※左馬刻視点


銃兎から突然「今から行く」という連絡があって、要件も言わないで突然来るとは何事だろうと机に投げ出した足の横に通話が切れたスマホを放り投げる。署から向かってくるなら普通に運転してきてもそう時間はかからないだろう。部下の奴らに客が来るとだけ伝えて、また紫煙を吐いた。
しかし、いつもなら要件を言ってから会えるかどうかなどを電話でやり取りすることはある。なんなら連絡なしに来るときもあると言えばあるがそれはあくまで緊急時だ。いったん連絡を入れた辺り、そこまで緊急性が無いか緊急性があるからこそ事務所にいるかどうかの確認を兼ねての連絡かもしれない。が、どこか妙だ。

疑問をグルグルと巡らせながらタバコを吸い終え、次の1本に手を付けた時だった。表に車が止まった音がして、来たか。と投げ出した足を下ろし、腰を持ち上げる。案の定すぐに部下の1人が「銃兎さんです」と知らせに来たので軽く返事を返しながら表に向かう。


「よぉ銃兎。真昼間っから一体何の用だ」

「お前に客だ」

「客だぁ?」


表に出れば、そこにはいつもの車の横に銃兎が立っていた。顔から少しだけ不機嫌さが零れ出ている銃兎に声をかければ、銃兎は視線を自分の横へと移す。その視線の先からすっと一歩出てきたのは一人の青年。ごく普通の一般人だ。


「わざわざ真昼間の署に俺を訪ねてきた挙句にお前に会わせてくれ、だそうだ」

「ほぉ…銃兎まで使って、俺様になんの用――、」


見覚えはない、そう思った。見るからに自分よりもガキなその存在に歩み寄った瞬間。目が合った。カチリ、と脳裏で何かと何かが繋がった。


「お久しぶりです。左馬刻さん」


ニコリと微笑んだその顔は、どこかアイツの面影を残していた。でも、目の前にいるコイツはアイツではない。翡翠の瞳がメガネ越しに俺を見つめている。声も姿かたちも全てが記憶と合致しないのに、何故だか理解できてしまっていた。目の前にいる存在を、俺は、知っている。


「なんだ知り合いか?」

「あぁ、まぁな…」


意外そうな表情の銃兎の声が飛んでくるが、それよりも目から入ってくる情報と脳裏で浮かぶ記憶への衝撃と疑問が大きすぎて柄に無くふわっとした声が零れた。銃兎まで使って俺に会いに来るほどだ、これは重大で、重要だ。


「…銃兎」

「…はぁ、仕方ない」


その存在から一度銃兎に視線を移せば、すべてを察した銃兎が大きなため息を吐きながらやれやれと首を振った。こういうところで変に突っ込んでこない銃兎は、此処で詰め寄っても何も話して貰えないことを理解しているのだろう。


「俺の役目はここまでだ。こっから先はお前がどうにかしろ」

「はい。…押しかけるようなことして、すみませんでした」

「謝るなら二度とするな」


頭を軽く下げる青年に対し、警察を…しかもこの俺を足に使うなんて良いご身分だななんて悪態を吐きながら銃兎は車に乗り込んで一度俺とアイコンタクトを交わしながら、署の方へと車を発進させた。本当に、警察を足に使ってまで俺に会いに来たのか、コイツは。


「ま、とりあえず入れや」


クイッと中に入るよう促しながら歩き出すとと、ソイツは小さく会釈してゆっくりとついてきた。部下たちに客と部屋で話すから邪魔するなと人払いを済ませる。きっと2人で話をしに来たのだろう。この青年…いや、この女は。


「んで、そのふざけたナリは何だ」


部屋に入ってドアを閉めた瞬間から一気に切り込む。遠回りは面倒だ、要件を手短に聞くに越したことはない。目の前にいるコイツは、青年なんかじゃない。見た目も声も、すべて偽物。記憶の中に眠っていたその存在はついこの間まで髪の長い女性だったのだ。
あの日、アイツにどこか似ている顔を歪ませながら俺にガラス片を向けたあの女。血だらけで、顔も何も雨と涙でぐちゃぐちゃにしながらも誰かと戦おうとしていたあの瞳が脳裏に焼き付いてる。が、今はまるで違う。同じ存在のはずなのに、まるで別人だ。どうしてそんなことになったのか、軽く振り返りながら単刀直入に問いかける。が、本人は実に落ち着いていて小さく微笑みながらゆっくりと1つの椅子に腰を下ろした。


