朝ごはんを教えて下さい


「だ、大丈夫です!ちょっと待てばまたすぐ来るので…」

そう言いながら停留所の時刻表を見る。
次にバスが来るのは19時7分。
現在時刻は18時20分。
…ちょっとではないかなぁ。

「…朝食」

肩を落としていると牛島さんが口を開いた。

「今日は覚えている」
「!ありがとうございます!」

鞄の外ポケットから新調したメモ帳とボールペンを取り出す。

「ピーマンの肉詰めとひじきのおから炒め、じゃがいものきんぴら、納豆、蒸し鶏のサラダ、玉ねぎの味噌汁と雑穀パンだ」

いつも通りメモっていて最後「ん?」と思う。

「…パン、珍しいですね」

そのおかずだと絶対ご飯の方が合うのに。
というかパン、食べるんだ…と失礼なことを思ってしまった。

「お前が絶対そう言うだろうから試しにパンにしてみろと天童が勝手に皿に乗せてきた」
「…天童さん…」

色々見透かされていて恥ずかしい。
そして完全に面白がられている。
まぁ体にいいよね雑穀…と思いながら言われた通り献立をメモした。新しいノートの記念すべき1ページ目に初めてパンを記入出来ることを喜ぼう。例え天童さんの差し金でも。

「ありがとうございます。私バスが来るまで適当に時間潰すので…」
「そうか」

牛島さんはそう言ったけど、校門には向かわなかった。

「……あ、あの…か、帰らなくて大丈夫ですか…?もう暗いし、その、練習帰りでお疲れでしょうし…寮の門限とか…」
「寮には届けを出している」
「あ、なるほど…」

納得したけど納得してない。

(………い、居てくれるのかな…バス来るまで…)

などと思い違いをしてしまいそうだ。
確かに随分陽が短くなったし、道路を挟んで向かいの歩道には「不審者注意!」の看板が立てられている。近くに小学校もあるからこの辺りは警察の見回りが強化されているけど、遅くまで部活をしている生徒のほとんどが寮生だから校門前の人通りは疎らだ。
わざわざ聞くのも恥ずかしいし違ったらもっと恥ずかしいし仮にそうだったとしても牛島さん程の人にそんなことをさせてしまうのは申し訳ないというかおこがましいというか…

「…あ、あの」

沈黙に耐えられなくなって自分から口を開く。

「昨日本屋さんで栄養士の専門書見つけて図書室で勉強してたんです。前に天童さんがそういう仕事向いてるって言ってくれたから…」
「そうか」

共通の話題を絞り出した渾身の世間話だったけど、牛島さんは相変わらず淡々と相槌を打ってくれた。

「その時牛島さんに「それはお前の役に立っているのか」って聞かれたこと思い出したんです。勉強しながらずっと考えてたんですけど、長い名前の栄養素とか覚えても今の私には全然役には立たないなって思って…でも、不思議とそれを勉強するのは苦じゃないっていうか…いずれそれを役に立てたい人の役に立てば同じなのかなって」

思ったことをつらつらと言葉にしていたら自分が何を言いたいのか分からなくなってきた。きっと牛島さんは100%興味がないことだろうし、どうでもいいことだと思う。

「す、すいません…言いたいことがごちゃごちゃになりました」
「…その時俺が言ったことを気に病んでいるなら謝るが」

牛島さんがそう言うから慌てて「そんなことは!」と言おうとしたけど、牛島さんは続けて口を開く。

「他人の役に立つことがお前の役に立つことと同義なのかは分からないが、お前がその在り方を良しとしたならそれは間違いではないんだろう」

不思議な気持ちになった。
目の前のこの人は、自分の親でも兄弟でも、先生でも恋人でもないのに、この人にそう言われただけで「ああそうか」「そうなんだ」「そうだよね」と思ってしまう。この人に自分の考えを肯定されただけで何でも出来るような気がした。この人は、そういう力を持った人なんだ。

「…ありがとう、ございます」
「?いや」

言いたいことは沢山あったのに、下唇を噛み締めてお礼を言うのが精一杯だった。牛島さんは何に対して礼を言われたのか分からない様子だ。きっと、この少ない言葉に影響された人は多いんだろう。牛島さん自身が全くそれを意識していなくても。

「…あ。バス」

離れたところにバスのヘッドライトが見えた。あっという間の時間だった気がする。

「バス、来るまで居て下さってありがとうございました。お話出来て嬉しかったです。一方的に話聞いて貰ってすいません」
「いや」

バスが近づいてくると牛島さんはスポーツバッグを背負い直した。私も脇に抱えていたコートを着て乗る支度をする。

「ではまた。おやすみなさい」
「ああ」

頭を下げると牛島さんは軽く頷いて、停車するバスと入れ違いに停留所を離れて行った。私はバスの一番後の席に座って牛島さんの後ろ姿を見送る。
嬉しくて嬉しくて、口元が緩むのを堪えるのに必死だった。




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