匪口さんまた19歳。企画

こちらの1年後っぽい続きです。
※17歳です。





 今日も世界は素晴らしい。コンビニは24時間営業だし水道をひねれば水が出てくるしあとはパソコンさえあればたいていの欲求は満たされる。でも、睡眠欲に関して、こいつに関しては本当はいらない気がしてる。寝る動作はそこまで得意じゃないから。いつまでも寝なくて良い身体になりたかった。


 今日も今日とて情報処理室の隣・機材室で昼飯を食おうと、扉を開いて中に入ろうとして、やっぱりいた。去年の今日からずっと、ほぼ毎日一緒に昼飯を食べてる人が。その人は俺の定位置に座って、紙パックのミルクティーを飲んでいた。視線は窓の外。別にその視線の先には何もない、昼時の青い空しかないけど。途中まで静かに開けていた扉をそこから少し勢いをつけてスライドする。スライド式の扉はガラガラとうるさく音を立てたから、その人はパッとこちらを向く。口から離れたストローの飲み口から、ミルクティーの雫が小さく飛んだのが見えた。その人の制服のスカートに落ちたかもしれない。まぁ、云ってやらないんだけど。

「こんにちは、匪口くん」

 ほんのり笑って挨拶をしたその人は、先輩は、座っていた場所から腰をあげた。そうして部屋の奥へとズレる。去年まで異様にホコリっぽかったこの部屋は、俺と、さらにこの先輩がよく訪れるようになってからその度合いが減った気がする。もしかしたらこの人が定期的に掃除してるのかもしれない。そう想像して、なんとなく、後頭部をかいた。

「……コンニチハ。先輩、今日早いね」
「そうかな。匪口くんは遅かったね」
「あぁうんまぁ、いろいろ」

 適当にそう云って、扉を静かに閉めた。そうして部屋の中央あたりまで歩いて、さっきまで先輩が座ってた定位置に腰を下ろす。どれくらい彼女が座っていたのかわからないが、ふつうぬるくなっているはずの床はちっとも温度がなく、冷たかった。この人はたまに存在を認識させないところがあった。突然いなくなるし、突然現れるし、物音を立てない。今はさっさと持参のコンビニ袋を漁っている。食べ始めていなかったようだった。喉が渇いたのか、水分だけは補給していたようだけど。

「いろいろあったんだねえ。なになに?クラスの女の子にプレゼントでも貰ったの?」
「ニヤニヤしてるの気持ち悪いよ」
「……否定しないの?当たっちゃった?」
「…………」

 こういうとき、うまく口が回らない。こういうとき、子どもだと思う。もう少し大人になったら、もっとズル賢くなれるのだろうか。もっと人を驚かせたり、参ったと云わせたり出来るのだろうか。
 先輩の云ったことは、当たりだった。去年から同じクラスだったらしいクラスメイトに、機材室に向かう途中の廊下で、渡された。誕生日プレゼント。片手の掌に乗る小さい四角い箱。少しうつむいてこちらにつむじを見せる彼女は云う。「突然ごめんね。今日、誕生日だよね?あの、誕生日、おめでとう。私、去年から同じクラスだったの……わからないよね。そのときからね、」

「大丈夫?」

 ハッとした。おもむろにコンビニ袋から取り出していたおにぎり(鮭)を取り落としていたようだった。先輩がそんな俺を訝しんで、肩に手を置いて、呼びかけたらしい。少し目伏せる。何をそんなに、考えなければいけないのだろう。考えないようにしても、さっきの子の声が頭にふわふわと浮かんで来る。「そのときからね、」あの子も目を少し伏せていた。だいぶ緊張していたようだった。発表会の子どもみたいに見えた。実質、発表会なのは間違いなかったのかもしれないけど。拾ったおにぎり(鮭)をあぐらをかいた膝に乗せる。安定感のある佇まいに、何故だか安心した。そうしたら、横からバリッという音のあと、先輩のくぐもった声が聞こえる。

「妬けちゃうね」

 くぐもっていたのは、海苔のついたおにぎりを食べながら喋っていたからだった。もぐもぐ、といった効果音が付きそうな食べっぷりに、つい笑う。先輩も「笑われるかぁ」と云って少し笑う。食べながら笑って喋ったのは意外だった。行儀悪いとか、思ってそうだったから。小さく面食らったのを隠すように口を開く。

「妬けちゃうね、って云うわりにそういう雰囲気ないけど」
「んん?いや、妬いてるよ。でもヤキモチ妬いてるのってなんか悔しいから、見せないの。」
「ふーん。そういうもん?」
「そういうもん。匪口くんは女心わかってないなぁ」
「俺、男だからね」
「おにぎり食べないの?」
「…………」
「気になっちゃって仕様がないって感じかぁ」
「…………」
「それとも、眠いの?」

