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轟凪の杞憂






覚えているのは

崩れた瓦礫、辺りに立ち込める煙と周りを取り囲む炎の壁。
身体が破けてしまうのではないかと思うくらいに感じる自分の鼓動。
それと
「おとうさん」
私をしっかりと抱きかかえるあの人の体温。
頭に触れた手は思ってたよりは熱くなくて、そのまま肩口押し付けられる。

あんなに父と触れ合ったことはなかった、
あんなにうれしいと思ったことはなかった。
父にとって私は不用品だと思っていたから。
「私の声聞こえてたんだ」
だから呼んでも来ないと思ってた。
「当たり前だ」


―ヒーローなのだから―

覚えているのはそんな不器用すぎる父の声だった。

*

ピピピピピピ

枕もとにある目覚ましを止めて瞼を開く、いつもと同じ木目の天井が見えた。
部屋の中はまだ少し薄暗い、本当はもう一度寝たいところだけれどそうもいかない。
ごろりと寝返りを打ち目覚まし時計の隣に置いてある体温計をとる、しばらくすると小さな機械音と共に36.1と表示された。
今日も健康的な体温で何よりだ。
布団から起きあがり、部屋の障子を開ける。
日本家屋の我が家の庭は朝日を浴びてそれはそれは長閑な光景、一つ深呼吸をし朝の空気を取り込んでから、身支度をするため洗面所に向かう。
途中にある部屋の障子を開けるのを忘れない。
顔を洗って歯を磨き、髪を整えて戻る途中にさっきの部屋をのぞくとその部屋の主はまだ布団と中の良いようだ。
「そろそろ起きないと遅刻だよ」
私言ったからね、あとは自己責任だよと忠告を添えて自室にもどる。
ハンガーに吊るされている糊のきいた制服を手に取った。
「別に雄英じゃなくてもよかったんだけどな」
だって自分はヒーローになるつもりもなりたい訳でもなかったから。
はぁとため息をついて、その制服に腕を通した。


今日は高校の入学式だ。


台所に行くと食事の支度をしてくれている姉の後ろ姿が見えた。
「おはよう、冬美ちゃん」
私の声に姉である冬美ちゃんは振り返るととても目を輝かせる。
「おぉ、いいじゃない凪似合ってるよ〜!」
JKはやっぱいいわね。その発言はちょっと親父臭いなと思ったけど言わないでおこう。
もう支度はすべて終えているみたいで、手伝えなかった事を謝罪するが、今日は二人は主役なんだからいいからと朝食を出してくれた。
そして雑談を交わしながら朝食をとる、今日の事、天気の事、あと私の体調の事。
私はこの年になっても完璧に個性をコントロールすることができな。
生まれついたころから心臓に少し欠陥があって、個性が出る前は体が耐えられないから長く生きられないとまで言われた。
六歳の頃大きな手術をして今は無理な運動、個性の酷使をしなければ普通に生活ができるようになったので医療の進歩は本当にすごい。
そういえば、今日あの日の夢を見た気がした。
「凪達も雄英生か、あとで写真撮らないと」
撮るならやっぱり玄関かな、姉は楽しそうに食後のお茶を出してくれた。
深い色をした緑茶はいつ飲んでも美味しい。
「私は、雄英じゃなくてもよかったのに」
朝、部屋でこぼした言葉を再度紡ぐ。だってヒーローになりたいわけでもない。
なるつもりもない、私にはお門違いの場所なのだ。
ヒーロー科で最高峰と言われている高校に行かなくても何も問題はないと思う。
「だって私、ただの一般人なんだし」
「雄英じゃなきゃダメなんだよ、あれくらいの警備システムじゃないと」
自分のお茶を入れた姉が正面に腰を掛ける。
「他の学校だと首を縦に振らなかったよ、うちの男性陣は。」
もちろん私もだけど、皆凪が心配なんだよ。そうズズッとお茶を啜った。
姉の言う通り、家族は私に対して少し過保護だ、その原因は私が体が弱いだけじゃない、
六歳のある日、私が心臓の手術で入院していた時の事。
そこで世間を騒がす大きな事件が起きた、そこの病院だけじゃない、大きな範囲での大事件で、私はそれに巻き込まれた。
正直言うと、あの日のことは正直よく覚えていない、少し記憶にあるのは、父親に抱きかかえられていた事で、他の事は何もかもさっぱりと忘れていて、それならそのままでいいかなと思っている。
その事件から我が家は少しずつ変わっていき、少しずつ壊れていった。
もし、私がいなかったら、もし、私が健康な体だったら。

