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14-2




「お前の方のアパートは平気そうだったし、まあこれ以上酷くなるようなら、サクラにも話さなきゃなるめぇなぁと思っていた矢先だ」
「……とっ捕まえたっていうそいつは?」
「隣の部屋に縛ってある。暫くわけわかんねぇこと言って騒いでたらかさるぐつわ噛ませたら静かになったな。あいつもどうすっかっていう話しなきゃなんねーんだが、その前におれはお前達にきかなきゃなんねーことがある。……あー、いや、個人的に訊いときてぇこと、だな」

ついに来た。
そう思って強張る有賀とサクラに、里倉は言葉を濁したりはしなかった。

「おまえら、恋人だってのは本当か」

大真面目に、きっぱりと言葉を選んだ里倉に対峙し、サクラと有賀は同じ気持ちで固まった。

すっかり、お前達はホモかゲイかと、問われるものだと思っていた。
そう言われればサクラはきっぱりとそうだと言いきるに違いないし、有賀も頷く気で居た。
有賀は元々、ヘテロセクシャルだと胸を張って言える程女性に興味がある方でもない。サクラの事が好きだというのは本当だ。だったら自分はノーマルですが彼だけが好きですなんて言い訳はいらない。世間から見れば、有賀はゲイだ。

ただ、恋人かと問われると答えは変わる。
好きだと伝えた。嫌だとは言われていない。むしろサクラは言葉にせずともきちんと有賀の事を第一に考えてくれていることがわかる。不可抗力とはいえ一緒に住み、時折り悪戯にキスをしかけたりもする。実質的には付き合っているような形にはなっている。

頷いてしまっていいものか、悩む有賀の横で、サクラははっきりとした声で一言、『はい』と答えた。

恐らく、驚いたのは里倉ではなく有賀の方だ。

「……え。ちょ、サクラちゃん、いいの、そんな事言って」
「いいのってだってアンタ、事実でしょう。……あ? もしかして違った? 飽きた? 毎日気分で夕飯リクエストする我儘な男には飽きた?」
「そんなわけないでしょう大好きです」
「うん。じゃあうだうだ言わないでとりあえず座ってろ。落ちつけ。アンタが動揺してどうすんの」

思わずそわそわと浮足立ちそうになる有賀を横眼で睨み一括するサクラは大変格好良い。先程は自責で泣きそうになっていたが、今は嬉しくて涙が滲みそうだ。こんなに涙もろいタイプではなかった筈なのに、おかしい。
サクラに会ってから、感情の振れ幅が大きくなった。どうでもよかったものが、急に色を持って有賀の世界に侵入してきた。

それが嬉しく楽しいと思えるから、有賀は後悔などしていなかった。

二人の反応をじっと伺っていた里倉は、もう一度お茶で喉を潤してから、頭をかきむしり足を崩した。

「あー。まあ、そうか。うん。半分くらいは、間違いじゃねーかなと思ってたんだが、そうか。……なら、しゃーねえな。正直よくわかんねぇが、どうしようもねえってことはわかったよ。ツレができて良かったなって、すぐにぽんと言ってやれなくて、悪いなサクラ」
「……おやっさん、いいんですか。従業員がホモでも」
「だってどうしようもねーだろ。今すぐ別れろって言って、どうすんだ。そら世間体とか考えだしたらキリねぇし、親とか結婚とかどうすんだって言いだしたらただの頑固親父の説教になっちまうよ。おれは息子もその嫁も居る。孫も居る。だから、どっちかってーと、お前の親御さんの気持ちを考えちまう。親御さんには言ってあんのか?」