「寂雷先生から聞きました。助けて頂いてありがとうございました」

「おい」

「今日は、お願いがあってきました」

「無視すんな。質問に答えろ」

「…私の話を聞いて頂ければ、その質問にもお応えできるかと」


カチリ、と青年のフリをする女は首に付けていたチョーカーを外しテーブルの上に置く。明らかに声色が変わり、そのチョーカーが変声機の役割をしているのが分かった。冷静に、かつゆっくりとその態度を変えることなく女はレンズ越しのその翡翠色の目でこちらを射抜く。


「話せ」


こうなればこの女は話を聞くまで何を聞いても話してはくれないし、帰らないだろう。それぐらい、決意に満ちた瞳をしていた。といえばいいのか。アイツと同じその瞳に俺は言葉を飲み込んでしまった。

静かに女は話し出した。本当の名前も、生まれも、今までの出来事すべて。あの日、中王区の中で何があったのか、これからの自分の生き方も全て。嘘は言っていないように思えた。…アイツが死んだなんて嘘だと思いたかったんだが。
伸ばしていた髪を切り落としたのちに数日間ネットカフェなどを利用しながら少ない資金で身なりなどを整えつつ情報を集めたのだという。誰も信用できず、狙われているのかも分からないとてつもない不安と恐怖にも負けず、俺と接触するために銃兎に辿り着いた。


「で、テメエはそれでいいのかよ」

「正直、この選択が間違ってるのか正解なのかはわかりません。でも、」


この女、御厨幸葉が導き出した答え。男として生きていく。自分自身を偽り、生きていくということ。生きて、生き延びて、コイツの向かう先なんて目に見えていた。


「賭けてみたい。私と、幸佑をこのまま死なせないために」


いつか復讐してやるんだ、と。中王区に抗おうと、世間に抗おうとしている顔だった。もがき苦しんでいるはずなのに、その瞳は酷く真っすぐすぎるほどに真っすぐで。このまま消えて堪るかと、この世に踏みとどまろうとしているように見えた。アイツと、弟と一緒に。


「無謀も良いトコだな」

「わかってます」

「もっと他に道は有んだろ」

「きっと…もっと楽で幸せな道も、別の形で苦しい道もたくさんある。でも、此処で逃げたくない。今までずっと逃げて曖昧なまま生きてきたから」


中王区が気に入らないのは分かる。しかし、相手が相手だ。本当に敵に回すにはあまりにも無謀すぎる。たとえ目的がたった1人の人間だったとしても、そこについてくるのは巨大で強大な組織だ。俺自身何度も何度も味わってんだ。分からないはずがねぇ。それでも、コイツは逃げないのだと誰に何と言われようと立ち向かう気でいるのだと分かってしまった。
要は世間に御厨幸葉は死んだものとして、存在しないものとして扱って欲しい。先ほどの話も自分の目的も弟の事も誰にも言わないで欲しい、ということだ。あくまでお願いとしてだから「バラしたければご自由に」と微笑む女の顔はこれからどうなろうと前に進む覚悟している。分が悪くなるのは分かりきっているのに、俺にこの件を話したのは弟の事もあったからなのか。信用している、と見て良いのか。実に複雑だ。


「とりあえずお前の言い分は わーった。気は乗らねえけどな」


こうなれば、いざとなったら止めるしかない。力づくでも。先生も事情は知っているようだし、話は出来るだろう。本当のことを言えば今すぐにでも止めさせたい。こんなに先が見えているのに止められないことがあるだろうか、ってぐらいの馬鹿野郎だ。でも、此処で力づくで止めようとして変に突っ走ったらそれはそれで酷い末路を迎えるだろう。


「やっぱり優しい人ですね、碧棺さんって」


微笑みながら外していたチョーカーを再び付け直す。いくら身形や声色を男に見せても、泣きそうな顔で微笑んだその顔はどう見てもごく普通の女の子で。思わず俺は口を噤んでしまった。此処で囲ってやったってコイツは納得しないし、きっとどんな手を使っても逃げ出すだろう。だったら、引き留めても、更にコイツを苦しめるだけだ。そう思ってしまった。


「左馬刻、」

「え?」

「さっき表では名前で呼んでただろうが。左馬刻で良い」

「…ありがとうございます。左馬刻さん」


ちょうどいいタイミングで気を利かせた部下がお茶を持ってきた。すっかり男装が身についてしまっている幸葉が頂きますとグラスに入ったお茶に口を付けたのを横目に、「一応連絡しておくか」と俺はテーブルの上に投げ出したままだったスマホを手に取り、1つの連絡先を選択すると通話を繋げた。






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