王子は涙を奪われた | ナノ



ツバメは恋した

三連休中の毛利探偵事務所と言えば、一人は珍しく仕事が忙しくなり、一人は部活の強化練習で学校に入り浸り、一人は学校の課題のため家をあけることが多く、なかなか三人揃って食事をすることが出来なかった。そのため今日、この休み明けでようやく三人が揃うことができたのだ。
連休中のコナンは、小五郎、蘭が家になかなか帰ってこないため、食事の面は阿笠博士の家か昴の元でお世話になる、と二人に説明していた。当然蘭は二つの家にそれぞれ礼の電話を入れていたが、その実、ほとんど課題のため昴に付きっきりで、阿笠博士にも口裏を合わせてもらっていた。
昴の元に付きっきりなため食事、特に昼食と夕食は昴に振る舞われていた(なぜか昴には役得だと大変良い笑顔で言われた)。コナンは本当に今回のことで昴には頭が上がらないと現在実家に居候中の彼を思った。

「そういえばコナンくん、昴さんのところにずっといたようだけど、あの参観日の宿題は終わった?」
「え? あーうん、なんとかね。 書きたいことがいっぱいあってなかなかまとめられなくてー」

嘘だ。蘭に言われて今咄嗟に思い付いた言い訳をすれば、蘭は そうなんだ、大変だったんだね、と納得してくれたようだ。
なんでも書いて良いとは言われているが、なんでも良い、というのが逆に難しい。夕食のリクエストに、何でも良いと答えられる一般家庭のお母さんの気持ちと同じだ。
さらに困ったことに、今回は書けることと書けないことの境界線が難しかったりする。身体的なことはNG。過去の経歴も“沖矢昴”という男は存在していなかった為、これ以上捏造するのはさすがに収拾がつかなくなってしまうだろう。少年探偵団には沖矢昴のイメージを崩さず、哀には“彼”の存在を気取られないよう注意をして。
そしてー、とそこまでやっていると、連休二日目のコナンの脳裏に あれ、なんで俺ここまでして昴さんのことを考えてるんだ、という考えがよぎった。コナンも昴を課題の対象とすると決めた当初、幾分か冷静ではなかったのである。
だが一度考えたことである上、連休もあと一日しか残っていなかったこともあり、別の人へ新たに協力してもらうのは難しい。というよりも面倒だ。そこでコナンは漸く腹をくくったのである。
そして連休三日目の夜なんとか書けることを多少誤魔化しながら完成させ、どうにかこうにか今日の学校で提出したのだ。
因みに課題が出来上がった頃は時間も遅く、外はもう暗かった。小学生一人で外を歩かせるわけにはいかないと、昴の提案で夕食をご馳走になった後、毛利探偵事務所まで車で送ってもらった。まさに至れり尽くせりである。閑話休題。

「へえ、どんなこと書いたの? 気になるなぁ」
「んーと、昴さんは東都大学工学部の博士課程の大学院生ってこと。あ、大学院で何をしてるかは僕にはよく分からなかったんだけど、」

ということにしておいた。
子供にとってよくわからない、ということほど便利な手はないと、コナンは今子供であることに感謝した。だがそもそも子供でなければこんな課題を課されることはない、というのを忘れてしまっている時点で、かなりこの生活に浸ってしまっているようだ。

「他には?」
「シャーロック・ホームズが好きで、すごーく頭がよくって、推理するのも好きなんだって。一緒にそういう推理小説の事とかよくお話しして楽しいってこと。 料理もとっても上手で、だけどよく作りすぎちゃって阿笠博士のお家におすそわけにいってるってこと。あ、この前僕にレモンパイを作ってくれて、それがすごく美味しかった!ってこと。 それから、少年探偵団が危なくなったときとか、僕が誘拐されそうになったときとか助けに来てくれて、歩美ちゃんが危なかったときも犯人に物怖じせずに向かっていってたし、そういう正義感とか勇気のあるとことか」