 そうだね。俺今、ちょっと眠い。
 それでもあくびは出ない。目が乾くから、瞬きが多くなる。目の表面なのか奥側なのか、わからないけど少し痛い。じっくり目を瞑って、背中の壁をどっくり体重をかける。そんなイメージ。壁と床に身体が埋まっていくような感覚。頭の中に霧だか靄だか、それらが充満してる。少し、気持ち悪い。右手が知らず知らず、胸の少し上を押さえていた。

「眠れないの?気持ち悪い?」

 いつのことを云っているのか。でもそうだね、合ってる。俺はたぶん頷いて、意識を少し浮かしかけた。でも引き戻す。毎夜その繰り返し。眠るのは得意じゃない。考えなくていいことを考えずに済むけれど、見たくない夢を見てしまうから。夢の中でしかもう見ることがない景色、あんまり長い時間じゃなかったことだから、同じことの繰り返し。でも、同じでも、きっと良かったんだけど、最後はいつも嫌な感じで終わるから。そんなの見たくないじゃん。

「ねぇ、ヤキモチ妬いたからひとつワガママ云っていいかな」

 先輩のいる場所とは反対側の頬を下から覆うような手で撫でられて、強くないのにでも絶対だと云う指先で顔を彼女の方に向けられた。自然と瞼が開く。先輩はなんの表情も持っていない。ただ、ジッとこちらを上目で見つめて、俺も無表情で眼鏡のレンズ越しに見下ろす。

「俺の誕生日に、先輩がワガママ云うんだ」
「うん」
「へぇ……なに?」
「訊いてくれるの?」
「とりあえずね。訊くだけタダ」
「確かに!そうだね。」

 くすくすと笑った先輩は、俺の頬から手を離すと肩へと擦り寄って、少し寄りかかった。あんまり体温は感じない。感じない、けど。

「今日、君の家行っていいかなぁ」

 くったりとした砂糖入りのヨーグルトを、スプーンで持ち上げて落とすような声だった。たぶん俺はこの声に居心地の良さを感じていて、だから、体温が感じられなくても、少し安心しているのかも、しれない。先輩と反対側の、だらりと床に伸びている腕が、仰向けになっている掌が、指が、ぴくりと動く。小さな生き物が生き返るみたいに。

「うちに来て、どーすんの?」

 再び先輩を見下ろす。たぶん笑ったんだろう、前髪やサイドの髪が揺れて、落ちる。肩に振動が伝わる。先輩は此処にいる。

「何でもしたい。よく眠れるようにじっくりお風呂一緒に入りたいし、子守唄だって歌いたい。一緒の布団であったまりたいし、なんなら羊一緒に数えよう。あとは……」

 小さな動物みたいに、すりすりと俺の肩に頭を擦り付けた先輩は楽しそうに云った。

「あれから私を知った匪口くんの中の私を、教えて欲しいかな」












 あの子は、俺に何も云わなかった。

「そのときからね、……ううん。なんでもない」

 あの子の目は俺を見ていたけど、俺の目の中の、別の人を見ていた。見えていたのかもしれない。そうして最後に「今日、楽しんでね」と云って、彼女は去った。あの子が云いたかったことはなんとなく察していた。けれど云わなかった。云わなかった理由を考えたけれど、買いかぶり過ぎかもしれないから、考えることをやめる。たぶん、あの子はもう、きっとやりきってスッキリしているだろうから。

 先輩は俺の家に来て、一緒に飯を食べて(コンビニ飯だけど)、ケーキを食べて(コンビニのだけど)、一緒に風呂に入って(えろいことはあんまりしなかった。)、そして一緒に歯を磨いて今、布団の中。風呂のあとパソコンを触らず寝るのは久しぶりだ。まだ身体がぽかぽかしてて、むしろちょっと暑い。2人分の枕はないから、バスタオルを巻いたものを枕にしてる先輩が楽しそうに「羊数える?」と云い出す。俺は苦笑いして「いやいいよ」と断る。

「なんで?」

 純粋にそうやって訊いてきた先輩の力の抜けている手を握る。なかなかしっかりと握ると、先輩が驚いたように真顔になってからゆっくりと微笑んだ。先輩の握っている手の上から、彼女はもう片方の手を重ねる。

「俺にはこれで、充分みたいだからさ」

 先輩の手は、ぽかぽかとして、熱いくらいだつた。彼女は云う。

「誕生日、おめでとう」






17
(2016.9.25)
匪口結也さんってば、また「19歳」。またまた遅くなり申し訳ありません。今年も参加させていただきました。幸せに暮らしておくれ。
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