そのまま眠り込んでしまった臨也の体をタオルで軽く拭うと、自分の服を着た。
流石に、朝までいる勇気は無かった。おそらく、目が覚めたころには薬が切れているであろう。こんなことをしておいて、正気に戻った臨也と顔を合わせる術を俺は知らない。それに、甘い夢の後に現実を突き付けられるのが、単に恐かったのだ。

手早く服を身につけ、最後に眠った臨也に軽くキスをして部屋を出た。





あの夜から一週間が経ったが、臨也をまだ一度も見かけていない。偶々なのか?それともあの出来事が関係あるのか?今まで一週間に片手の指で済むか済まないかくらいの頻度で池袋まで来ていたのに、突然来なくなるとし心配になる。

かといって何も出来ることはなく、そういやあの後新羅に会ってないな、と思い、新羅宅に向かった。


「やぁ静雄。よく来たね。」
「ああ。」
文句も言わずすんなりと招き入れてくれることに違和感を感じながらも、リビングに入り促されるままにソファーに座った。

「どうだった?上手くいったかい?」
「ああ。あっという間だったけどな。」
「それは良かった。だけどね、どうやら君は間違いを起こしてしまったらしい。」
「間違い?」
「そう」
間違い、なんて何かあっただろうか?幾ら思い起こしてみても、何一つ思い当たらない。脳裏を過るのは夢みたいだ、といったときの泣きそうな顔だけだった。

「君、臨也が寝ている間に帰っただろ?」
「?帰ったが?それが何だ?」
わざとらしく肩を竦めて溜め息をつく新羅にイライラする。何か具合が悪かったのか?帰っちゃいけなかったのだろうか?

「実はね、黙ってたことがあるんだよ。あの薬は…」
副作用が酷かったのか?二度と使えないのか?続けられる言葉を予期して、覚悟する。

「ただの、水なんだ。」
予想外の言葉に唖然とした。水…?

「ってことは…」
「君が見た彼はれっきとした"臨也"だよ。」
「ま、さか!嘘だろ!?」
「ごめん、騙すつもりは無かったんだけどね。ただ、応援したかっただけなんだよ。『対象が認識に従う』って、言っただろう?君が勘違い、つまり薬の効果だと錯覚してしまっただけさ。こんな機会なきゃ鈍感な君たちは進展しないと踏んでね。」

新羅の言い方は、まるで臨也も俺のことが好きで、昔からそのことを知っているかのようだった。

「それ、本当か!?」
「まぁね、…あ!何処いくんだよ!」
その返答を聞いた瞬間、いても立ってもいられなくなり部屋から飛び出そうとしたら止められた。

「臨也の所に決まってんだろ」
「ちょっと待ってって!さっき言ったじゃないか、君は『間違い』を犯した、って。」

やっと止まった俺を見て、新羅は薄く苦笑した。

「もし、君が恋人と一緒に夜を過ごしたとして、翌朝起きたら隣には誰もいなかったとしたらどうする?ショックじゃないかい?昨晩好きだと囁かれた相手に何の言葉も無しにほったらかしにされて、何日も音沙汰なし。何をしているのかと思えば、まるで何も無かったかのように過ごしていた。こんなことされたら、辛いよね。」

身に覚えのある「もしも」の話に、怖くなる。あれが薬の効果じゃなかったとして、新羅の言う通り、臨也が俺を好きだったとすれば、俺の行動をどう思う―――?

「電話がかかって来たんだ。シズちゃんに何したんだ、あれは嫌がらせか、冗談だったとしても止めてくれ、ってね。話聞いたらそっくりそのままさっきの話を話された。辛い、酷い、って言われた後に言い訳も言えないまま電話切られたよ。それ以後一切音信不通。こうなったのは、僕が悪かったのかもね。拗れてしまったら、臨也のことだから一筋縄ではいかないかもしれない。」
申し訳なさそうに眉を下げる新羅に何も言えなかった。そもそも事の発端は俺なのだ。臨也が欲しいと、頼ったのは紛れもなく自分なのだ。ただ俺が思ったことと違う方法で、後押ししてくれただけ。
悪いのは本当の臨也を見ようとせずに『アイツは俺が嫌い』と、勝手に自己完結していた俺なんだ。


「臨也は、家に居るのか?」
「たぶんね」
今度は、いってらっしゃい、と手を振ってくれた新羅に悪かった。とだけ呟いて家を出た。


走って新宿へ向かい、臨也の部屋の番号を押すと間髪無くオートロックの扉が開いた。
エレベーターを待っていられずに階段で駆け上がると、目的の部屋の前に女が立っていた。

