男に生まれてよかった、と思う。女の体じゃいくら努力したところで化け物に立ち向かうには限度がある。それに、俺が女だったら、アイツはきっと俺と命を賭けた喧嘩なんかしなかった。

女に生まれたかったのかもしれない、と思う。男の体じゃ男を暖かく包むことはできない。女じゃない俺は、男のトクベツにもなれない。

人間は、俺は、いつまで経っても不完全なままだ。

「世界は矛盾でできているよね。相反する思想や出来事が折り重なって複雑に絡み合ってできてる。ああ!!セルティ!!そんな世界で出会えた君と僕はまさに連理の枝うぼぁ」
「はいはいはい、そーだねぇ」
「いくらなんでも足踏むことないじゃないか!!」
「ん?踏んでた?ごめんね、新羅」
もちろんわざとに決まっているが、営業スマイルで謝っておいた。人の真面目(笑)で生真面目(笑)で大真面目(笑)な人生の相談をしているところにあの首無しの話を持ってくるこの馬鹿眼鏡をどうやってすりつぶしてやろうか、と考え出すと半笑いで謝ってきた。

「いや、ごめん、臨也から相談を受けるなんてね。人に弱みを見せない君がどうしたって言うんだい?」
「…シズちゃんが、」
「ん?静雄くんが?」
「…一昨日さ、喧嘩してるときに油断してたらさぁ、ビルの壁に投げ飛ばされて、受け身は取ったけどやっぱり痛いわけでちょっと道にへたりこんでしまって、それで、頭突き紛いなことをされて、おでこ同士を引っ付けて言い合いして、そこから、キ…、いや、その」
珍しくしどろもどろと話す俺だが、新羅はどうでもよさそうな顔をしていた。たぶん首無しのこと考えている。無性に面倒くさくなって、躊躇っていた一言を吐いた。

「キス。」
「は!?え!?なんだと!?なんだってーーー!?」
「じゃ、そういうわけだから」
頭を抱えて先ほどまでの落ち着き払った変態顔はどこへやったのか騒ぎだした。でも、今の言葉には語弊があるかもしれない。俺からキスしたのだ。額と額を押しつけあって言い合いなんてそうそうあったわけでも無かったが、無かったわけでもなかった。ただ、一昨日に限って魔が差したのだ。
その感触を思い出しては、頭を抱える。長年、俺の中でのタブーだったものを一時の気の迷いで破ってしまったのだから。

男が男に対して恋心なんて気色悪い言葉を使いたくはないし、彼に対する気持ちがそんなくだらないものだとは思いたくなかった。でも、いつだって触れたかった。俺の、俺だけの平和島静雄でいて欲しかった。あの怪力が羨ましかった。学生の頃からずっとそう考えていた。こんな訳の分からない感情なんてどうすればいいか分からなかった俺は、俺の心を乱すもを殺しにかかるという恐るべき原因療法に乗り出してしまったわけだが。

「キス…ねぇ」
俺の腰あたりにしがみついてわけのわからない言葉(たぶんドイツ語。そしておそらく医療用語)を叫んだ新羅をなんとか振り払って、帰路についた。でもまさか、俺の中の『触れたい』という欲求がまさかキスなんかで満たされるとは思わなかった。俺が求めていた化け物との触れあいというのは…。ん?なんだったのだろうか。シズちゃんへの思いのなんたるかを掘り返す度に思い出すのは、あのキスの感触だけ。あとはおまけの「唇薄いな」の一言。あの馬鹿は唇が触れあったのをいいことに一通り俺の唇を弄びたおした。舌が入ってこなかったのが幸いだった。なんでキスなんかしたんだろう。なんで俺の唇は薄いのだろう。何で俺の体はどこもかしこも薄っぺらいのだろう。もしも女だったら。ああ、やめだ、ちがう、俺のこの気持ちは恋なんかじゃなくて、だから女に嫉妬する必要もなくて、別に無条件に男を愛すことができる資格が羨ましいなんかでもない。…きっと。

「ただいま、波江さん」
「あら、おかえり。どこをほっつき歩いていたのかしら?携帯が繋がらないって苦情があったわよ」
「今対応するよ」
有能な部下が出してくれたコーヒーの苦さに顔をしかめつつ、いわれた件等、やるべき仕事に目を通す。

