そして、夜―――

病院を出るとそこには2つの影。「お、来た」と聞こえてきた言葉と共にその影を追って視線を上げれば昼間の宣言通り、病院前で待っていた轟くんと切島くんだった。


「緑谷…に、眞壁…」


来てくれたのか、そう言いたそうに轟くんが私と出久の名前を呼ぶ。覚悟も決めた。出久とも話し合った。百ちゃんには申し訳ないけど、自分自身の気持ちもぶつけた。ずっと一緒にいたから、あのバカ勝己の無事を黙って祈ってられるほど私の肝も据わってない。私も出久もこれ以上、行かないという選択肢がないのだ。


「八百万 答え……」

「私は―――…」

「待て」

「!」


一緒に病院を出てきた今回の件で鍵を握る百ちゃんに切島くんが急かすように声をかける。だが、百ちゃんの答えを遮るように2人の後方から声が飛んできた。その声に轟くんと切島くんがゆっくりと振り返る。


「飯田」


ゆっくりと夜の闇から姿を現したのは他でもない、うちのクラス委員長、飯田くんだ。病院の明かりを反射した彼の眼鏡の奥にある瞳は見えない。


「……何でよりにもよって 君たちなんだ…!」


奥歯を噛み締めるように彼は言った。彼が居ることに不思議となんの違和感も感じなかった。一番に今から私たちがしようとしている事に反対してくれるのは彼だと内心おもっていたからかもしれない。


「俺の私的暴走をとがめてくれた…共に特赦を受けたハズの君たち3人が…っ!!!何で俺と同じ過ちを犯そうとしている!?あんまりじゃないか…!!」

「何の話してんだよ…」


訳分かんねえとばかりに切島くんが声をあげようとしたのを横に居た轟くんがスッと片手を出して制止する。飯田くんが苦しそうに吐き出したその言葉の意味を知るのはこの場で私と、出久と、轟くんだけ。誰にも知られることのない、あの日の出来事。忘れるわけもない。


「君たちはまだ保護下にいる。ただでさえ雄英が大変な時だぞ。君らの行動の責任は誰がとるのかわかってるのか!?」

「飯田くん違うんだよ 僕らだってルールを破っていいなんて……」


ゴチッ

鈍い音がした。傍にいた百ちゃんと切島くんが息を飲む音がした。飯田くんの元へと歩み出た出久を飯田くんが殴った音だった。私と轟くんは瞬発的に少しだけ体が前のめりになる。もう少しで2人の間に飛び込んでいきそうな、そんな感じ。でもそれ以上私たちが動くことはない。


「俺だって悔しいさ!!心配さ!!当然だ!!俺は学級委員長だ!クラスメイトを心配するんだ!!爆豪くんだけじゃない!!君の怪我を見て 床に伏せる兄の姿を重ねた!!」


声を荒げる飯田くんの気持ちが理解できていたから。そうだ。そうなのだ。飯田くんはいつだって、優しくて、誰にでも心配してくれて、みんなの事を考えてくれて、そんなに必要ないんじゃないかってぐらい何事にも必死になって。


「君たちが暴走した挙句 兄のように取り返しのつかない事態になったら……っ!!僕の心配はどうでもいいっていうのか!!」


本当に親みたいだ。なんて、思うだけどうやら私の脳内は冷静だったらしい。友達の事をこれほど思ってくれる人なんてそうそう居ない。辛い思いをした自分のようになってほしくない。また同じ思いをしたくない、その必死さがどうにか私たちの愚行を止めようと手を伸ばしてくるのがひしひしと伝わってくる。


「僕の気持ちは……どうでもいいっていうのか……!」

「飯田くん…」


どうでも良くなんかない。勝己の事も大事だけど、出久も、飯田くんもみんな大切だ。どうでもいいわけない。そうやって想ってくれることすら嬉しい事なのに。飯田くんの気持ちは、痛いほど届いている。だから、


「飯田くん」


なんの抵抗もしないままの出久の肩を捕まえている彼の腕にそっと手を添える。熱い。悔しそうな苦しそうな顔で出久を見つめている彼の名を静かに呼べば、少しだけ彼の手も表情からも力が抜けたような気がした。


「俺たちだって何も正面きってカチ込む気なんざねぇよ」

「………!?」

「戦闘無しで助け出すの」

要は隠密活動!!それが俺ら卵の出来る…ルールに触れねえ戦い方だろ


保須市の事件で学んだ私たちだからこそ、あの時の経験を教訓を活かす。何にせよこれから行うこと事態が後に咎められるかもしれないにしても、同じ過ちは繰り返さない。守られて生きているからこそ、出来る限りの限界を超えない。それを念頭に動くと決めた。


「私は轟さんを信頼しています…が!!万が一を考え 私がストッパーとなれるよう…同行するつもりで参りました」

八百万くん!?