「階段でこのスピード?本当に出鱈目ね。」
「誰だてめぇ…」
「ただの秘書よ。貴方が原因で困ってるのよ。さっさとなんとかして頂戴。」
淡々とそう告げると、扉を指差した。

「鍵は開いてるから。」
エレベーターが口を開け、その女はこっちをチラリとも見ずに何処かへ行ってしまった。
ドアノブに手をかけると、さっきの女が言ったようにすんなりと開いた。

靴を脱いでリビングへと向かい臨也の探す。
すると、あの高そうな椅子に座り、机に突っ伏している姿が目に入った。
側に行って肩を揺らすと、手を払いのけられた。
拒絶された…のか?不安になり、もう一度肩を揺らしたが無視された。

「臨也」
名前を呼ぶと、突然顔を上げた。目を丸くしてまじまじと俺の顔を見つめる。
真っ白な肌に、黒い隈が目についた。
「どうしたんだ、これ」
手を伸ばすと、椅子ごと逃げられる。驚いて顔を見ると、いつもの憎たらしさが無く、不安と悲壮が入り交じった複雑な表情をしていた。

「眠れなかっただけだよ。誰かさんのせいでね」
自嘲気味に声を漏らすと、手で目を覆う。

「波江が入れたのかな?流石彼女だね。ところで何か用?殴りに来たの?それともあのこと?」
「…悪かった」
臨也の言う"あのこと"について謝ると、さらに顔を歪めた。

「なんで謝るわけ?新羅の差し金?」
「新羅は…関係ない」
「じゃああれは一体何だったの?酔った勢い?一夜の間違い?ヤれるなら誰でも良かった?例え大ッ嫌いな俺でも?謝らなくていいんだ、もういいんだよ、お互い無かったことにしよう。ね、それでいいだろう?だから、出ていけよ!今すぐに俺の前から消えろよ!」

声を荒げて、俺を外へ出そうとぐいぐいと胸を押してくる。もちろん、そんな力が作用するわけもなく、軽く腕を握ると自分の方に引っ張り、細い体を抱き締めた。

「好きだ」
「…何だよそれ」
腕から逃げ出しようと足掻いてたのに、突然静かになった。

「シズちゃん、同じ手には二度と乗らないよ?そんなにセックスしたいなら俺が丁度いい人紹介してあげるよ。」
「違う!俺はお前じゃなきゃ嫌なんだ。お前が好きなんだよ。」
「へぇ。じゃあシズちゃんは好きな相手に対してヤリ逃げするんだ?身なりだけ綺麗に整えてくれて、朝起きたら本体どころか温もりさえ無い。俺が寝てすぐ帰ったんだよね。そんなのされたら誰も愛されてるなんて思えないよ。」
的を得た言い分に何も言えない。あの時なぜ朝まで一緒に居なかったのか、なんてどうしようもない後悔を覚えた。

「この機会に言っちゃうけどさ、俺はシズちゃんのこと本気で好きなんだ。頼むからこんな嫌がらせだけは止めてよ。俺はノミ蟲じゃなくて折原臨也という人間なんだ、傷ついたりもするんだよ。ねぇ、これからは池袋にも行かない、ちょっかいもかけない、君の前に現れない。他に望みは?何でも言う事聞いてあげる。だから帰って?」

意識せず言ったであろう「好き」という言葉に心拍数が跳ね上がる。抱き寄せた臨也の心臓も心なしか早鐘を打っていて、まるで共鳴してるようだった。
それに気付いたのか、臨也が怪訝そうに下から顔を覗いてくる。

「シズちゃん、なんで脈早いの?」
「臨也くんよぉ、」
喧嘩の時に出すような声で名前を呼ぶと、ビクッと肩がはねた。
「何でも言う事聞いてくれるんだよなぁ?そう言ったよな、確かに。」
「え?あ、うん。」
「じゃあ、俺の恋人になれ。」
「はぁぁぁぁぁ!?」

コイツこんな大声でたのか。新発見だ。

「シズちゃん本気?新羅に何か飲まされたりしてない?正気?俺、二回もあんなことされたら立ち直る自信ないからそれだけは本当に止めてね?」
「大丈夫だ。」
「嘘でしょ?」
「心臓は嘘をつけない」
そうだね、とあの夜に見たような柔らかい笑みを見せると、俺の胸のあたりに顔をこすりつけてきた。

「…おい。泣いてんのか?」
「泣いてない…っぅ」
たまに聞こえてくる嗚咽と、確かに濡れていくシャツの感触に、これが幸せなのかな、なんて馬鹿なことを考えた。






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