「…波江さんはさぁ、女で良かったと思ってる?」
「なによ、突然」
「単なるアンケートだよ、アンケート」
「…良かったと思っているわ。」
「なんで?弟くんが男だから?」
「ええ。誠二が男なんだから私が女であることはメリットにはなってもデメリットにはならないわね。」
「もし、波江さんが男だったら弟くんへの愛情は変わる?」
「変わらないわね。でも誠二がホモセクシュアルでもない限り女のほうがいいわ。同姓に愛を求めるなんて自分から沈むと分かってる船に乗って月に向かうようなものよ。愚かしいわね。まぁ、私はそれでも誠二を愛するけど」
「へぇー…」


新羅に呼ばれたのは次の日のことだった。
「君は男の娘になりたいんだね」
「はい?俺は男の子ですけど?」
「違う。こう書くんだよ。」
メモに走り書きされた文字の意味不明さに口を半分開けて固まってしまった。俺自慢の眉目秀麗も台無しである。新羅は頭をついにやられてしまったのか。ご愁傷様だなぁ。

「俺は本気だからね。君は性機能的にも完璧になりたい、と言った。僕は君の願望を叶えてあげようと思う」
「いやちょっと待て、誰がそんなこと言った?」
「昨日の君の悩みを足して引いて二乗して割り出した結果だよ。」
「ダメだこいつ、はやくなんとかしないと…」
「というわけで、注射するよー」
「まて!俺はなにも!」
「はい、終わった。なにかあったらまたきてねー」
不気味な色をした液体をにこやかに俺の腕に流し込んだ新羅は最後までにこやかに俺を部屋から追い出した。
俺は新羅に話すべきじゃなかった。曲解だけならまだしも、その曲解をこねくり回して訳の分からない答えを導き出して未知の液体を俺に投入しやがった。…もし、新羅の言うとおり「男の娘」なんてことになったら俺はどうすればいいんだ。男でも女でもない中間者なんて化け物みたいなものだ。あ、それじゃあシズちゃんとお揃いだ。乾いた笑いが口から漏れ出た。だが、笑い事じゃないし、これはお揃いとかの問題じゃない。波江の言う沈む予定の船から、泥の船に乗船変更だ。

「…シズちゃん」
こんな非常事態になってシズちゃんのことを考えてしまうのだから、やっぱり俺は恋なんて愚かな気持ちをもっているのかもしれない。でも、もうダメだ。薬がどうとか関係なくて、あのキスで終わりだ。ジエンドだ。思い出せ折原臨也、あの時のシズちゃんはどんな顔をしていた?嫌悪?そう、たぶんそれだ。だって俺はノミ蟲で、もやしで、クソ野郎で、男で、ああもう、なんだって俺は男なんだ!俺は、シズちゃんを好きでいてもいい無条件な権利が欲しい。俺は、仮初めでもシズちゃんを抱きしめてもいいと思える体の丸みが欲しかった。シズちゃんを受け止められる構造が欲しかった。

「おいノミ蟲」
後ろからかけられた体に身が強ばる。なんでだ、ここはもう新宿だっていうのに。

「なっ、なにかな…」
「話がある。家いかせろ」
「断る」
頭がガンガンする。脳味噌がカオス状態だ。こういうときは逃げるに限る。そう思って走り出すと、案の定シズちゃんも追いかけてきた。俺の調子が悪いのか、シズちゃんの調子がいいのか、我が家のエレベーターに乗り込むときにはシズちゃんにフードを捕まれていた。

「ピョンピョンにげんな」
「…」
俺が抵抗しないのを良いことに勝手に俺の部屋の階を押して、なに食わぬ顔をしている。

「今日は俺、なにもしてないよ」
「知ってる」
「池袋行ってないよ」
「そうだな」
「…部屋、散らかってる」
「気にしねえ」
「眠たい」
「眠眠打破とか飲め」
「来て欲しくない」
「知ったことか」
静かなシズちゃんと大人しい俺でささやかな争いを繰り広げていると、非情なことにエレベーターは到着を意味する軽い音を鳴らした。もう夜の9時だ。波江はいない。どうやってこの状況から逃げ出せばいいんだ。

「鍵だせ」
「やだ、シネ」
扉に手をかけたシズちゃんを見て、目の前でドアノブが曲がることを恐れた俺は鍵を差し出した。そしてシズちゃんの手で俺の家の扉がきちんと開かれるなんて非日常を目の当たりにした。

「入るぞ」
ここまできたら入るもクソもあるか。確認は不要だろ。今ので帰ったらシズちゃんはわざわざ俺の家の扉を開くためだけにきたことになる。なんだそれ、シュールすぎる。ぼんやりそんなことを考えていたら手を引かれて中に入ってしまった。勢いのままシズちゃんの胸板にぶつかり、離れようとすると比喩表現ではなく、本当に力強く腕を握られた。痛い。なんだよ、と上を向くと不機嫌そうな顔が俺を見ていた。






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