ニューヨーク、と聞いてまず第一に思い浮かべるのは立ち並ぶビルディングに摩天楼。煌びやかな装飾に、多くの人。そして若人が一度は憧れる賑やかな街の光景だろう。


「おい、そこのお前」


この街の名はヘルサレムズ・ロット。え?なんで全然関係無い街の名前の前に、世間一般的に知られているニューヨークの話をしたのかって?いやいや、この2つの街には大きな関係があるんですよこれが。
私が久々に表に出てあの有名ドーナツ店のお気に入りの品を手に入れた将にご機嫌の帰り道。その声は飛んできた。明らかに嫌な予感。寧ろ先ほどのルンルン気分の自分は何処へやら…一瞬の内に胸は不快感でいっぱいになり、声を掛けてきた方を睨み上げるように振り返る。


「良いモンもってんじゃねぇか。財布と一緒に置いていきな」

『………』

「痛い目見たくねぇだろ?なぁ?おい」


3人の大柄な異界人。明らかにカツアゲである。本命は私の腕に抱えられた紙袋の中のドーナツでは無く、上着のポケットに突っ込んである全財産の入った財布の方だ。ニヤニヤと此方を見下ろしながら言うソイツ等に不快感が更に増していく。この余裕と態度からしてこいつ等、慣れてやがる。


「聞いてんのか?痛い目みたいか?」

『………よ…』

「あ?」


今まで何人の手から大事な金を奪い取って来たのだろう。弱い者を抑え込むのに最適な、暴力という力で。そう言う奴らは大嫌いだ。否、そういう奴らほどからかいがいがあるというものだ。だから提案してやった。


『じゃんけんをしよう』


羽織った上着のフードの奥でニコリと笑いながら提案すると案の定、異形の男たちは「ハア?」という声と共に眉間に皺を寄せて不満そうにしていたが、私に勝ったら有り金を全部あげるよ。キャッシュも金銭関係全部、と付け足すと男達はノリノリで笑顔になった。嗚呼、単純単純。


『じゃぁ、いくよ?最初は―…』


霧立ち込める街、へルサレムズ・ロット。この街では毎日何が起こるか分からない。観光気分で足を踏み入れたら最後、命の保証は出来ないしそもそも旅行にこの街はお勧めしない。これといって観光名所もないし、名物も無い。
有るのはこういう半端なゴロツキと、喧嘩と、爆発と、事件。一日に何人死んでいる事か。テレビだって点ければ常に事件やら事故やらを報道しっぱなし。そう、これが日常茶飯事の街。だから、目の前に居る3人の体から紅い鮮血が舞ったって、何の不思議も無い。

ぎゃあああああああ?!!

あたりに広がる紅い絨毯。3人ともそれぞれ腹部や肩や足から紅い染みが広がり出ているのを呆然とした目で眺める。断末魔と共にアスファルトの地面に倒れ込む3人に私はニコやかな表情を絶やす事無く傍に歩み寄り、しゃがみこんで顔を覗き込む。


『ん?どうした?金渡さないなら、私に痛い目見せるんじゃなかったのか?』


チョキチョキと手に作ったじゃんけんで言う鋏…チョキの形。ピースと言った方が分かりやすいか?まぁ、その右手の人差し指と中指を動かして鋏で何かを切るような仕草を見せるとたちまち男達の顔が引き攣った。


「ひぃ?!」

「ば、ばけものめ…!」

「お前…ただじゃおかな…」

『…まだ懲りて無いみたいだし、またバカな真似しないように…この腕、ちょん切っていいか?』


もう動く事すらままならないし、それなりに痛みも有る筈なのにまだ口で攻撃してくるつもりの男達にふうんと右手に作ったチョキを腕に向ける。と、途端に顔を真っ青にして首を激しく左右に振った。


「か、かかか勘弁してくださいいいいいい!!」


チョキ、


『あ、手が滑った』


何の感情も含んでいないその声と共に布を断ち切り鋏で切ったような、そんな音が空気に溶ける。刹那、再び轟く「ぎゃああああああ?!!」と言う声。霧の奥へと吸い込まれて消えた男の断末魔。嗚呼、これも此処では日常日常。
もう二度とこんな事すんなよーと何とも軽い声で地面に伸びている男達に声を掛けながら、紙袋を抱え直すとそのままその場を後にする。余計な時間を食ってしまった。さっさと住処に戻ってこの美味しいドーナツを頬張りながらゆっくり術式の解読がしたい。そんな事を考えながら足取り軽く、私は霧の街に溶けて行った。そう。これがこの街の日常なのだ。


―…ヘルサレムズ・ロット。この街は3年前、かつてニューヨークと呼ばれていた。





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