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9-2




翌日から桜介の元には、別の友人知人から桜介の性的趣向を探る、または確認するような連絡が相次いだ。
恐らく、岩永の妻があることないこと言いふらしたのだろう。
考えられるかぎりで一番最悪な事態に発展してしまった。まあ、一人にカミングアウトすればこうなるのも仕方が無いと諦めもついたので、一人ずつ事実だけをまとめて返事をした。ヘタな事を言えば岩永も迷惑かと思い、噂の出所を聞く事もしなかった。自分がゲイなのは、確かに隠していた事実だ。
一人二人は連絡が途絶えたが、概ね桜介の言い分を理解してくれた。実際会うとなると気まずさも残るかもしれないが、まあ、なんとなかるだろう。

しかしこのままでは桜介の両親にまであの女の手が伸びそうで恐ろしい。友人たちにカミングアウトするのと、血縁に打ち明けるのとはわけが違う。さらに職場にその噂が回ってきても困る。良い人達とはいえ、基本は下町の歳よりが多い。偏見は、若者よりも根深いだろう。

岩永には申し訳ないが再度奥方に話をして欲しいと伝えた。なぜ自分がそうまで岩永の奥方に嫌われ目の敵にされるのかまったくもってわからない。原因がわかればまだ対処できるかもしれない。とにかく理由を知りたい。

桜介は派手に遊ぶことも無かったが、目も当てられない失敗をした記憶もある。昔の男関連で付き合いがあった女かもしれない。見た目が派手な男にほいほいと惹かれる桜介は、バイの男を挟んで女と修羅場になったこともある。
最近はそれこそ、有賀と少し近づいたくらいで、何もしていない筈だが。
まさか有賀関係とは思えない。そもそも有賀にあったのは岩永夫人の電話があったその日の夜だったし、鳥翅という小さなバーに入ったのも偶然だった。

お茶を飲み干し残りの仕事に手を付けながら考えてみても、結局桜介には心当たりが思い浮かばない。
胃の痛さを忘れる為に一心不乱に古びたクーラーの解体をしていたら、気が付けば就業時間になっていた。

「……あー。この部品もうねえなぁ。やっぱ買い変え勧めるしかねーな」

後ろからひょいと覗きこんできた里倉に助言され、桜介もそうっすねと適度に相槌を打つ。

「ここんちケチで有名だから、明日おれが言っとくわ。サクラあれか、これから有賀ちゃんちか?」
「いや、今日は別に何も。明日、向こうの仕事が終われば飯いきますけど」
「んじゃあこれから付き合え。うちの孫がなーこれから飯食いに来るんだよ。十歳児がませやがって、サクラちゃんサクラちゃんってうるさいのなんの。まあでも有賀ちゃんに会わせたら一瞬で心変わりしそうだけどよ」
「悪かったっすね男前度が足りなくてねー。別にいいですけど、家族水いらずにお邪魔していいんすか?」
「かまわねーよそりゃ、家族みたいなもんじゃねーの。お前がいてくれればカミさんもいつもの倍酒を出すし、嫁さんもにこにこだし、孫もおれの髪をひっぱらねぇ。ついでに有賀ちゃんも呼んでいいぞ? あいつの飲みっぷりは気持ちいいからなぁ」
「いや有賀さん仕事やばそうだったから無理じゃないっすかねー……」

ウワバミのように酒を飲む有賀のことを、里倉は気に入っているらしい。酒の席で案外人見知り無くこれはどういう酒かとひとしきり教授を求めた有賀は、非常に気持ちいい生徒だったのだろう。事あるごとに有賀を呼べと煩いが、桜介は応じた事は無い。
ただでさえ微妙な雰囲気だというのに、そこに他人が介入したらどうなるのかわからない。ひとまずどうにか落ち着くまで、有賀を引っ張り出して来たくは無い。

そうすると今度はサクラばかり一人占めして、と里倉が拗ね出す。まったくもって面倒くさい雇い主だが、そういう気さくなところも好ましい人だった。
里倉のおかげで胃の痛さが少し引いたかもしれない。明日はうまく行けば有賀の家でぼんやり酒が飲める。どうしてもドイツビールとドイツ料理が食べたい、といきなり言いだした有賀に付き合う予定だ。

片づけて、気分を切り替えよう。
そう思って伸びをした時に、携帯が鳴った。液晶の画面は件の岩永の名前が表示され、またこのタイミングとは素晴らしい程皮肉だなと、電話を取る。

「はい、もしもし」
『ああ、桜介すまん、今大丈夫か』
「うん、仕事が丁度終わったところだよ。どうした?」
『……嫁さんに、話を聞いたんだがな。本当に、お前には何と謝ったらいいものか……』

この話になると、岩永は長々と謝罪の言葉を垂れ流す。気持ちは分からなくもないが、岩永が謝ったところで状況は改善されないのでどうにもならない。
苦笑しながらそれを流し、話を促し、謝りながら言葉を選ぶ岩永の話を総合すると、確かにそれは岩永も謝るなぁと、また苦笑いが出るようなものだった。

