「コペルニクス的転回って知ってる?『認識が対象に従う』のではなく『対象が認識に従う』って逆転のことだよ。つまり、君が怪物なのはあくまでも『認識』なんだ。事実人間であるようにね。
つまり、対象自身は変わらなくとも認識が変わるだけで全てが変わる。
これはその認識に錯覚を起こさせる薬だ。断じて惚れ薬なんかじゃない。効果が保つ時間は君次第。ただ、長くは保たないのは確かだね。君がそれで良いって言ったんだよ?そんなしかめっ面しないで欲しいな。これで何をするかなんて自由だけど、これだけは分かってほしい。認識対象は認識主体である君の構想力の産物なんだよ。間違えたら両方を傷つけ損なうことになる。たとえそれが些細な間違いでもね。理解した?」
「あぁ」
適当に相槌を打って、新羅の手から小さい瓶を奪い取る。よく分からない四字熟語なんて一切無かったのに、新羅が言っている内容は何一つ分からなかった。ただ剣呑な目付きから、真剣さだけが見て取れた。

「また、来る。」
「じゃあね」

貰った瓶をそっとポケットに仕舞い、ドアを閉めた。


もし、好きな人がいたとして、その相手にずっと嫌われていたとする。夢でもいい、ほんの少しの時間でも好きな人と一緒に過ごしたいと願うのは強欲なのだろうか。

出会った時からアイツは"俺"を見たりはしなかった。化け物として扱い、手駒にしようと目論んだ。そんな薄汚い欲を含んだ綺麗な微笑みに、俺は望み通り牙を剥いてやったのだ。そこから、終わりの見えない出来レースが始まってしまった。俺はいつだって臨也に勝てはしないのだ。

人間を愛していると吐かし、人間も自分を愛すべきだ、なんて言うくせに愛されることに酷く臆病で懐疑的なアイツは何時も一人だった。
愛してやろうとする人間までを突き飛ばし切り捨て、まるで蚊帳の外を楽しむように笑う。

限界だった。いつまでも続く追い駆けっこに、痛々しい笑顔、触れられない肌。

新羅に相談すると、無色透明の液体を見せられた。
これを使えば君の見たかった物も、触れたかったものも実現させることが出来るかもしれない、と。
そんな誘いは断ればよかったのだ。そんな偽りの夢は要らないと。だが、目の前の誘惑に勝てないほど俺は切羽詰まっていた。



「シズちゃん」
真夜中に臨也の部屋に忍び込み、眠る臨也の口をこじあけて液体を飲ませた。
小一時間くらい経ったところで、肩を揺らして起こすと、眠そうな瞳で柔らかく名前を呼ばれる。

「どうしたの?こんな夜中に。えらく静かだね。とうとう殺しに来た?」
無防備にふっと笑う臨也をずっと眺めていたかったが、そんな余裕は無い。時間は無情に過ぎていく。

「お前は俺が好きか?」
唐突にそれだけ聞くと、不思議なものを見たかのように二三度目を瞬かせた。
「なんでそんなこと聞くの?シズちゃんは俺のこと嫌いなんだろ?なら関係ないんじゃないの?」
怠そうに返す言葉は、いつものようにトゲが無くて優しささえ感じられた。

「俺は臨也が好きだ。」
丁寧に、今までの感情を全て吐き出すように喉を震わせた。
「ふふっ、そういう冗談は止めてほしいなぁー」
「冗談じゃない。本気だ。」
そう言うと、俺の本心を覗き込むように、臨也がその赤い目をこちらに向けた。
少し開きかけた唇に、大きく胸が高鳴る。

「好きだよ」
何でもないかのように零れ出したその音は、心臓を激しく動かした。

「ずっと好きだった。シズちゃんだけが好きだった。他に何も要らないくらいにね。」
確かに、目の前に臨也は存在している、そして俺が欲した言葉を発する。臨也の目は至って真剣で、現実と勘違いしてしまいそうだった。新羅の言う通り薬が長く効かないとしたら、夜明け前には終わってしまう夢なのだろう。そう思うと、泣きたくなる位に辛かった。ずっと見ていたい、触れていたい。いつもと違って優しい言葉を紡ぐ声を、ずっと聞いていたい。だけど。

頬に触れて体温を確認するかのように、何度も親指を行き来させる。
「くすぐったいよシズちゃん」
「臨也」
「ん?…っふ」
されるがままになってる臨也をいいことに、唇を奪った。
半開きの口に舌を差し入れ、口内を犯す。歯の裏側、舌の裏、上顎、余すところ無く味わい、舌を吸う。
すると背中に腕を回された。
その行為に一気に熱が上がってきた。臨也の上に馬乗りになり、更に深く舌を絡める。
臨也の唇に触れている、臨也の頬に触れている、臨也の腕が背中に回っている。その事実だけで嬉し過ぎて死にそうだった。実際、こんな時間が終わってしまうのなら、今ここで死んでしまいたい。
柔らかいそこから口を離すのは惜しかったが、自分の息を整えるために一度キスを止めた。

「はっ、嘘みたいだね、シズちゃんとキスするなんて。夢みたいだ。」
至近距離で見つめた目は、今まで見たことの無い色をしていた。まるで、泣き出しそうな、そんな危うさがあった。
夢みたいだ、なんてこっちのセリフだ。いつ醒めるか分からない熱に侵され、解放されることを恐れている。今の状態の臨也から出たその言葉は、俺にとっては残酷な響きでしかない。

「でも、覚めない夢じゃないと嫌だ。むしろ夢じゃなかったらいい。」
涙を浮かべながら、まるで何かに懇願するように言葉を漏らす臨也に、あぁ、そうだな、夢じゃなかったらいいのにな。と、返事をした。


「んっ、は、…あ」
腰を打ち付ける度に聞こえる声に、さらに煽られる。
無我夢中でキスをして、欲望の赴くままに奥を突き上げた。握られた両手に爪が食い込む。
自分の下で乱れる臨也は、恐ろしく妖艶だった。荒く息をしながら、自然と漏れる嬌声を飲み込むように喘ぐその姿は、目に焼き付いて消えてくれそうにない。

まるで麻薬だ。こんな思いをして、一度で終わらせられる自信なんて無かった。新羅はまたあの薬をくれるだろうか、という疑問の答えを出そうとした途端、急激な締め付けに頭が真っ白になって欲がはじけた。白濁と一緒に、その結論は何処かに消えていった。






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