「……まずいな」
週末の午後、部屋で独り言を漏らす。
右手に体温計。
左手で冷蔵庫のドアを開けて顔をしかめた。
体温計は37.6℃を示し、冷蔵庫の中には片手で数えられる程度の食料が入っている。
「…牛乳…味噌……卵…」
以上。
冷蔵庫を閉めてちら、と後ろを振り返る。
流行りのインフルエンザだったら困るからと朝一番で病院から貰ってきた薬がテーブルに乗っていた。
(インフルではなかったけど…薬飲まないと……ただ薬飲むには何か腹に入れないといけないから……)
もう一度冷蔵庫を開く。
開いたところで中身は増えたりしない。
「米はあるけど…研いで炊けるの待ってる気力がないな……病院帰りになんか買ってくるんだった…」
また外出するのも辛いけど、米が炊けるのをじっと待つ方が辛いだろうと判断してすぐにコートを羽織った。
(絶対知恵熱だ…高校受験以来久しく使ってなかった頭を使いすぎたせいだ……)
財布と携帯だけ持って家を出る。冷たい風が肌にビリビリと響いて肩をすくめた。
昨日はチームの練習から帰ってきてろくに食べずにお酒をかっ込んで寝てしまった。しかし夜中に寒気と喉の痛みに見舞われてなかなか熟睡出来ず、熱に魘されて目覚めたら声がガッサガサになっていたので朝イチで病院に駆け込んで今に至る。
「…駄目な大人のいい例だ」
5分ほど歩いたところにあるコンビニの店頭には春高バレーのポスターが貼られていて「祝・烏野高校排球部」と書かれていた。
(…一丁前に、落ち込んでるんだろうか)
ポスターをぼんやりと眺めて考える。
(春高までは学校の方が忙しいだろうし…一旦落ち着くにはいい時間だよな…私が)
我ながら自分勝手だなぁと思う。
勝手に想いを寄せて、勝手にそれを放棄して、勝手に凹んで勝手に自己完結しようとしている。それを死ぬまで誰にも知られなければ、それは最初からなかったのと同じになると思った。
(友達の弟とか…最悪だろ。色々)
店内に入り、日用品コーナーの後ろに回ってレトルト食品の棚を見渡す。
(お粥と……あっためてすぐ食べれるものと……あ、マスク)
カゴにレトルトのお粥とご飯を適当に詰めて再び入り口の日用品コーナーに戻ろうとした時だった。
「柿田さん」
背後から名前を呼ばれて反射的に振り返る。
ヒッ、と喉が引き攣りそうだった。
顔をかなり傾けなければ目線を合わせられない背格好の男子高校生は、ヘッドホンを首にかけて「こんにちは」と頭を下げる。
「……落ち着く時間は!?!?」
「いきなり何の話ですか」
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