そこまで話してコナンは はっ、と我に返った。
いくらなんでもベラベラと。夢中になって話しすぎてしまった、とコナンは後悔した。なぜここまで夢中になってしまったのか、と考えても後の祭。
蘭がどのような顔をしているのか気になり、そちらを見遣る。
絶対に困った顔をしているのだろうな、と思ったのだが、なぜか、本当に不思議なことに、彼女はとても優しい目でコナンを見ていた。

「コナンくん、昴さんのことがとっても好きなのね」
「えっ?」

突然のことに声が裏返った。
そりゃ嫌いなわけがないし、どちらかと言われれば、いや、どちらかと言わなくても好きだ。だが蘭の言葉をそのまま肯定するには何故か気が引けた。だからといってそんなことはない、と否定するのも恋愛話の好きな女の子のことだ、変に詮索されてしまうだろう。
と、そこまで考えてコナンの思考が一時停止した。
あれ、今俺なんで恋愛話って思ったんだ?と。

「あ、あれ……?」
「どうしたの、コナンくん?」
「蘭姉ちゃん、僕」
「おいお前ら、んな話してねぇで、さっさと飯食っちまえよ」

小五郎がそう言うと蘭は渋々といったように はぁい、と軽く返した。
一方コナンは、続けようとした言葉を遮られ、かといって話を続ける程の勇気も出ず、おずおずと開きかけていたその口を閉じた。

***

「首尾の方は」

昴の声に、コナンは自身の手元から目を離さず静かに親指をたてた。
昨日の参観日に、昴は来なかった。
参観日のさらに前日、昴から突然教授に呼び出されてしまったと事務所に連絡があった。電話越しに何度も謝っている様子の昴に応答していた蘭も困惑していたが、コナンも悪いことをした、と心の中で昴に何度も謝ったのだ。蘭に 残念だね、と不憫そうに言われ、コナンは更に罪悪感を感じてしまったが。その後、すぐにコナンは実家に連絡をして何度も礼を言った。
参観日当日は少年探偵団には残念そうにされた。哀には全て見透かされたような笑みを浮かべられたのだが、まあ些細なことだ。
コナンのその様子を見て昴は そうですか、と笑った。
書斎に再び静寂が戻る。残るのは二つのページをめくる音だけだ。

「……ありがとう昴さん」
「ええ」

コナンは活字から目を離さずに言った。
穏やかな時間だ。だが、コナンは心中穏やかとは言えなかった。
本をペラペラとめくってはいるが、なかなか内容が頭に入ってこない。普段ならこれほど苦労することはない。コナンにとってそれほど面白い内容ではないのも原因かもしれないが。
そう思おうとしてもやはり気になるのだ。

「昴さん」
「はい」
「そんなに見られると気になっちゃうんだけど」
「おや、バレていましたか」

全く悪気のない声がそう言う。視線が気になって内容か頭に入らない、というのは言い訳かもしれないが、視線が気になるということは事実だ。
コナンは あからさまに見てたのによく言うよ、と唇を突き出し、音を立てて大袈裟に本を閉じた。そして本棚の元あった場所に押し込むと、ソファの、昴の横に陣取り用意されていたコーヒーに口を付けた。コーヒーの香ばしい香りが鼻をかすめる。

「ところでコナンくん、一緒に夕食でもいかがですか?」
「うん、呼ばれるよ。昴さんの料理おいしいし。 あ、じゃあ後で蘭姉ちゃんに電話しておかなきゃ」
「それなら僕が連絡しましょう。誘ったのは僕ですから」

いつの間にか読書をやめてしまったらしい昴がコナンの頭を撫でた。そのまま 何が食べたいですか、と楽しそうに言った。にっこりと微笑む昴の表情からその意図は読み取れない。
コナンは少しだけ考え 何でもいい、と答えようとしたが、やめた。

「……コンフィ」

ぽつりとこぼした。

「キッシュ、ココット、ムニエル、ガレット、マリネ、ラタトゥイユ」
「……はぁ」

昴はコナンの頭においている逆の手を顎に添え、少し考えた。

「つまり、フレンチが食べたいってことですか?」

聞かれたコナンが当然のように頷く姿を見て、昴は愛しそうに指先でコナンの髪を弄りながら そうですか、と笑った。
何でも良いと言うと思ったのですが、と昴が聞くとコナンは目を細めて そう言うつもりだったよ、と素直に肯定した。