「あー……つまりあれか。奥方は、要するに、お前のことが好き過ぎて、俺が寝とる? みたいな、ソレが心配だ、と」

里倉が着替えに行ったのを確認し、少し声をひそめて話す。
とんでもない言いがかりに、声も少し低くなる。アホらしくて笑いも出たせいで、随分凶悪な顔になっていたのではないかと思った。

「なんだそれ。すごいなそれ。どうしたらそうなるんだそれ。あ、岩永が悪いとかそういうのじゃないけどさ、なんだそれ……」
『すまん……実はオレ、ちょっと前に、浮気騒動があって』
「お前のせいじゃねーかおい。謝れ馬鹿」
『すまん』
「今度ビール券よこせ。それでお前の分はチャラな。んで、悪いのはわかったけど奥さん説得できたの? 三浦はただの友達だって言って通じるのかよそれ」
『わからん。言ってはいるが、どうも、偏見と誤解がすごくて。お前申し訳ないが、一回家内に会ってくれないか』
「……まあ、ゆくゆくはそうなるのかなって思ってたからいいけどさ。今すぐってわけにはいかないけど?」
『それは勿論、こっちも家内ともう少し話しておくし。もしあれだったら、その、一人じゃなくてもいいから』
「あー……」

成程、彼氏を連れて来いと言うのか。確かにその方が奥方も納得するかもしれない。
岩永には今付き合っている人間がいるとも居ないとも言っていないが、面倒なのでわかったと伝えた。

「聞いてみるよ。あんまり堅苦しいの好きな人じゃないから、こう、話しあいみたいなやつじゃなくて、顔見せみたいにしてくれたら嬉しい。別に、他に何人かいてもいいし。大概打ち明けた野郎ばっかだから」
『助かるよ……本当にすまない。迷惑をかける』
「俺じゃなくて、俺のツレに謝ってくれたらいいし、ビール券忘れんなー」

適当な事を言って電話を切り、さてどうしようかと天井を見上げた。
有賀に来てもらうのは簡単だが、流石にずうずうしいというか、可哀想な気がする。好きな男のダミー恋人としてその友人の前で挨拶しろというのは酷だろう。桜介もそんなことを頼みたくない。
有賀の行きつけのバーとやらに、そういう趣向の人間が数人集まることがるというのを聞いた事があるような気がする。有賀に頼んで、紹介してもらうのが一番だろうか。流石に勝手に自分で探して、というのも有賀に対して悪い気がした。真剣に好きだと言ってくれる男を放っておいて、ダミーとはいえ別の人間と恋人ごっこをするのもやはり、どうかと思う。

明日相談してみよう。
有賀はそういう相談を面倒だと思わないだろうし、桜介も有賀も納得するまで話し合うことができる。

とりあえず自分も着替えよう。家族同然の人達との夕餉とはいえ、錆っぽい匂いが染みついた作業着で参加するわけにもいかない。
里倉に呼ばれ、後は片づけておくからと声をかけられる。お言葉に甘えて机の上をそのままに、小さなロッカースペースの様になっている棚影で上着を脱いだ時、また携帯が鳴った。
今日は良く鳴る日だ。
多少げんなりしながら液晶を確認し、とりあえず先程の岩永ではないことに安堵した。

「……どうしたんすか有賀さん。仕事いやになった?」

軽口で電話に出た桜介に対し、有賀の様子がおかしいと気が付いたのは比較的早めだった。
思わず、着替える手を止め携帯を持ち直す。

『あー、あのね、仕事は、結局連絡待ちだから、もういいや持ち帰ろうと思って、帰って来たんだけど、ねー。……サクラちゃん、これから、仕事って頼める?』
「え。ああ、はい、まあ行けないこともないですけど。またなんか壊れた? ていうかなんか、有賀さん、大丈夫? 声がなんつーか、やばそうなんだけど」
『うちのドアの鍵がね、破られててね。あはは。えーと、電機工務店さんの仕事じゃないかなって、思ったりもしたんだけど。また今村さんに言っても、サクラちゃんのとこに声かけちゃいそうだし、ていうか、あんまり御夫人に見られたい状況じゃなくて、』
「有賀さん?」
『……吐きそう。やばい』
「吐いていいから五分待ってろ」

言い捨てるように通話を切り、声を上げて里倉を呼んだ。
何が起こったかはわからない。命の危険があるようなものなら桜介ではなく警察に連絡しそうなものだが、あの飄々とした有賀が吐くというのは穏やかではない。

「どうしたサクラ。なんかあったか」
「あ。すいません今日ちょっと今から急用です! 奥さんとかいろいろ、里倉さんあやまっといて!」
「おおう、別に良いけどよ。お客さんか何かか? クレームとかならおれが対応すっぞ」
「いやそういうんじゃない。トモダチの一大事」
「おう、……なら仕方ねぇな。はよ行ったれ」

店用のワゴンのキーを投げ渡され、それをキャッチした桜介は、礼を言うより先に上着を掴んで外に出た。



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