SS部屋 | ナノ
うさぎを飼ってみたU<静帝>

2011/02/12 10:07

「…ん、風呂…」
 静雄は朝目が覚めると、風呂に入らなければいけないことを思い出し、寝ぼけ頭を掻きむしりながら、浴室へと向かう。
 シャワーを浴びているところで、静雄はあることを思い出す。
「……あれ?ッ…帝人!」
 身体をまともに拭かないまま、タオルを腰に一枚巻き、寝室へと戻る。
 昨夜、ベッドが一つしかないので、怯える帝人を捕まえ、一緒に眠ったはずなのだ。だが、布団には誰もいなかったように思われる。
 扉を勢いよく開け、布団を引ったくるが、そこに帝人はいなかった。顔から血の気が抜ける。
──どこ行ったんだ?くそ!そういえば、俺、家の鍵締めてなかったよな…?もしかして逃げ出したとか…。
 考えれば考えるほど、貧血のようなものが起こる。
 ふらふらと部屋を出ていこうとしたところで、何処からか「きゅい」という声がして、静雄は180度身体を戻す。
「帝人?」
「もきゅ…」
 幻聴ではなかったようだ。静雄はキョロキョロと部屋を見回していると、兎の耳がひょこりとベッドの下から現れた。
「きゅ」
「なっ、おま…ベッドの下で…」
 余程一緒のベッドは嫌だったらしい。
 下から引きずり出すと、埃が一緒に大量に出てきた。帝人は埃まみれだ。
「あー、洗うから服脱がすぞ」
「きゅ…っ」
 逃げようとする帝人の襟首を掴み、服を剥いでやった。骨と皮で作られた身体に、今日の飯は肉にしようと決める。
 また逃げられても困るので、横抱きにして運ぶ。それは異常なほどに軽かった。
 帝人の服を洗濯機に投げ込み、帝人を浴室で下ろす。肌寒いのか、プルプルと震えていたので早く湯をかけてやる。
「もきゅ…」
「熱くないか?」
「きゅ」
 帝人はこくりと首を縦に振ったが、静雄は一応と浴槽に湯を溜めるため、給湯ボタンを押した。
「すぐに溜まるから、その前に洗おうな」
 人間用のシャンプーで短く、黒い髪を洗う。それとは対象的な白い耳を優しく洗えば、擽ったいのかぴるぴると耳を震わせた。
 湯で洗い流し、リンスをした後、タオルで身体を洗った。泡を流す頃には浴槽に湯も溜まっていた。
 早速風呂にいれようとしたのだが、帝人がそれを頑なに拒む。仕方なく、再度横抱きにしながらゆっくりと浸からせた。ぶるりと耳を震わせる。
「すぐに慣れるからな」
「きゅー…」
 もういいか、と手を離せば、帝人は浴槽に掴まった。えらいえらいと頭を撫でれば、落ち着くのか目を閉じる。
 暫くして撫でていた手を止めれば、帝人の目線は下へと向けられる。その視線を辿れば、自分自身の下半身へと向かった。
 静雄は咄嗟に自身を隠すように手で覆う。
「…あんま見んな」
「きゅ?」
 静雄のそれは帝人のそれと比べれば一回りどころか二、三回りは大きい。
 静雄はいたたまれなくなり、風呂から出る。帝人が「きゅー」と鳴いたので、脇に手をいれ、ひょいと持ち上げた。そのままバスタオルに包んでやる。
「…あ、もう一式お前の服買わねえとな」
 帝人の服は埃塗れになってしまっている。
 仕方なく、静雄の服を着せたのだが、上着はどうにか着ることは出来たものの、下着すら腰の細さ故履くことが出来なかった。
「マジでほっせえな、この腰」
「きゅー」
「ん?」
 帝人の腹からぐーと虫が鳴く。ぽこぽこと静雄の胸を叩く帝人に、静雄は腹が減ったのかと頭を撫でる。
「あ、着替え忘れた。ちょっと取ってくる」
 バーテン服がしまってあるクローゼットを開ける。着替えながら静雄は不意に下に目を向けた。
「…そういえば、昔の服があったような」
 引き出しを開ければ、中学生の時のや高校生の時の服が出てくる。静雄はそれを片手に脱衣所へと向かう。
 だが、既にそこには帝人の姿はなく、リビングへと向かえば、帝人はソファの上でごろごろと寝転んでいた。静雄の姿に気づくと急いで起き上がる。
「帝人、これ着ろ」
 服の着方はわかるらしい。言われた通りに渡した服を身につける。その間に静雄は朝食作りに入る。
