朝ごはんを教えて下さい
その日は朝から一日中悩んでいた。
これまで授業が終わってから部活が始まるまでの僅かな時間を狙って朝ごはんを聞きに行っていたけど、部活を引退してしまった牛島さんの放課後の行動パターンが全く読めない。
天童さんの話ではたまに部活に顔を出すこともあるみたいだけど、大学の練習に参加することもある。更に昨日のように自主トレの一環で走りに行くこともある。
学校の敷地内いるなら昇降口で根気よく待っていればそのうち会えるだろうけど、外に出てしまってはいつ帰ってくるのか分からない。
(…引退しても忙しいんだなぁ)
一瞬でも引退したらお話出来る時間が増えるかもしれないと思った自分を殴りたい。
授業も聞かず悶々と考えている間に6時限目が終わるチャイムが鳴ってしまった。
「五色くん!」
颯爽と教室を出ていこうとするクラスメイトを慌てて呼び止めた。
「牛島さん、今日部活に来る?」
「さぁ…聞いてないけど」
「そっか…どうしようかな…」
一かバチかにかけて体育館の側で待っていようか。
「教室行けば?」
「…いや、教室まで押しかけないというポリシーがあって」
「2・3年の先輩たちに知られててポリシーもクソもないと思うけど」
「えっ」
面倒くさそうな顔をする五色くんの言葉に血の気が引いた。
「迷惑かけてるって悪名がそんなに広がってるの…!?練習の邪魔だウゼェ消えろみたいな!?」
「いやそういうんじゃなく面白がって天童さんが言いふらしてた」
天童さん!!!!
こっちはあくまで大真面目なのですが!と頭を抱えたけど、そりゃああやって毎日聞きに行けば嫌でも覚えられるよなと思い直した。
「呼び止めてごめんね。頑張って」
「おう」
五色くんを見送って再び振り出しに戻る。
とりあえず校門近くにいようか。部活に顔を出しても外に走りに言っていても、寮に帰るなら1度は校門を通るはずだ。
「よし、カイロ貼った!あったかい飲み物買った!手袋も持ってきた!」
準備万端!と意気込んで昇降口に向かう。
「…………」
しかしその意気込みは昇降口に着いて3秒で消沈した。
「…めっちゃ雨……」
外は土砂降りの大雨だ。
「やだ、傘持ってきてないよ」
「だって降るとか聞いてないし。どうする?購買で傘買ってく?」
自分と同じように昇降口で立ち往生していた女子生徒が校内に引き返していく。ちら、と自分の鞄の中を覗き込んだ。運良く折り畳み傘が…
「…入ってるわけないよ。入れた覚えがないもん」
雪なら猛吹雪でもない限りは傘をささずにいられるけど、雨はそうもいかない。仕方ない、私も購買に傘買いに行こう。ローファーを脱いで再び上履きを履こうとすると
「おっ記録係!今帰り?」
少し離れた下駄箱からにゅっと顔が出てきて声をかけられた。天童さんだ。
「あ、はい。こんにちは」
「もしかして傘忘れた?購買めっちゃ混んでたよ」
「そうですよね…だって降るとか聞いてないし…」
先ほどの女子生徒と同じことを言ってしまった。だって今日は雨が降るなんて天気予報で言ってなかったし。
「じゃあハイこれ、貸したげる」
天童さんはそう言って開きかけていた折り畳み傘を差し出してきた。
「えっ!?い、いえ悪いのでいいです!」
思いがけない言葉に慌てて手と首を横に振った。っていうか天童さん折り畳み傘とか持つんだ…と失礼なことを思ってしまった。
「いいよ俺のじゃないし!」
「えっ」
天童さんはさらりととんでもないことを言い放つ。
「もしかしてパクっ…」
「若利くんに借りた」
「ああそれなら…ってもっと駄目じゃないですか!」
危うく納得するところだった。
「若利くん今日大学の方行ってるからさ。さっき廊下で会って傘ねぇな〜って言ったら貸してくれた。寮生なのに折り畳み持ってるの若利くんっポイよねー」
「そ、そうですけど…天童さんが借りたんだから天童さんが使わないと…っていうか天童さんが濡れるじゃないですか…!」
「俺は寮すぐだし!こうやって帰るから!」
天童さんはそう言ってブレザーを着たまま後ろ身頃をべろんとひっくり返して頭に被る。モモンガというかムササビというか新手の妖怪というか、中学の時クラスに必ず1人はこういうことしてる男子いたなぁと思った。
「で、でも…又借りされたら牛島さん怒るんじゃ…」
「全然知らない奴ならともかく俺が借りても記録係が借りても大差ないっしょ。じゃ俺帰るから!記録係代わりに若利くんに返しといて!」
「あっちょっ…!」
天童さんはそのままの格好で颯爽と昇降口を出ていった。開きかけの折り畳み傘を手に呆然と立ちすくむ。
「……カンタかな…」
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