「なんで、キスした」
「わーお、単刀直入」
「答えろ」
「答えろって…あのね、あれは、ええと、事故…そう!事故なんだ。偶然が重なった現象だ」
「嘘付け」
一刀両断された。俺は攻め方を変えることにした。

「シズちゃんだって、ノリノリだっただろ。むしろ俺より積極的だったね。なんでだよ」
これは事実だ。どうせ物は試しだ、とか思っちゃったのだろうけど。
「テメェの口が思ったより柔らかくて、目を閉じた顔が馬鹿面でおもしろかったからだ。言ったぞ。さぁ、吐け」
至極真面目な顔で俺に俺だって分かっていないことを答えろと要求する。柔らかいという単語と馬鹿面という言葉を頭の中の辞書で改めて調べ直すことで現実逃避でもしようかと思ったのだが、背中を壁に押しつけられたことでそんな姑息な逃避は通用しなくなった。

「言え」
「俺だってわからない」
「そんなの許さねぇぞ。ムカつくが頭だけは良いんだから今思ってること話せ。」
「いやだよ」
首を振って睨みつけると、シズちゃんの顔が近づいてきた。ああ、また頭突き?衝撃に備えて目をキツく瞑るとぶつかってきたのはまさかの唇だった。

「し…ずちゃ…!!」
「黙れ」
前と同じように、隙間を割入るように舐めたり、唇を丸ごとはまれたり、甘噛みされたり、もうわけが分からなかった。なにも考えたくなかった。解放されて、壁伝いにずるずると崩れ落ちる俺に、わざわざしゃがみ込んで目をあわせてきて、シズちゃんはこんなことを言い放った。

「思い出したか?」
俺の心の中の、何かがパリーンと壊れたような気がした。

「思い出したか?だって?何を言ってるんだよこの野郎!思い出すも何も、俺はちゃんと覚えてたし、泣きそうなくらい嬉しくて、殺したくなる位悲しくて、君が俺に適当な気持ちでキスを返したのだって分かってたし、実験的なキスだって気兼ね無くできるのだって今ので分かったし、俺はやっぱりノミ蟲で、君にしたらノミがすみついている布団にキスしたのと同じくらい軽い気持ちでキスしてて、対して俺はもう夢も現もわからないくらい動揺してる。それでも俺は男だから土俵にさえ上れなくて、女だったらいいな、と思ったけど無理で、俺は、」
「もういい、黙れ」
その黙れがいつもと違って優しい音を帯びていたことに俺は安心した。我ながら自分の口からこんなに支離滅裂なことが飛び出すとは思っていなかった。新羅のやつ、嘘ついて性別変えるのとは別の変な薬入れやがったな。じゃなければ、

「そんなに泣くな」
俺は泣かない。泣きそうという言葉は比喩の域を出ないし、泣くという行為はおれにとって無縁なものだった。だから、これは強がりとかじゃなくて本当に"俺"が泣いているのではない。

「これは、新羅のせいだ。俺は泣かない」
「さいですか」
「嘘じゃないって。ねぇ、シズちゃん」
「なんだ」
「無かったことにしよう。今のも前のも。それでいつもどおり喧嘩しよう。」
「却下」
「なんで」
「嫌いじゃないから」
どういうことだ、それは。

「俺は、唇は薄っぺらいし、女じゃないし、男同士でキスなんかしても後ろめたい思いしか残らないんだから忘れよう。悪くない話だ」
「じゃあ、テメェは俺にキスした理由も忘れるのか」
それはつまり俺がシズちゃんに執着する気持ちを忘れると言うことだろうか。無理だな、とボソリと呟いた。今、それを忘れたら俺の今までが水泡に帰すということだ。…でもそれもいいかもしれない。そうしたらシズちゃんに喧嘩をふっかける意味もなくなって、シズちゃんに会うことも無くなって楽になることだ。それは哀しいのかもしれない。でもきっと凄く楽だ。

「忘れる。全部忘れるよ。」
「あ?無理だって言ったところだろ」
「もういいんだ。俺は男だし、どうあがいても無理なら今忘れる。だから帰れ」
ぼろぼろと流れる涙はなかなかいい演出だ。キスしてからシズちゃんの目をまともに見たのは初めてで、視界が濁って見えないが息を飲む気配が感じられた。

「俺はキスしたこと、忘れねぇからな」
「は?」
「あと唇薄いのは女とか男とか関係ねーからな。どういうつもりかしらねぇが性別をやけに気にしてるけど、何か意味あんのか」
「あるだろ。少なくとも男が男に好きなんて感情を向けるべきじゃないし、気持ち悪い。摂理に反してる」
「女だったらいいのか」
女だったら。こんな回りくどい感情は持たずに済んだだろうか。自分を疑って偽ることも無かっただろうか。…素直に、好きだって言えただろうか。

「女…がよかった」
キスされてからずっと流れ続けていた涙だったが、初めて自分の涙を流した気がした。俺の背中に回った腕の暖かみは俺の心をさらに揺さぶった。

「あのな、俺は折原臨也が男だろうと女だろうと関係ないと思うぞ。ウゼェことに変わりはないし、ひょろひょろなのも変わらないだろうな。なのにお前は全部性別のせいにして逃げるのか」
「逃げるよ。だって、」
好きだから、という言葉は飲み込んだ。二度と出てこないようにと唇を噛みしめた。それを見たシズちゃんは苛立たしそうに舌打ちをした。

「俺だって、お前が男なら女のほうが良かった。」
だからウダウダ言ってるんじゃねーよ。

どういうことだよそれ。と思うと同時に波江の例え話を思い出して笑った。ああ、二人して沈む船に乗ってたのか。届くはずもない月を目指して。じゃあ、相乗りするのも、別々に乗るのも大差ないなぁ、と思って俺はまた笑った。




「どうだった?効いたかい?私お手製の眠眠打破と催涙財の注射は」
「眼鏡割るぞ」







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女になりたいけどなんだかはちゃめちゃな臨也と気にしない男前なシズちゃんと意味なくひっかきまわす新羅(友情出演かつオチ担)
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