「八百万!」


幾ら心に決めたとしても、実際は何があるか分からない。冷静な判断が下せない場合だって起こりうる。そんな現場に向かおうというのだ。そんなときの百ちゃんだ。何が何でも止めますからね、と念を押された。恐らく私たちだけではいざという時のストッパーになってくれる人は居ない。居たとしても誰一人として止められないだろう。百ちゃんがついて来てくれる条件はこちらとしてもとても有り難い理由だった。


「僕も自分でもわからないんだ…手が届くと言われて…いてもたってもいられなくなって…」


二度と失いたくないから。まだ届くのなら、最後まで足掻きたい。そう思ってしまったら無事を祈ってるだけなんてしていられるわけない。どうにかしたいって、体が勝手に。


「救けたいと思っちゃうんだ」


真っすぐに飯田くんを見る出久の瞳は全く曇っていなくて、心の底から素直に出てきた言葉なのだろうと思う。「そういうこと」と私がニッと笑ってやれば、飯田くんは少しだけ苦い顔をしながら数歩ばかり後退した。


「…平行線か――…ならば―…っ俺も連れていけ」

「!?」


その場に居た誰もが驚いた。なるほど、そうくるか…と。轟くんや切島くん、出久ともアイコンタクトを交わして静かに私も頷いた。断る理由もない。断ったところできっと飯田くんは納得しないだろうし、私たちが行くことをやめない限り断固としてついて来ようとするだろう。寧ろ飯田くんもついて来てくれることでそれはそれで心強いとさえ思えた。百ちゃんと2人、冷静な判断を下せるストッパーが居ることは決して不利にはならない。


「暴力を振るってしまった事…陳謝する。ごめん…」

「本当ですわ 飯田さん。同行する理由に対し、説得力が欠けてしまいます」

「大丈夫だよ気にしてないから」


そうと決まれば。と歩き出した時、飯田くんが出久に向って頭を下げた。こういう素直に謝れるところも飯田くんらしい。百ちゃんも少しばかり呆れながらも飯田くんに言い聞かせる。未だ少し赤らんだ出久の頬はそれなりに痛みがあった筈だ。それでも出久は寧ろ謝られたことに驚いたように両手を振って全て水に流そうとする。そう、それが出久の優しさだ。


「俺は…君たちの行動に納得いかないからこそ同行する。少しでも戦闘の可能性を匂わせれば即座に引き戻すからな…!」

「怖っ」


下げていた頭をゆっくりと上げる飯田くん。眼鏡を押し上げながらしっかりはっきりとまるで脅すかのように宣言するその迫力に思わず声を零してしまえば「なっ!!怖くないぞ?!」と少し慌てて言い返してきたから思わず吹き出しそうになる。


「言わば監視者…そうウォッチマン!」

「ウォッチマン飯田……」

「私もですわ。これはプロの仕事。傍から見れば あなた方が出張る必要性は一切ありません。しかしお気持ちがよくわかるからこその妥協案ということ お忘れなきよう」

「わー…2人ともめっちゃ脅してくるじゃん…」

「当り前ですわ!」

「当然だ!」


轟くん…っと思わず吹き出しそうになる口元を抑える私の横で、百ちゃんまでもが「ウォッチマン八百万ですわ」なんて真顔で言うものだから小さく噴き出してしまった。こんな状況でも皆ブレないなぁとか頭の片隅で思いながら息を整える。

此処で立ち止まっている訳にも行かない。時間は有限。この間にプロヒーローたちもきっと動き出している。勝己の状況も分からない今、早めに行動するのが良いだろう。
百ちゃんが取り出した発信機の本体に示された信号を確認しながら取りあえず目的地に向かう為、病院を出発し、駅から新幹線に乗り込んだ。


「いいですか?発信機の示した座標は 神奈川県横浜市神野区。長野からの出発ですので約2時間…10時頃の到着です」


新幹線に乗り込み、それぞれが座席に着くと百ちゃんが目的地と時刻を確認する。これから2時間かかるということもあって、少しばかり余裕がある。あらかじめ購入しておいたお弁当を食べてこれからに備えることにした。


「あの…この出発とかの詳細って皆に伝えてるの?」

「ああ 言ったら余計止められたけどな」

「あの後麗日がキチい事言ってくれたぜ」

「お茶子ちゃんが?」


切島くんの口から零れた「爆豪くんきっと…皆に救けられんの屈辱なんと違うかな…」というその言葉が頭の中でお茶子ちゃんの声になって再生される。痛いところを突かれた、そう思った。確かに、勝己にとってそれは屈辱かもしれない。敵に攫われた、ということだけでも彼にとってみればかなり悔しいしとても苦しいだろう。オールマイトを始めプロヒーローならまだしも、私たちに助けられるという事実を彼は決して良くは思わないだろう。


「一応聞いとく」


お弁当を頬張る轟くんが徐に口を開く。コンビニで買ったおにぎりを頬張る手を止め、顔を上げる。


「俺たちのやろうとしている事は誰からも認められねえエゴってヤツだ。引き返すならまだ間に合うぞ」


最後の忠告とでもいうのだろうか。そう言いながら轟くんは誰とも目を合わせることなくお弁当を食べる手を止めない。そう、これは私たちのエゴに過ぎないのだ。傍から見ればなんとも無謀で危険なことなのだろうか。それでも、それでも。


「迷うぐらいならそもそも言わねえ!あいつァ敵のいいようにされていいタマじゃねえんだ…!」



切島くんは流石というぐらい迷うことなくキッパリと言い切った。行動を起こそうと立ち上がってくれたのも、一緒に助けに行こうと声をかけてくれたのも切島くんと轟くんだ。迷う余地もないのだろう。


「僕は……後戻りなんて出来ない」


それは出久も同じらしく、真っすぐに前を見据えて静かに言い放つ。それは自分自身に言い聞かせるような酷く重い声だった。もう覚悟を決めたんだ、そんな声だった。だから、私も自分自身に言い聞かせるようにその覚悟を吐き出す。


「絶対に連れ戻す」


勝己の事は信用している。きっと私たちの元に戻ってくる。こうしている間にも抵抗しているに違いない。最善を尽くそうと考えているはずだ。だから、私たちも最善を尽くす。もう二度と会えないなんて、あんな気持ちを繰り返すのはゴメンだ。あんな想いをするのはもう…嫌だから。



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