車を停車させて小1時間
ようやく涙と鼻水が止まって落ち着いてきた。

「…ごめん、時間大丈夫…?」
「もう冬休みなので大丈夫です。部活も明日は午後からだし」

車内の時計は9時を過ぎていた。

「…あの、この際だから聞いておきたいんだけど……その……何で?」

恐る恐る聞いてみる。彼は一瞬目を見開いて、ばつが悪そうに顔を逸らした。

「……最初に謝っておきますけど、見ようと思って見たわけじゃないので」
「?うん」

何が?と続けて聞きたくなったけどとりあえず彼の話を聞くことにした。

「ネットとかアプリ開いたままスマホ放置するとロック解除した時放置する前に開いてた画面がそのまま出ますよね」
「?そうだね」
「…こないだ、柿田さんスマホ落としましたよね」
「うん、蛍くんが拾ってくれて助かっ…………」

そこまで言われてよくやく彼の言いたいことが分かった。そしてその日練習が始まるまで見ていたネットの検索内容も瞬時に思い出した。


「うわ、うわぁあああああああ!!!!!」


両手でハンドルを掴んで頭を叩きつけたらクラクションが鳴った。ご近所の方々ごめんなさい。

「きっ、気持ち悪い!私最高に気持ち悪い!!よりによってそれ本人に見られるとか最悪の極みじゃん!!何でロックかけてなかったの私!!!」
「ママさんバレーの人とか兄に見られるよりマシだったと思いますけど」
「そうだけど!!そうだけど無理!!!うわぁぁ無理!!!!」

ハンドルに突っ伏したままじたばたと地団駄を踏む。

「……だから、聞いたんです。すいませんでした」

そう言って謝られたらもう何も言えなくなってしまった。いやそもそもスマホ落とした挙句ロックかけていなかった自分が悪い。

「あのまま冗談で通されたら僕からそれ以上何か言うつもりはなかったんですけど、まさかブチ切れされるとは思わなかったので」
「…ごめん」

改めて大人気なかったなと思った。
ハンドルに上半身を預けたまま深いため息をつく。疲れた。どっと疲れた。

「………高校生と社会人って、会ったらどこ行くのかな」

思考回路がうまく働かないので、ぼんやりと思ったことをそのまま口に出した。

「さぁ…」
「どこ行きたい?」
「別にどこでも」
「そんなこと言ってると日帰りで東京までドライブだ!と言うぞ」
「東京は来月行くので東京以外でお願いします」

彼が淡々とそう言ったので思い出した。
そうか、来月にはもう春高が始まるんだ。

「……春高の前って、会えるかな…?」

ぼそりと呟いたら、彼は目を丸くしていた。
自分も我に返って慌てて上半身を起こす。

「ごめん違う!すごい調子に乗った!!部活あるし年末年始だよね!!!」

自分で言ったことが物凄く恥ずかしくなって首と手をぶんぶん横に降る。何なんだ自分。こうなった途端彼女気取りか。

「年末年始はさすがに部活ないので大丈夫ですけど」
「いやいや!初詣とか!行くだろ!?必勝祈願…!」
「…するように見えます?」
「…………見えない…」

高校生の時は特に意味もなく友達同士で集まって初詣に行った気がするけど、彼が神様に必勝をお願いする姿は想像出来なかった。

「……いや…特に用はないんだけど…春高観に行けるか分からないから…その、貴重なお休みの数時間私にくれると嬉しいというか……」
「何で冬休みのない社会人の方が謙ってるんですか」
「冬休みはないけど課題も大事な試合もないから!不用意に連れ出していいものなのか分からないの!!」

自分は最初から進学する気がなかったし、こう言ってはアレだけど部活もさほど厳しくなかったから休みは遊び歩いていた気がする。彼は「はぁ」と首を捻った。

「別に明日大学受験するわけじゃあるまいし気にしないですけど…とりあえず帰ったら連絡します」
「お願いします」

ひと息ついたら車の時計はそろそろ9時半になろうとしていた。

「うわやばい。ごめんね長々と引き止めて」
「いえ、じゃあ帰ります」

車を停めた時より雪が多くなってきた。ワイパーを止めていたから窓から外がうっすら見えなくなるぐらい積もっている。

「傘貸そうか?後ろに積んでるけど」
「大丈夫です。そんなに距離ないし」

シートベルトを外した彼が助手席のドアを開けると冷たい風と粉雪が車内に入り込んできた。

「じゃあ、またね」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ。気をつけて」

川沿いの土手から橋を渡って歩いて行く彼を見送ってから、いつも以上に慎重にアクセルを踏む。この1時間で色んなことがありすぎて、感情のままアクセルを踏んだら本当に事故りそうだ。
しばらくその場でぼーっとしていたかったけど早く帰りたい気持ちの方が勝っている。またねもこの次も、あるなんて思っていなかったから。





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