「月島ぁ、今日は飲み会来るべ?」
練習後、赤井沢はいつものようにメンバーたちを飲み会に誘っている。
「いや、今日もコイツ送ってくんで…」
「送ってから合流すればいいじゃん。俺らも代行呼ぶし」
「私送ってくよ。家知らないけど」
返答に迷っていた兄に声をかける。兄はジャージを羽織りながら「いやいや」と慌てて首を振った。
「悪いからいいよ。帰り遅くなるだろ」
「あんま蛍くん理由に飲み会断ると赤井沢さん不貞腐れるぞぉ」
「バスで帰るのでいいです」
「そこはいい加減お願いしますって言おう?この時間じゃバスあんまないぞ」
傍で話を聞いていた弟が淡々と口を開く。大通りに面している体育館だからバス停は近いけど、夜8時を過ぎるとさすがに本数が少ない。
「電車でも帰れるので大丈夫です」
「そんなに私の車嫌か?芳香剤の匂い?カーステ煩い?スマホ繋いで好きな音楽聴いていいよ?」
「そういうことじゃなくて…」
「じゃあ黙って乗る。いや黙らないでなんか喋って乗る」
「……………」
兄に何度も「ごめんな」と謝られて何とか弟をほぼ無理やり車に乗せた。「後で何か奢るから」と言っていたから楽しみにしておこう。
「ナビ宜しくね。クラス一緒だったけど家全然知らないから」
「学校でいいです」
「よしとりあえず嶋田マート目指すぞ」
ナビが期待出来なくなったのでとりあえず学校の近くを目指して車を走らせることにした。
「…柿田さんは行かなくてよかったんですか、飲み会」
「赤井沢さんの絡み酒厄介だからさ。それに女子がいると話しづらいこともあるべ」
絡まれる兄を想像したのか納得したように「あぁ…」と頷く。
「でも蛍くん、ブロック巧くなってきたよね」
「…自分ではよく分からないですけど」
「そこのピンクの袋に入ってるノート取って」
右手でハンドルを握りながら左手で後部座席を指さす。彼は首を傾げて少し間を置いた後、ベルトを締めたまま体を捩って後部座席の袋に手を伸ばした。身長があると腕も長いから簡単に手が届いたみたいだ。
「…これですか?」
「うん。後ろの方、蛍くんのページになってるから」
手に取ったノートを言われるままめくっていく。手前のページには他のメンバーの名前があって、一番後ろに「月島蛍」と名前があった。身長とポジション、コートに入った回数とローテーション毎にボールに触れた回数、前衛の時にブロックに飛んだ回数から成功率が出されている。
「……すごいですね」
その細さに思わず声が出た。
「でしょ!?一応スマホで動画撮っててさ。家帰ってから見直して計算するの」
「…部活でもこんなに細かくやりませんよ」
「最近気づいたんだけどこういう作業好きなのかも。みんな趣味でやってる社会人チームだけど、こういうのあるとやる気出るって赤井沢さんも褒めてくれたー」
「ここ成功の功が効になってます」
「え、嘘…あっ!」
ハンドルを切りながら横目でノートを見たところで誤字とは全く関係のないことを思い出した。
「ごめんコンビニ寄っていい!?牛乳ないの忘れてた!」
「あ、はい」
慌ててUターンしてコンビニの駐車場に入る。この先はコンビニがないし、スーパーもそろそろ閉店してしまう時間だ。
「すぐ戻るから待ってて!」
財布だけ持って車を出る。彼は膝に置いていたノートを眺め始めた。
(…別にここから歩いてもいいんだけど)
どやされると面倒だから大人しく乗っていよう。息を吐いて背もたれに深く寄りかかる。まだ2度目の乗車なのに、狭い車内はほんの少しだけ居心地がいいような気がした。
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