話すよ、と言うので回り込んで横に座ったら、また逃げられた。今度も手の届かないところまで離れると、足を折りたたみ三角座りをしている。


「高校の時さぁ」
「あぁ?」
「君、俺に触って凄く嫌そうな顔しただろ。」
「…」
高校の時は、まだ臨也のことが好きでは無かったし、確かに大嫌いだった。だからその可能性は十分にある。この状況でわざわざ嘘をつくわけがないだろうし。

「汚いものに触っちゃった、って顔してた。ついでに言うと、君は次の日からは俺に素手で殴りかかることは無くなった。」
そう言って自分の膝に顔を埋めると籠もった声で話を続ける。

「トラウマなんだよ、それ以来。人間に触れたり触れられたりする度に自分が汚いように思える。また、あんな顔されるんじゃないか、ってね。」
俺は、何をしてしまったのだろうか。
そういえば、高校の頃に一度臨也を素手で殴ったことがあった。その時、手についた血を見て、思ったのだ。汚い、と。
道具を使うようになったのは無意識だが、どっちにしろ酷いことをしてしまった。

「ただ嫌いな奴にそうされただけなら、こんなことにはならなかったんだろうけどね。シズちゃんには言ったこと無いけどさ、俺、高校の時から君のことが好きだったんだよ。こんな俺でも君の行動一つで一生ものの傷がつくくらいには好きなんだよ。」
臨也の言葉一つ一つに浮かれそうになるが、自分の犯した過ちがそれを諫める。
何か言おうとしたが、結局喉にはりついたまま口まで出てこなかった。

「だから告白されて嬉しかった。さっきも、恋人なんて言われて嬉しかった。実は俺なりに触れられても大丈夫なように努力してたんだよ、これでも。抱き締められても暴れないように我慢したし、キスも我慢した。ごめん、我慢なんて言葉は失礼かもね。でもシズちゃんは俺に触れたいと思ってる、って考えて大丈夫だっていい聞かせてた。恐かったけど、俺に触ってるときにシズちゃんが嬉しそうな顔をするから、最近は克服できそうかな、と思ってたんだけど、」
ヒュッと、渇いた音をたてて臨也が息を吸う。

「ちょっと前ぐらいからシズちゃん、俺に触っても嬉しそうじゃなかったからさ。相次いで新羅にあんな相談してたのを知ったのは、結構ショックだった。言わなかった俺が悪いけどさ、これで精一杯だけど駄目だったのか、また嫌われるのかな、って考えたら怖くなった。人から見たらそんな馬鹿馬鹿しいことでも、俺は不安になる。また、誰にも触れられなくなる。…ごめん、こんな面倒な奴で。本当にごめん。」

擦れた声で謝罪を繰り返す臨也は痛々しかった。
少し前、ということは俺が臨也が俺を好きかどうか不安になった時のことだろうか。

抱き締めたかったが、触れられないというジレンマ。ただ、臨也と自分を苦しめるのが過去の何気ない自身の言動という現実が酷くもどかしい。何やってんだ俺、お前は将来自分が好きになる奴に大きい傷を残すぞ、しっかりしろ、と過去に戻って自分を注意してやりたい。
そんな思考から抜け出した時に出たのは「悪かった」という謝罪だけだった。

「謝らなくていいよ。」
「でも」
「謝るなって!君は悪いことはしていない。過去のことは仕方ないことだろ!そんな風に謝られたら、俺が惨めじゃないか。」
顔を上げて俺を見つめるその目は、涙を薄く浮かべ頬は紅潮していて。見たことの無い色っぽさに、不謹慎にも目を奪われた。

「だからさ、シズちゃん」
少しだけこちらに近づいて、震える手で俺の手を握った。
大丈夫なのか、触っても。すげぇ震えてるぞ。
不安になって顔を歪めると、大丈夫とでも言うように臨也が笑った。

「愛してる、って言ってよ。そうすればたぶん、ちょっとは俺という存在の汚さが薄れるかもしれない。」




「愛してる」
「…うん」
「抱き締めてもいいか?」
「シズちゃんがいいのなら」
手を伸ばして肩を引き寄せると、今までは意識していなかった震えが、やけに気になってしまう。
いつもこんなに震えていたのか。そして俺は、こんなに震えさせてしまっていたのか。


「臨也は汚くない」
「…ありがとう。でも、俺のコレは一種の強迫観念みたいなものなんだよ。言い聞かせても頭から出て行かないし、震えも止まってくれない。シズちゃんが原因だからって、シズちゃんがこうやって触れて治せるわけでもないし、俺自身がどうこうできるもんでもない。今だって、頭の端で汚い、と突き放されるイメージがずっとリピートしてる。」
「…」
「黙らないでよ、何度も言うけど俺はシズちゃんを恨んでないし、君が悪いわけじゃないって。」

臨也は俺は悪くないというが、原因が俺であることを否定はしない。

体が離れて、臨也がベッドから降りて床に立った。
おい、冷や汗かいてるぞ。

「辛気臭い話は終わり!そんなに罪悪感あるなら、俺の我が儘聞いてよ」
「なんだ?」
「今日の晩ご飯は鍋にしてよ。」
「は?」

さぞかしぶっ飛んだおねだりをされるのだろう、と覚悟したのに、なんだそれ。そんなんでいいのか。
何より、可愛らしすぎる。

「いいのか、そんなんで」
「んー?じゃあ、これからは毎晩ご飯作って。ずっと。」
「…おう」
「なに、シズちゃん気持ち悪い。横暴で上から目線な君は何処へいったの?」
「うるせぇ」

これからずっと、なんてプロポーズみたいだ。と思ってニヤニヤしていたら、臨也にまた気持ち悪い、と罵られた。


臨也は、俺には治せないと言った。
負けず嫌いな俺は、ちょっとずつでも俺が責任もって治す、そう心に決めた。

でも、一つ許してほしい。お前にとって俺はそんなでっかい傷を負わせられる程の存在なのか、なんて少し喜んだ俺がいたことを。







その後の話


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