するり、と太股を撫でると、くすぐったいから止めろ、と軽くあしらわれた。手を握っても無視だし、腕にからみついても何も言わない。俺よりテレビの方が好き?なんて鬱陶しい女がするような質問をしても、答えどころか「今いいところだから、黙ってろ」という言葉が返ってきた。そっけないシズちゃんの態度に寂しくなったけど、これでめげる俺ではない。さらに体をひっつけて気を引こうとしたが、うぜぇ、と言われて剥がされた。

付き合ってから、コイツはずっとこんな調子だ。最初の三ヶ月は手を繋ぐので一杯一杯、一年とちょっとでやっとキスをした。それも舌なんか使わない触れ合うだけのキスをたった一回だけ。明日でお付き合い二年目に突入するというのに、セックスなんて口にも雰囲気にも出さない。こいつは理性までアイアンなのかと思ったりもしたけど最近、俺は一つの可能性に気づいた。
シズちゃんは俺を抱く気がないだけ、という仮説。二年弱も付き合ってるのに、男同士とは言え色欲のひとつも伺わせない理由はこれくらいしか思いつかない。シズちゃんはもしかしたらこの関係を恋人とは考えていないのかもしれない。一緒にご飯食べて、テレビ見て、布団を並べて寝て。思い返してみれば恋人らしいことと言えば、手をつなぐこと(寒いとき限定)、キスを一回だけしたこと。それくらいしか無かった。
だから俺は決心した。もし、付き合って二周年の日までに何もなかったら別れる、と。

そう決めたのが三週間前。俺がお色気作戦に出たのもその日から。お風呂入ってるところに乱入したり、今みたいにひっついたり、布団に潜り込んだりした。言うまでもないけど、どれも効き目なんて無かった。だから焦っているのだ俺は。タイムリミットはあと一時間。有言実行がモットーの俺はそれまでに何もなかったら確実にシズちゃんに別れを切り出す。

「ねぇ、シズちゃん」
「さっきからなんだ?今日はいつも以上にしつけぇな」

やっとテレビから目をはなしてこっちを向いてくれたことに嬉しくなって抱きつくと、やっぱり距離をとられた。シズちゃんは知らないだろうけど、そうされる度に俺、結構傷ついてるんだよ?

「ちゅーしてよ」
諦めずにもう一度抱きつき、首に手を回して顔を近づけてキスをせがむ。

「いやだ」
「なんで?キス嫌いなの?それとも俺が嫌い?」
「どっちでもいいだろ」
はぁーと大きくため息をつくと俺を首にぶらさげたままタバコに火をつけた。煙草は苦手だといってるのに、思いやりの欠片も無いヤツだ。目の前で焼けてていくそれをみるのが嫌で、シズちゃんの肩に顔を埋めた。タバコになりたいよ、俺は。何もしなくてもシズちゃんとキスできるのが羨ましい。

「おい、離れないとあぶねぇぞ」
「いいよ別に、火傷ぐらい」
シズちゃんにひっついていられるなら、火傷なんて安いものだよ、と言うと体が固くなるのを感じて少しだけ笑えた。分かりやすい。本当に単細胞だ。

「シズちゃん俺のこと好き?」
「別に」
付き合ってから毎日尋ねる質問に、返ってくるのは変わりない返答だ。そもそも、つきあい始めたのは俺の告白からだった。喧嘩の最中に、好きです、付き合ってください、と定型文を告げたら、頷いてくれた。それがきっかけでこういう関係になれたのだけど、今はシズちゃんの真意が分からない。一度も好きと言ってくれたことはない。去年の5月4日、俺の誕生日であることも忘れて夜中の25時に帰ってきたシズちゃんに「俺のこと好き?」と聞くと、なにも言わずに掠めるだけのキスをしてくれた。それが最初で最後のキスで、初めて両思いなのかな、と思えた瞬間だった。その日以外はいつこの質問をしても目を合わさずに別に、というだけだった。

「明日何の日か知ってる?」
「…さぁ」
「まぁ、何の日でもないし、何の日でもなくなるわけだけど」
自嘲気味に笑い、首に回した手に力を込めた。

「俺はさ、シズちゃんのこと好きだよ。」
「そうか。」
「触れられるのなら触れていたい。触れてくれるのなら触れて欲しい。抱きしめて欲しいし、キスもしたい。できればセックスもしたい。」
言い終えると同時に、シズちゃんが煙草を灰皿に押しつける気配がした。顔をあげると、シズちゃんは複雑そうな表情で俺を見ていた。

「大丈夫、強要しない。シズちゃんがしたくないのならそれは仕方がない。でも、したくないってことはそれは君が俺に少なからず嫌悪感を抱いているからだ。」
唇の端にそっと口付けて顔を離すと、やっぱり眉間に皺をよせたままで。少なくとも、恋人にキス紛いのことをされてする顔じゃない。

時計が12を指すのはまだ先だけど、その表情を見た瞬間に俺の心は別れる準備をはじめた。でも、俺も俺で臆病なやつだ。キスしたい、なんて思っていたのに自分から仕掛けたのは初めてで、勇気を振り絞ってもディープキスどころかまともなキスさえできないのだから。これがセカンドキスで、しかも最後のキスかと思うとやるせない。付き合って一ヶ月でセックスが常識のこの時代で、二年間付き合ってこの様だ。軽いキスがたったの二回。笑えるし、泣けてくる。

「別れようか」
なるべく、シズちゃんが嫌いな笑顔を作ってそう告げた。別に君とはお遊びだしね、化け物が人を愛せるかの実験だったんだよ、なんて価値のない取り繕いが頭の中で浮かんでは消えた。お遊びじゃないだろう?化け物が愛せなかったのは、人じゃなくて、折原臨也だろう?

「泣くのか?」
そうか、君には俺が今にも泣き出しそうに見えるのか。でも、残念。俺は泣かないよ。君の前では、絶対に。

「泣かない。ゲームオーバー。俺の負けだ。君がどういうつもりで俺と付き合うことにしたのか知らないし、そもそも君は俺と付き合っていると言う認識さえなかったかもしれない。でも俺はそういうつもりだったから、恋人という言葉を使わせてもらう。好きだった。だから恋人になれたのは嬉しかったし、今日まで楽しかった。」
「てめぇは、さっきと最初あわせて二回しか俺に『好き』っていってねぇけどな」
「応えてくれない相手に愛情だけでなく言葉まで捧げられる程、俺は強い人間じゃないよ」

時計はあと数分でタイムリミットを指し示す。まわしていた腕を解き、立ち上がる。

「君と過ごした二年間は実に楽しかった。俺には似合わないけど、幸せと称するに値する時間だった。君の晩ご飯はおいしかったし、ヤニ臭いこの部屋も居心地だけは抜群。何度か布団に潜り込んだときにしてくれた腕枕も悪くなかった。というわけで、俺はまた人間たちに不毛で押しつけがましい愛を注ぐ生活に戻るよ」

部屋を出ようと歩きだした俺の手をシズちゃんが掴み、腕の中に勢いよく引き戻された。痛いほどに力を込められて、息が苦しい。背中にシズちゃんの鼓動を感じて、さらに心臓のあたりが苦しくなった。引っ張られた瞬間に落ちたのかは分からないけど、俺の視線の先にはポケットに入れていたはずの腕時計が落ちていた。二周年の記念にと、準備したプレゼント。恥ずかしいからと包装しなかったそれは、ガラスの部分が砕け散って見るも無惨な姿となっている。時計はちょうど12時を指していた。







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