「ずるいよ、シズちゃん」
俺が回された腕を掴むと、すぐに解放されてしまった。温もりの無くなった体をシズちゃんの方に向けなおすと、既に何も無かったかのような顔でテレビの画面を見つめていた。こいつは分かってない。そんな風に抱きしめられたら俺の選択肢は一つしか残らないということを。

「お前は俺のことを嫌いになったのか?」
「そうじゃない」
「じゃあこのままでいいじゃねぇか」
分かってない、全然分かっていない。俺が君の言動にどれだけ振り回されているのか。首に縄をかけられて崖の端に立たされているような、そんな感覚。その縄を握っているのはシズちゃんで、彼の一存で俺は崖の底に落ちることも、安全な場所に行くこともできるのだ。たとえその縄をかけるのを望んだのが俺自身だったとしても、苦しい。

「生殺しだよ。思い切って殺せばいい。それが嫌なら突き飛ばせばいい。いつまでもぬるま湯に浸かっている気分だ。」
「ああ、そうかよ」

じりじりと焼けていく煙草と、深夜のしょうもないバラエティ番組の声だけが時間の経過を示す。


「…シズちゃんは、俺のこと好き?」
驚くくらい情けない声が出た。大丈夫だ、まだ涙は出ていない。

「別に」
「それじゃなにも分からない。本当のこと、言ってよ」
がしがしと頭を掻くと、短くなった煙草を灰皿に押しつけた。真剣な顔で俺の顔を見つめ、何度か口を開いては閉じるという行為を繰り返し、顔を伏せた。

「泣かないか?」
「何度も言っただろ、泣かないって」
俺は嘘をついた。シズちゃんが俯いたのをいいことに、緩んだ涙腺は涙を流した。涙の理由は分からない。

「俺はお前のことが好きじゃない」
「うん」
「でも、嫌いじゃない。なぁ、臨也。あれだけ喧嘩三昧だった俺たちがこんな風に一緒にいる。それだけじゃ不満か?」
そう言って顔を上げたシズちゃんは、泣いている俺を見て目を見開いた。面倒くさそうに頭を掻き、濡れた頬をティッシュで拭って、頭を撫でてくれた。

「臨也がそう言う意味で好きと言ったのは理解してた。あのとき頷いた俺も悪かった。喧嘩ばっかの関係をそろそろなんとかしたいと思ってたから、どんな形であれ仲良くできればいいだろう、って簡単に考えてた。」
何か返事をしなければシズちゃんは困るだろうな、と思ったけど出てくるのは嗚咽ばかりで何も言えなかった。それとなく、シズちゃんが俺とそういう関係になりたいわけじゃないというのは感づいていけど、こう突きつけられるのはなかなかにダメージが大きい。

「悪かった。こんなこと言える立場じゃないけど、お前と一緒に居る時間は楽しかったんだ。今まで友達なんて居なかったからなおさらな」
なんで嬉しそうに笑うんだよ。君に恋心を抱いていた俺が悪いみたいじゃないか。その言い方じゃ、君が俺を友達と思っていたのが丸わかりだ。付き合ってください、と言われて了承した相手にそれはないだろう?

「だから、俺はこのままでいたい」
「…ははっ」
「臨也?」
涙は止まらない。心臓のあたりが掴まれたかのように痛い。

「友達っていうのは、いつも隣に居て、いつも味方で、そいつに幸せなことがあったら一緒に喜んで、苦しいことがあれば一緒に泣く。簡単に言えばそういうものを、君は俺に求めてるの?」
「…」
「そうだとしたらその期待には応えられない。俺は君が幸せだったらその幸せを作り出した物を恨む。もし君が女の子とつき合って結婚なんてしたら俺は祝福なんてできない。気持ち悪いだろう?男が男を好きなんてさ。俺はシズちゃんが思ってる以上に君のことが好きなんだよ」
眉を八の字にして、口を結んだまま止まりそうにない涙を何度も拭い、俺が嗚咽を漏らす度に優しく頭を撫でる手の優しさが憎い。優しさは時に残酷だ、という使い古された陳腐な言葉が頭によぎる。

「俺が求めたのはシズちゃんからの生ぬるい好意じゃない。愛だ。汚くて、美しくて、揺るぎない愛。俺はもう疲れたんだ。誰からも愛されないから、俺は全人類に無償の愛を注いだ。そしたら返ってくると信じてた。でも、返ってくる雰囲気は無さそうだ。次は化け物を愛してしまった。俺は全部捧げた。でも、こっちも返ってこない。もう愛するって行為に飽きちゃった。」
「わるかった」
知ってるよ、シズちゃん。君が欲しいのも愛だってことは昔から知っている。君が俺から与えられる愛を気持ちよく思っていたことも、だからこそ俺を引き留めたことも、わかってる。でも、俺は近い未来、君が俺の愛を糧にして違う愛を求めにいくこと、そして、一生君の口が俺の言って欲しい五文字を紡がないことも知ってるんだよ。

「でもな、やっぱり、俺はテメェとこの関係でいたい」
涙を拭っていたティッシュをゴミ箱に投げ捨てると、暖かい手のひらで俺の頬を包み、真剣な顔して、やさしい声で俺の目を見て告げる。

「好きじゃないのに?嫌いでも何でもないのに?」
「ああ」
恐る恐る抱きつくと、背中をあやすように軽く撫でてくれた。涙が流れて視界が歪み、触れてくる手が思考回路をショートさせる。キスしてくれ、と言ったのを覚えていたのか、唇が髪に触れる感触に震えた。こんな風に触れられたらもう駄目だ。選択肢なんて一つしか残らない。選ぶことを放棄するしかない。

「まだ、俺と居てくれないか?」
「…うん」
俺はまた、逃げられない。


シズちゃんがお風呂に入ってしまって、テレビも何の音も無くなった部屋で、一人膝を抱える。壊れてしまった腕時計を握ると、ガラスの破片が手のひらに刺さった。体温のない手から、暖かい血が流れる。また一年間だけ、と俺は自分に約束する。あと一年でシズちゃんとはお別れする、という自分の中での誓約。去年も破って、今年も破ってしまった約束。このままだと足下から崩れて落ちていくのは分かってる。だから、来年の俺には頑張ってもらうことにする。

「ずるい奴だ」
シズちゃんも、俺も。
腕時計はもう、動かない。





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