ずばりとした問いかけに、サクラは一瞬だけひるんだように見えた。
それでも、まっすぐ里倉を見て答える。

「ない、です。……できれば、言わないでおきたいです。両親の事は好きだし。申し訳無いと、思うんですけど」
「うん、まあ、お前が誰かに惚れる度にそういう気持ちになる真面目な奴だってのも、おれはわかってるつもりだよ。だからな、しゃーねぇんだよ。お前が男の恋人つれててもしゃーねぇ。お前の嫁の顔を楽しみにしてる親御さんに謝れなんて言えるわけねえ。サクラはな、そういうのきちんとわかってる優しくて真面目な、ちくしょう、……アレだ、ゴミだ。ゴミが入った」
「……やめてくださいよ、俺も泣いちゃうじゃないっすか」

話の途中で声が上ずり、目を擦る里倉の人となりに感動し、有賀も息が詰まる思いだった。
全部はすぐに受け入れられない。偏見もある。理解はできない。それでも、サクラが好きだからと老人は目を擦り茶を煽って天井を見た。

「しかも相手が有賀ちゃんとあっちゃあ、尚どうしようもねぇ。おれはな、有賀ちゃんのことが好きだよ。あんた、都会のチャライあんちゃんに見えて、その実しっかりした優しい男じゃねーか。時々持たせてくれる煮もの、旨くてな、もうカミさんの煮ものが食えなくなっちまった。料理もうまい。気遣いができる。その上良い男だ。でもてめーら、男同士だ。有賀ちゃん、そこんとこはちゃんと、考えてんのか」
「……はい。気持ちだけで世間を渡って行けるとは思っていません。何かあれば、全力で桜介さんを守ります」
「信じるぞ」
「はい。結構です。なのでまた、お酒の話をしてください」

頭を下げた有賀に、里倉の方が面くらっていた様だ。サクラも、驚いたように有賀を見ている。
有賀自身も、勝手に口が動くような気持ちを味わっていた。

「僕も、この街が好きです。というか、とても、好きになりました。だからどうか、図々しいとは思いますが。……受け入れてくれとも、言えませんが。また、お話してやってください。あと、サクラちゃんをよろしくお願いします」

ゆっくりと丁寧に頭を下げるのは、人生で初めてかもしれない。
軽い会釈ばかりで、心をこめて礼をする事など無かった。頭を上げるとまた里倉は天井を見ていて、そのくせ口では『言われなくてもサクラはうちの大事な後取り従業員だ』と吐き捨てた。

あとは簡単だった。
ストーカーのターゲットが有賀だという一連の流れを説明し、犯人の身柄は有賀の方で管理して良いという結論を貰った。すぐにアゲハに連絡を取ると、待ち構えていたかのような速さで里倉宅を訪れたチャイナ服の美丈夫は、数人のスーツの男と共に、ストーカー男を連れて行った。
一応殺すつもりはないという旨はきいてはいたが、どういう形で決着をつけるのか、あまりききたくは無い話だ。
怯えきった男の顔を見て、それが有賀の事務所の入っているビルの清掃に入る業者の人間だと気がついたのは、男が引きずられて行ってからだった。

「……あー。そうか。それでうちの事務所は、何故か嫌がらせ対象にならずに無事だったのかね。自分の身元が割れそうなところは、一応避けてたってことかもね」
「あの人となんかいざこざあったの?」
「特に記憶にない。多分挨拶したくらい。無碍にした記憶も、優しくした記憶もない」
「それはなんていうか、災難もここまで行くととんでもないな。お疲れ様、有賀さん」

男が引きとられ、アゲハが去ると同時に、サクラと有賀も里倉家を辞退した。里倉はもう少し話していたそうだったが、若者二人の方が疲れてしまった。
免疫がないとか自分にはまだわからないとか言った割に、里倉の態度はいつも通りで無理をしている様子もない。むしろ有賀などは逆に好かれたような気がする。

夕飯を食っていけばいいと言う誘いを丁重に断り、二人は工務店を後にした。また週明けに、サクラはここに出勤する。
少しバイクを走らせた後、サクラと二人、花がすっかり散った桜の下を歩いた。満開だったころに、ご近所さん連中と花見という名の飲み会に興じた、スワンハイツの駐車場の桜だ。