 トーストをオーブンへと入れ、目玉焼きとハムを一つずつ二人分焼く。トーストが焼き上がれば、その上へと乗せた。静雄はカフェオレ、帝人の分はホットミルクだ。
 帝人はまた鼻をひくひくとしながら静雄をじいっと見つめていた。静雄も振り返り帝人を見れば、帝人は隠れるように「きゅ」と身を縮こまらせた。
 テーブルに二人分の皿を置き、一旦キッチンへと戻る。マグカップを両手に持ちながら再度テーブルへ向かえば、皿の上に乗っていたトーストのベーコンだけが器用になくなっていた。しかも二つともだ。
 犯人は一人しかいない。
「帝人!」
「きゅっ」
 マグカップをテーブルの上へと置き、逃げようとする帝人を捕まえる。
「行儀悪いだろ!まだよしっつってねえんだから勝手に食うな!しかも二人分も…」
「きゅい…」
 帝人も悪いことをしたとわかっているのか、しゅんと項垂れる。
 つい許してしまいたくなるが、これで許したら教育上悪い。
「…今日はプリン抜きだ。わかったな」
「もきゅ…ッ」
『プリン』という単語は覚えたらしい。帝人は掌で静雄の腕を叩く。
「きゅっきゅっ」
「それが嫌ならこれからは絶対つまみ食いしねえか?」
 帝人はこくこくと首を必死に縦に振る。瞳をうるうるとさせるので、静雄は「しょうがねえな…」と許してしまった。
「つーか、なんでベーコンだけ…。肉好きなのか?」
「きゅ」
「そうか。じゃあ今日の晩飯は焼肉でもするか」
「きゅ!」
 嬉しいのか、帝人は頬を静雄の腕に擦り寄せる。それなら毎日でも焼肉にしてやりたいと思うが、栄養を考えたらよくない。
 今のうちにと抱きしめようとしたら逃げられる。そこまでは心を許してもらってないらしい。
「…と、早くしねえと遅刻しちまう」
 いただきます、と手を合わせるのを教え、ベーコンのなくなった目玉焼きが一つ乗っているトーストを食べる。静雄は大きな口で三、四口で食べるのを、帝人はがじがじとかじりながら見ていた。
「皿いらねえよな?洗うぞ」
 口に物を入れているので、首をこくりと前に振る。静雄はそれを確認し、洗剤でそれを洗う。食べ終わった帝人からマグカップをそろりと渡される。
 頭を撫でてやりたかったが、手が泡まみれだったのでそれは諦めた。礼を言えば、帝人は不満だったのか、ぐりぐりと静雄の背中に頭を擦り、走っていった。
 向かった先は寝室のようで、ぼふんっとベッドが跳ねる音が聞こえた。
 水を切り、携帯と財布と煙草をポーチに詰める。荷物はこれだけで十分だ。
「帝人ー、俺は仕事行くからな」
 寝室を覗けば、帝人は布団に包まり、顔だけが見えていた。兎の耳が見えなければただの少年だ。
「きゅ?」
「昼には飯買って一回帰ってくるから。誰かがきても扉開けんじゃねえぞ」
 玄関で靴を履いていれば、布団に包まったままそれを引きずり、寝室の扉からひょこっと顔を出していた。
「じゃ、いってきます」
「きゅー…」
 手を振り、扉を閉めた。いい加減にしないと本当に遅刻してしまう。急いで事務所へと向かった。
 帝人は一人になった家をキョロキョロと見回す。布団を廊下の真ん中に置き、タタッと部屋を動き回る。
「きゅー…」
 ぺたんと耳を垂れさせる。
 帝人の視線の先には玄関の扉が映っている。此処から静雄は消えたのだ。
 帝人はそろりと近付き、扉をゆっくりと開けた。外から光が差し込み、眩しさに目を細める。
 辺りに人影はなく、帝人は家から出る。昨日の記憶を思い出し、階段を下りた。帝人は鼻をくんくんと動かし、微かな煙草の匂いを追って歩く。
 昼間の池袋は初めてだ。人の多さにびくびくしながら匂いを追う。
「きゅ…」
 煙草の匂いが次第に他の煙草の匂いに混じって曖昧になる。帝人は半泣きになりながらも歩きつづけた。
「…きゅ」
 不意に、自分と同じシャンプーの匂いが鼻を掠める。そちらへと目を向けると、群衆の中に頭が一つ飛び出た金色が見える。
 帝人はそちらへと走り出し、その広い背中へと抱き着いた。
「…ッうお、って帝人?!」
「むきゅー…」
