朝ごはんを教えて下さい
「…冷えてきたなぁ」
授業が終わり、いつも通り体育館へ続く外廊下の側で牛島さんを待っていた。
昼休みに「探しますので!」と言ったけど、ここへ来る途中五色くんに会えて今日は部活に顔を出すことを聞けた。以前天童さんが言っていた1年生の強化合宿が始まったらしい。
さっき第二体育館に他校の人たち入っていくのが見えたけど、皆でっかくて怖かった。牛島さんよりでっかい人とかいた。
(…そういえば後からちっちゃい人入ってったなぁ。私と同じくらいかな?)
素人だと何のスポーツでも大きい方が有利だと思ってしまうけど、代表合宿に呼ばれるくらいなのだからきっと凄く上手い人なんだろう。なんかめっちゃ飛ぶとか。めっちゃ速いとか。
自販機で買ったホットココアを飲み終えようかという時、体育館のドアが開く音がした。
賑やかな声がして、真っ先に天童さんが飛び出してくる。
「おっ、いたいた!若利くーん!記録係いるよー!」
天童さんは私の姿を確認するなり体育館を振り返って牛島さんに向かって声をかける。思わずローファーのまま外廊下に上がって天童さんに駆け寄った。
「でっ、出てきてからでいいですから!あと大声で記録係って呼ぶのやめて下さい…!!」
「?何で?あと土足」
悪びれる様子もなく天童さんはこてんと首を傾げる。鷲匠先生とかに怒られたくないので渋々足を引っ込めて外に戻った。
「牛島さんに傘返しに言ったら他の先輩にまで記録係って言われて恥ずかしかったんです!」
「あ、傘返しておいてくれたんだ。だって記録係は記録係じゃん。柿田ーって呼べばいいの?」
「そういう問題では……ってあれ…?天童さんなんで私の名字知って……」
「え?若利くんから聞いた」
「え!?う、牛島さんが!?何で!?」
「最初に朝飯聞きに来た時に名乗ったんでしょ?」
記録係という呼び名でも十分恥ずかしいのに噂が広がって個人情報特定されたのかと思った。数ヶ月前の記憶を引っ張り出して牛島さんに初めて会いに行った時のことを思い出す。緊張していてよく覚えていないけど、名前も知らない奴に朝ごはんは教えてくれないだろうなと思って名乗った気がする。名乗った気はするけど…
(…覚えて貰えてるとは……思ってなかった)
「ずっと居たのか」
天童さんではない低い声が聞こえて我に返る。
いつの間にか牛島さんは体育館から出てきていた。
「は、はい!あ、いいえ!!たまに中入って飲み物買ったり友達と話したりしてました!あの、今日はカイロ貼って来たし!手袋もしてるので!冷えてません!!」
別に心配されたわけじゃないのに聞かれていないことまで答えてしまった。牛島さんはそう言った私の手元をじっと見つめている。
「穴が空いているが大丈夫なのか」
「えっ」
それを聞きた瞬間、隣にいた天童さんがブフォッと吹き出した。
「…若利くん…それ、そういうデザイン……」
「そうか」
お腹を抑えてぷるぷるしている天童さんの横で牛島さんは顔色一つ変えずに頷く。
ダメージジーンズを見たおじいちゃんに「膝に穴空いてるぞ」と言われたことがあるのを思い出した。
私も笑ってしまいそうだったけど表情筋をフル稼働させて真顔を保った。絶対に笑うわけにはいかない。
「鱈のホイル焼き、切り干し大根、南瓜の煮物、きゅうりとささみのサラダ、キャベツと油揚げの味噌汁だ」
そんなことを気にもせず、牛島さんはいつものように朝ごはんを教えてくれた。
「ホイル焼きの具は!」
「梅しそと…」
「きのこも入ってた!アレ何?しめじ?」
「美味しそう…!鱈は味が淡白だから何でも合いますよね!今度作ってみます!」
ホイル焼きってバター醤油が定番だと思ってたけど梅しそも美味しそうだ。鱈のホイル焼きの横に「梅しそ・しめじ」と書き加えてぐるぐると丸で囲っておく。今日もバランス完璧、美味しそうな朝ごはんだ。
「ねぇねぇ記録係さ」
「はい」
せっせとメモを取っていると天童さんが横で反復横飛びをしながら声をかけてきた。メモするのに夢中で手を動かしながら返事をする。
「明日午前授業じゃん?午後ヒマ?」
「?多分暇ですけど…何ですか?」
予想外の質問をされて思わず顔を上げた。
「昼飯食べにいかない?」
「………………え?」
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