バイクは駐車場脇に止めてある。
さて家に帰ろうとなった段で、スワンハイツに寄ってもいいかと言ったのは有賀の方だった。

実は、有賀は例の鍵破り事件があってからスワンハイツの部屋の中に入った事は無い。着替え類も仕事で使う道具もできるだけ少量に抑える様に買いそろえた。今村にだけは、仕事で暫く止まり込みになるから留守にすると断りに行った。その際も、部屋の中には入って居ない。

アゲハの手筈で付け替えられた新しい鍵を差し込み、ドアノブを捻る。ついでに蝶番も直してくれたのか、記憶にあるよりもスムーズに、けれど気持ちの良い重さでドアは開いた。

「わぁ……ほんと、思ったより奇麗だね。なんか、生活感ないから、あんまり自室って感じじゃないけど」

靴を脱いで狭い台所を確認していると、後ろからサクラの声が投げかけられる。

「え。有賀さん、スワンハイツに戻んの? マンションの方もまだあるんじゃなかったっけ。ここって結局避難所でしょ。まあ、事務所には近いだろうけど。夏とかパソコンが火噴いて死にそう」
「エアコン買うお金くらいありますよ。なくても、前のマンション手放せば、設備くらい整えられるしね、と思ったんだけど実はちょっと迷ってる、かな」
「何が? スワンハイツにするか、マンションに戻るか?」
「んーん。住むのはスワンハイツだけど。でもそうするとサクラちゃんが来た時に困るかなーと思ってね。だってね、ここの壁本当に薄いんだよ。それはもう咳ばらいが聞こえちゃうくらいに。毎回毎回痴漢プレイよろしく声我慢したくないでしょお互いに。じゃあマンション残しといてたまにそっち使ってもいたたたたたサクラちゃん痛い痛いってば、ちょ」
「有賀さんって思ったよりブルジョア思考だよな……時々育ちの違いを感じる。じゃあもうマンションの方拠点にしたらいいじゃん……」
「うーん。でもね、僕、ここが好きなんだよね、結構本気でね。住めば都ってよく言ったもんだよ。サクラちゃんさえ隣にいなければ、壁の薄さも愛おしい」
「……ホテルいけばいいじゃん……男だけで入れるとこくらい知ってるし、汚さなきゃビジネスでも別に怒られたりしないから」

声が出るような行為はしない、とは言わないサクラが素敵だと思う。そうか触っても怒られないのか、と思うと、気分がまたふわりと柔らかくなるように感じた。
壁に寄り掛かって腕を組むサクラは格好良く、何度見てもほれなおしそうだ。

「それもそうか。じゃあ、まあ、とりあえず引っ越し本気でしなきゃだし、段取りはもう面倒だから、休み明けにぼんやり決めるとして、ねぇ、サクラちゃん」
「うん?」

ぐるりと部屋を回って、あるものとないものを確認して、玄関に戻って来た有賀は扉に寄り掛かるサクラに向かいあった。少し眠そうなサクラは、先程随分気力を使ったのだろう。今日は何か食べて帰ってもいい、と思いながら、有賀はサクラの手を取った。

まっすぐ見つめて、手を握る。
有賀が最初に好きだと思った、骨っぽくて大きい手を握る。
そしてサクラが何か言う前に、逃げる前に、しっかりとそれを告げた。

「あのね、好きです。僕の恋人になってください」

暖かい春の、桜が舞う日に、同じ場所で同じように好きだ自覚し、遠回しに伝えた。
けれど今度はきちんと言葉にしようと思った。先程、サクラがはっきりと言葉にしてくれたように。
好きです、なんて言うのは何年ぶりだろう。そんな告白は、十代の頃の記憶だ。もしかしたら言われた事はあっても、自分で口にしたことはないかもしれない。

ぽかんと、口を開けたまま絶句しているサクラがかわいくて、やっぱり好きだと思ったら息をするのがすこしだけ辛くなった。


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