朝ごはんを教えてください


家族に伝染るといけないからと部屋で隔離されていたので1週間ぶりに吸った外の空気はとても気持ち良かった。
1週間も休むとやっぱり色んなことが浦島太郎状態で、授業は先生の話していることが日本語だということ以外何も分からない。そしていつの間にか文化祭の出し物も決まっていた。

「ノートのコピーとってたら遅くなってしまった…」

休んでいた間のノートを友人がコピーさせてくれたので帰ったらまずこれを叩き込まなければ。
でもその前に。

「!牛島さん!」

1週間ぶりに部室前の通路で牛島さんを発見して駆け寄る。今日も天童さんが一緒だった。

「あ、記録係!インフルだったんだって!?」

天童さんは笑いながらこちらを指さして来た。

「はい…丈夫なだけが取り柄だったんですがウイルスには勝てず…面目ないです……」
「もういいのか」

思いがけず横の牛島さんが声をかけてくれた。

「は、はい!あっ、もう菌はいないと思うのですが…!マスクした方がいいですよね!?すいません!!」
「いや散々喋った後だし治った奴から伝染るってあんま聞かないから大丈夫なんでないの…」

慌ててカバンからマスクを取り出そうとしてやんわりと止められた。春高予選を控えている強豪チームにインフルエンザを伝染すわけにはいかない。

「……あ、あの…差し出がましいお願いで申し訳ないのですが…」

カバンからいつものメモ帳ではなくレポート用紙を取り出す。

「休んでる間私の思いつく限りの和食メニューを書いてみたので…お、覚えてる範囲で構いませんので食べたものがあったら〇を付けて頂けないでしょうか…」
「何してんの寝てなよ…」

レポート用紙に和食の主菜、副菜をずらっと書き並べてみた。熱が下がり始めの頃に書いたから前半は字が歪んでいる。
恐る恐るペンと一緒に差し出すと牛島さんは嫌な顔をせずに受け取って〇を付け始めてくれた。

「覚えてるのすごいね?」
「さすがに1週間分は覚えていない」

そう言いつつ〇を付ける手に迷いがなかった。
ものの数分でレポート用紙とペンを返される。

「ありがとうございます!もう休んでる間これだけが気がかりで…!今日は牛島さん何食べたのかなぁって考えたら黙って寝ていられなくて…」
「いや黙って寝てなよインフルだよ??」

レポート用紙を抱きしめて深々と頭を下げる。

「今日の朝食も書いておいた」
「えッ!?あ、ありがとうございます!!」

慌てて顔を上げてレポート用紙を覗き込む。ずらっと書き並べたメニューの下に新しいメニューが書き足されていた。
秋刀魚のみりん干し、ロールキャベツ、卵豆腐、大根サラダ、しらすご飯と書いてある。わざわざ書いてくれたことにも感動したけど、初めて牛島さんの字を見て更に感動した。

「字、綺麗ですね…」
「そうか」
「あぁ…秋刀魚のみりん干し美味しそう…秋刀魚もそろそろ旬ですもんね…いいなぁ…」

これはこのまま切り取ってノートに貼ろうと思った。

「ほんとにありがとうございます…!主菜と副菜の組み合わせ妄想するだけであと半年は楽しく生きられます…」
「半年経ったらもう俺らいないけどね」
「えっ」
「えっ?」

天童さんの言葉に思わず声を出したら逆に天童さんが驚いていた。

「いやさすがに誰も留年しないよ…?」
「そ、そうですよね…すいません…」

3年生の卒業まで半年余り。推薦で大学が決まっている人は年明けからほとんど学校には来なくなる。ほとんどの部活で3年生は引退しているけど、スポーツ推薦で進学する人はちょくちょく部活に顔を出していると聞くからあまり深く考えていなかった。

「…私があと2年早く生まれていれば……」
「そんな世界の終わりみたいな顔せんでもあと半年あると思えばいいじゃん」

あからさまに肩を落として表情を暗くする私を見て天童さんがフォローを入れてくれた。

「その半年のうちの貴重な1週間を棒に振るなんて…!」
「ちょっと若利くんも何か言ってやってよ」
「留年はしない」
「そこじゃなくて」




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