匪口さんまた19歳。企画


※高校生匪口さん

 比較的自分自身に無頓着なものだから、服は着やすかったらなんだって良いし、食事は手軽だったらファーストフードで構わない。そんな自分でも誕生日というものはあって、今日がその誕生日というやつである。別段、特別なことはしないけど。家は一人暮らしだから祝ってくれる人は居ないし自分で自分にケーキとか、俺がやったらサムイでしょ。学校で話すやつはほとんど居ないから「おめでとう」なんて云われないし構わない。面倒だ。そう昼飯の時間までは思っていたんだ。昼飯の時間までは。

「匪口くん、おめでとう」

 情報処理の授業で使われる以外は誰も寄り付かない機材室で一人昼飯を食おうとしていたときだった。コンビニのおにぎり(鮭)のビニールを取り払っていざ口に運ばんとしたとき。まさに今パリパリの海苔に前歯が当たりますよ良い音しますよってとき。いつの間にか見知らぬ女の子が居て、そんなことを云われた。見知らぬと云っても、制服はこの学校のものと同じだから在校生なのは確かなんだけど。上履きのラインの色で学年を確認しようとしたらスリッパだし。口をおにぎり仕様に開けたままポカンとしていたらもう一度云われた。匪口くん、おめでとう。にっこりとした笑顔付き。俺は床に胡座をかいたまま、女の子は機材室のドアの前に立ったまま。一度おにぎりを口から離して、少し渇いた口内にむせそうになりながら声を出す。それがまた情けないったらない声で。

「……いや、誰?」

 失礼だったかもしれない。でも自分の脳みそが情報処理をきちんとおこなえなかったんだから仕方がない。そうしたら彼女は俺の無礼に怒るでもなく哀しむでもない表情で云う。

「君が知らないなら今は誰でも良いよ。でもこれから知っていって欲しいかな。君のひとつ上だよ、年齢的に云えば」
「センパイか……そりゃあ知らないやあんたのこと」
「だろうね。君はとっても偏ったことにしか関心ないからね」
「……へぇ。よーくゴゾンジですネ」
「匪口くんが敬語なんて気味悪いからやめてよ。タメ口気にしないから」
「…………」

 気味悪い、ね。じゃあ云わせて貰うけどあんたのことをまったく知らない俺のことをわかってるような口ぶりのあんたも結構気味悪いよ。そう云おうかと思ったけれどそのセンパイはにこにこと無害そうに笑っていたから云う気が削げてしまった。溜息をついて手にあったおにぎりを一口食べる。あーぁ、海苔がパリパリしなくなってる。あの開けたばかりのパリパリ感が結構楽しみなのに。行き場のないちっちゃい虚しさを、すべてこの笑ってるセンパイのせいしてみる。自分はちっちゃい男だとワラッテその当人に目を向けようとしたら、いつの間にか目の前に移動していた。急に肌寒くなる。さっきもだけど、この人、機材室にいつの間にか居て物音ひとつ立てていなかった。今だって、足音ひとつ、立てていない。……脚、あんのか?

「(なーーーんて俺は馬鹿か。)」

 理屈で語れないことは信じない主義が何を考えているんだ。目の前に移動していた彼女はしゃがんで俺と目の高さを合わせる。よくよく見れば見たことのある気がする顔だった。そういう顔立ちなのか、何処にでもいるような。また失礼なことを考えたら、目の前の彼女がグッと顔を近づけて来る。俺は反射的に頭を後ろに引く。でも壁を背に胡座をかいているから、引ける距離なんか限られててすぐにゴツ、と後頭部が壁と仲良くなった。

「あ、御免ね。頭の後ろ、痛いね?」

 小声で呟くようにそう彼女は云って、俺の後頭部に片手を回す。指先でそっと撫でたらそこでそのまま止まる。いやいや、なにしてんのあんた。

「なにしてんの」
「なんにもしてないよ」
「寝言って寝て云うもんだよ」
「やだなぁ、起きてるよ」
「……知ってるよ」

 だって目の前に居るんだから。そうこうしてるうちに本当に“目の前”に迫った彼女の肌は綺麗だった。瞳も綺麗だった。――――あぁ、彼女は綺麗だったのか。近くで見たからって現金にもそう思った瞬間、彼女は俺の半端に開いた唇をひとつ舐めて顔を離した。そして、改めて云うよ、という前置きをしてからにこにこ笑う彼女は云う。

「誕生日おめでとう。匪口くん」

 俺は流石に驚いたらしく、意識が起こったことに追いつかずに、気づいたときにはもう彼女は居なかった。目の前どころか、機材室から。なんだったんだと少しそわそわしていたら、おにぎりが減っていることに気づく。あぁ、どうやら夢ではないようだ。

「なんなんだ……」

 うっかりヒトリゴトを呟いて、でも昼飯を食った後にすることは決めている。確か、センパイの学年は本棟の3階だ。

「良い誕生日プレゼントじゃん。」

 面白いかもしれない。誕生日というやつも悪くない、とかまた現金なことを考えて、もう大分シケった海苔のおにぎりを大口開けて食いついた。



終。
(2012.9.29)
匪口結也さんってばまた「19歳」。
なのに高校生パロです。このあと匪口くんはセンパイのクラスを捜し当ててチョッカイを出すつもりがチョッカイかけられる側になって生きていく。

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