 前にいたトムは、静雄の後ろをひょいと見る。帝人は力強く抱きしめていたが、静雄に簡単に引っぺがされる。
「きゅい」
「お前、一体どうやって…」
「きゅ、きゅ」
「あー、兎は寂しいと死ぬっつーもんな」
「!…寂しかったのか?」
「きゅー」
 襟首を持っていたのを身体に腕を回し、ちゃんと抱っこする。耳はぴーんっと伸びていた。
「しっかし懐いたもんだな。昨日はあんなに怯えてたのに」
 トムが近づけば、帝人は静雄の肩に顔を埋める。静雄以外はまだ無理らしい。
「トムさん、一回家戻っていいっすか?帝人置いてきます」
「たぶん置いてきても、また勝手に出てくると思うぞ」
 帝人は静雄の肩にぐりぐりと顔を擦り寄せている。静雄は溜息を吐くと帝人を下ろし、その小さな手を引く。
「きゅ…きゅい」
 様々な帽子が置いてある店へと入る。白いふわふわとした帽子を帝人に被せ、サイズを確認した後そのままそれをレジへと持って行く。
 兎の耳が帽子の付属品のようで、あまり違和感がない。
 トムの元へと戻ると、彼は感心したような声をあげる。
「ああ、これなら連れ回してもいけるな。でも手は繋いどけ。大人しい子はリードしなくても手を繋いだらいいらしいからな」
 帝人に掌を出せば、帝人はそれに頭を擦り寄せる。頭を撫でているような、そんな感じだ。
「帝人、後でたくさん撫でてやるから手を出せ」
「きゅ?」
 帝人は言う通りに左手を出す。それを掴み、逆の手で頭を撫でてやった。
 さらさらとした純な黒髪は、撫でるととても心地がよい。
「んじゃ、行くぞ」
「うっす」
 帝人はよくわからないまま静雄に手を引かれ歩く。借金の取り立ての時は、怖い思いをさせないよう、トムに頼んで背を向けさせ、耳を塞いでもらった。長い耳は、伏せさせれば大体の音は消えるらしい。正直に払ってくれる奴ならそこまでしなくて構わないのだが。渋る奴が殆どだ。
「もきゅ、きゅー」
「あー、あとちょっとだからな」
「きゅい…」
 静雄を呼んでいるのか、何度か鳴き声をあげる。そして、静雄が取り立てを終え戻ってくると、その胸に抱き着く。
「…明日からは、…そうだな、セルティのとこにでも預けるからな」
「きゅ?」
「セルティは可愛いものが好きだからきっと可愛がってくれんだろ」
「??」
 帝人は『セルティ』という単語に首を傾げる。今日中に連絡しようと決め、引き続き仕事に取り掛かった。
 帰りには精肉屋で肉を大量に買う。家に戻れば、今までくっつきっぱなしだった帝人は、瞬時に離れていった。あの甘え方は外だったかららしい。
 帝人は真っ先に寝室へと向かい、ベッドに飛び込んだ。帽子を取ってやろうとしたのだが、帝人はそれを頑なに拒む。
「帝人、家ではそれ取れ」
「きゅー」
「…寝る時には取るんだぞ」
「もきゅ」
 こくりと頷き、ベッドの上で転がる。静雄はその間に鉄板を取り出し、コンセントに繋ぐ。一応水洗いのキャベツを置いておき、肉を鉄板に広げる。肉の匂いに釣られてか、帝人は廊下に放置してあった布団を引きずりながらリビングへとやってくる。
「帝人、それベッドに戻して手を洗ってこい」
「きゅ」
 腹が減っているのか、走ってそれを行った。行儀よく机の前に正座する。焼かれる肉をじっと見ていた。
 程よく焼けた肉を皿に置けば、帝人の腹の虫が鳴る。静雄は笑い、食べていいぞと箸を渡す。箸の使い方はわかるらしく、うまくそれを使い、肉にかぶりついた。
「つかお前、兎のくせに肉食かよ」
「?」
 キャベツを渡せばパリパリと食べる。
「…可愛いな」
「きゅ?」
 思わず口に出た言葉に、慌てて口を塞ぐ。帝人は首を傾げて静雄を見ていた。
 食べ終われば、帝人は満腹になったらしく、ソファに寝転んでいた。
「今日はプリン無理か」
「きゅ!」
 冷蔵庫を覗きながら呟けば、帝人は勢いよく起き上がる。デザートは別腹とでもいうのか。静雄は苦笑しながらプリンを二つ取り出した。


また字数の問題で続く


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