよ〜」


そう言うと、岩ちゃんは間髪入れずに俺の手を叩いた。


「痛いよ、岩ちゃん!」


叩かれて赤くなった手の甲を、もう片方の手で撫でる。彼は俺に対して手加減というものをしてくれないので、結構本気で痛い。
すると、クラスの端の方でくすくすと笑う声が聞こえてくる。これだけ女子の歓声がひしめき合っている中で、こんな小さな声が聞こえるなんて、我ながら地獄耳だと思う。

俺はファンの子たちに気付かれないように、その笑い声の主にちらりと視線を移した。
その声は俺の予想通りの人物のものだった。

匂坂椿――それが彼女の名前だ。

今は口を大きく開けて笑う女子も多いというのに、彼女は口元を手で隠して楚々と笑うことが多い。まさに清楚可憐という言葉がぴったりな子だった。

そして、彼女は不思議な子でもある。別に不思議ちゃんという意味ではなくてね。

彼女は俺の周りにいる女の子たちとは違った態度で俺に接する。いや、正直接するというほどの接触はしていない気がする。3年間同じクラスだというのにも関わらず。

大抵、俺を見る女子の態度は二つに別れる。
一つは俺のファンのように俺のことをカッコイイと褒めて熱っぽい眼差しで俺を見つめる子。
二つは俺のことをチャラいとか軽いとか貶して、汚いものを見るかのような視線を向ける子。
まあ、大概が前者で後者はたまに見かける程度。

しかし、彼女はどちらにも当てはまらなかった。
俺に熱い眼差しを向けることもなければ、嫌悪感を向けることもしない。本当に不思議な子だ。

俺が彼女のことを気に掛けたのは、それこそ1年のとき。
普段からおっとりとした雰囲気で、常ににこにこと笑っている彼女。その彼女が、俺と岩ちゃんが馬鹿をやっている様子を見て、心から笑っているのを見たときだ。

月並みな表現だけど、まさしく花開いたような笑顔だった。
まずは目を奪われ、そして心まで奪われた。


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