「本当に何でも作ってくれそうだから、わがまま言ってみたくて」
「わがまま、ですか」
「うん、たまには良いでしょ」
「たまに、でもないですよ」

思ってもみなかった返答にコナンは驚き えっ、と口を開くと、その反応は予想通りなのか昴は口の端をつり上げた。

「君はわがままだらけだ」
「……」
「誰も傷つかないことを、万人の幸せを願う。自分のことなど省みず。 まるで童話の中の彼のように」

追い討ちをかけるようにそう言う。いつの間にか昴の口元から笑みは消えていた。
突然の事に呆気にとられた。少し経って漸くコナンが昴を、やっとの思いで弱々しい声で呼ぶと、彼の表情にはすぐに柔らかい笑みが戻った。

「さて、ではフレンチのフルコースを振る舞いましょう」

得意気に笑う昴はそれと対照的に、名残惜しそうにコナンの髪を弄っていた手を離し、立ち上がった。少し買い物をして来ます。そう言って昴は書斎から出ていった。
コナンはしばらく昴の出ていった扉を見つめた後、昴に弄られた髪を人差し指でくるくると巻いた。

***

「おいしい」
「それはそれは」

フランス料理のフルコースというのは二人で食事を進めるのには向かないようだ。次々と皿が運ばれるものだが、二人しか居ないとなると話ながらの食事は難しい。
仕方なしに最初から前菜やメインなど、全てを出してしまう方が楽だと判断した。その結果、テーブルの上は何皿にもなる料理で覆いつくされていた。
最後にデザートまで頂いて、コナンは満足そうに言った。

「ご馳走さまでした」
「お粗末さまでした」

手を合わせ言うと、コナンは片付けをするべく目の前の食器を手に取った。するとその食器がひょい、と宙に浮いた。

「昴さん?」
「コナンくんは本でも読んでくつろいでいてください。 片付けてしまいますから」
「手伝うよ」
「僕がしたいんですが、だめですか?」
「じゃあ僕、手伝いたいな」

だめ?と昴を見上げると、参ったと言わんばかりに昴は小さい溜め息付きで(それでも笑顔は崩さずに)食器をコナンの手の中に戻した。

「じゃあ、お願いしますね」
「はーい」

にこやかに返事をし、コナンは椅子から降り、せっせと自分の使用したものを運び始めた。

「……恋人みたいですね」
「え?」

昴の横を通りすぎた辺りで聞こえたその声に振り返ると、そこには息がかかりそうな程近くに昴がいた。いや、正確には昴ではない。いつもの細められた目ではなく、あの目付きの悪く隈の出来た、殺された彼の目が、コナンを捕らえて離さなかった。
呆気にとられていると、その目はすっと閉じ、気付けばそれはいつのも昴のものとなっていた。

「いえ、なんでもありません」

そう言いながら上機嫌な彼は、心臓が早く脈打つコナンの横を悠々と通りすぎ、流しの中へ使用済みの二人分の食器類を入れてしまった。

「え? ……あ!」

声をあげたときにはコナンの手の中は空っぽだった。出し抜かれた!と一人悔しがるコナンを余所に、昴は笑顔を崩さずコナンの方へ振り返り、再び目線を合わせた。

「今日は僕の勝ちですね」
「か、勝ち?! なんの勝負なの、それにこんなのっ」
「不意討ちも立派な作戦の一つなんですよ、コナンくん」

残念でしたね、とコナンの言葉を遮り満足げに笑う。それでもすぐに言い返そうとよく切れる頭を回転させようとするコナンに昴は それに、と昴は付け足した。

「そのトマトのように赤くなった顔を冷ます方が先ではないですか?」

コナンは驚きすぐに自分の頬に両手を宛がった。
沸騰していると錯覚するほど熱くなった頬にコナンは目を丸くした。そして宛がった両手を、今度は顔を隠すように覆い、一目散に逃げ出した。

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