今この場で母は一緒にお茶を飲んでいたのかもしれない。

「なんて顔してんの」
ピンとおでこをはじかれた。それは思いのほか痛くて思わず額をさする。
そんな私を姉は頬杖をついて笑っていた。
「おめでたい日なんだから暗いことは考えない!それにただの一般人てわけじゃないでしょ。確かに普通科だけどさ、凪あんた特待生なんて十分すごいよ。」
今日の入学式の新入生挨拶するんでしょ。笑顔笑顔と姉は私の両頬をつまんで引き上げる。それが少し可笑しくて笑ってしまった。
カタンと入り口に人の気配がして二人でそちらを見ると、
私と同じく真新しい制服を着た焦凍が立っていた。
「おはよう」
朝から何してんだ。まだ少し眠気眼の焦凍が隣に腰を下ろす。
あえてその質問に答えないで少し咳ばらいをしお茶の残りを飲む。
「なんで起こしてくれなかったんだ」
「起こしたよ、声かけたでしょ」
「前はそんな感じじゃなかった」
焦凍が朝食を口に運びながら少し不満そうに言うが彼の言う前とは、小学生のころなどだいぶ昔の一緒に寝ていたころのことで、焦凍が起きるまで私が頑張っていた話でさすがに今日から高校生の年でもうやりたくはない。
「何時までも妹に起こされるのはどうなんですかね〜」
これから先ずっと一緒、どこでも一緒て訳じゃないんだからそろそろ自分で起きてよ。そういうがあまり響いていないようで食事を終えた焦凍はお茶を啜っている。
「必要ないだろ」
「何が」
「俺たち離れる必要なんてないだろ」
まじかよ、こいつ本気で言ってる。
「本当、焦凍はシスコンよね」
それも凪限定の、何時妹離れするのやらと姉は苦笑いした。

焦凍は
私の双子の兄は物心つく頃からいつも一緒だった、何をするのもどこに行くのも一緒で、手をとって先を歩くのは私の方だった。母にどっちが上のなのかわからないねと笑われたのをよく覚えてる。
あの事件のあと
家族の中で一番私に過保護になったのは焦凍だった、母もあの後ある事が原因で家から消え、彼はもうこれ以上自分の元から家族が消えていかないようにと常に私の傍にいた。
その様子はちょっと度が行き過ぎてるのかもと思っていたけど、それを焦凍に言うことはできなかった。
だってその時彼はズタズタになっていたから、身も心も傷だらけだった。
だから、私の言葉でそれ以上傷つけることになることは避けたかった、その結果が今に至る。

「そろそろ時間だ、その前に写真撮らないと!」
早く早くと急かす姉に続いて玄関に向かう、彼女の気のすむまで写真を撮ってもらいようやく出発だ。
「気をつけてね、行ってらっしゃい」
ご機嫌に手を振る姉に返事をして、高校までの道を並んで歩く。
「普通科とヒーロー科だともしかしたら終わる時間違うかも」
「早く終わったら連絡してくれ、俺が早かったら迎えに行く」
一緒に帰ることは決まってるんだと言うと、何か問題でもと言うかのように首を捻られた。ちょっとこれから焦凍に友人ができるのか心配に、いやだいぶ心配になる。
「ヒーロー目指してに頑張って」
「あぁ」
俺は親父みたいなヒーローにはならない左も使わない。その眼は昔と全然違う目をしていた。
「凪も雄英でやりたい事見つけろ、今から見つけても遅くねぇ」
焦凍は私が何を悩んでいるのかわかっていたようにそう言った。思わず歩いていた足を止める、数歩して彼も止まってどうしたのかと私をみてる。
はぁーと額を抑えて息をつく、本当にこういう所はお兄ちゃんなんだよなと改めて思う。
「やりたい事はまだないけど願いならあるよ」

高校生になったら焦凍が妹離れする事。



今日は私の、

私と焦凍の入学式だ。

無理だなと言う焦凍の声は聞かなかったことにする