及川さんに関係ない話A
(…さすがに放課後までは来ないか)
校門を出てのろのろと通学路を歩きながら溜息をつく。
(……なんてこと考えてる時点で自惚れもいいところだよな)
ならしっかりLINEとを返して電話にも出て、逃げたりしないで真正面からあの人と話をすればいいだけのことだ。
それが出来ないのは、気持ちの整理とか云々ではなく何か得体のしれないもやもやが心の内にあるから。
(もやもやというかいらいらというか)
「…あれ」
通学路途中にあるスポーツ用品店の前を通った時だ。店の前に仁王立ちする少年。彼に見覚えがあった。
黒髪短髪に「烏野高校」と書かれた真っ黒なジャージ。立っているだけなのに周囲を怖がらせそうな形相
「…あれ影山くんだよな」
卒業以来会っていないので自信はないが、あの背格好の部員が他にいなければ彼で間違いないはずだ。
(…今日あそこの店定休日なんだけど教えた方がいいだろうか…いやでも私のこと覚えてないだろうし…)
彼の自宅はここから二駅ほど離れている。わざわざあの店に来たからには何か買い物があったのだろう。
「……あの」
一度は通り過ぎたが、悩んだ末に近づいて話しかけた。突然話しかけられた少年は少し驚いたように肩を強張らせ、その緊張を表情にも表してこちらを見る。何故話しかけられたのだろうという疑問と、誰だお前という不審感を込めた表情だ。
「…影山くんだよね…?北川第一でマネージャーやってた…柿田です…」
名乗った後も彼はしばらく同じ表情で硬直している。
やっぱり覚えてなかったか。
中学時代は部活の連絡以外で会話をしたことがなかったから無理もない。彼は眉間に皺を寄せて怪訝そうな顔をした後、首を捻って自分の記憶を掘り出しているようだった。
「…………あ」
十数秒して何かを思い出したようで、眉間のシワがすっと取れた。そして徐に携帯を取り出して電話帳を開く。
「これお前か」
見せられたのは「マネージャー」の文字と携帯番号。
「マネージャーの番号なんて知らないから誰だよってずっと思ってた」
「覚えてないのに消さないのすごいね…」
高校に行って交友関係が増えると、しばらく連絡を取っていない相手は消してしまうものだろうに。
「じゃあ今は青城のマネージャーなのか」
「あ、ううん」
そう答えると彼は不思議そうに首を傾げた。制服姿だから、青城に通っていることが分かったのだろう。
「…青城ではマネージャーやってない」
「?そうか」
彼はそれ以上何も聞いて来なかった。
「…今日ここ、定休日だよ」
「マジか」
「わざわざこんな所まで何買いに来たの?」
「シューズ。小さくなってきたから替えようと思ったら近所の店にサイズなくてランニングがてらここまで走ってきた」
彼はそう言って浅く溜息をつく。ランニングがてらという距離ではないような気がしたが、そこは深く聞かないことにした。
「…もう少し行けば大きいスポーツ用品店あるけど…結構距離あるよ」
自分も携帯を出してネットでこの辺りの地図を表示させた。
「いい。もう一足あるけどここまで来たら何としても買って帰る」
彼はそう言って屈伸運動を始める。
「ここの大通りを直進して銀行がある交差点を………紙に書くね」
鞄から引っ張り出したノートの端を破る。彼がバレー以外の物覚えがすこぶる悪いことを思い出したからだ。
「…マネージャー」
「ん?」
「2人いるんだねってね、烏野」
「?ああ」
「金田一が羨ましがってた」
地図を書きながらそう言うと彼は首を捻る。
「羨ましいのか、マネージャーって」
「私もよく分かんないけど、強豪っぽいって」
「ああ…日向も言ってたなそれ」
「ヒナタ?」
「今のチームメート」
彼がそう言ったから思わず手を止めて顔を上げた。
「……影山くん、ちょっと変わったね」
「何が?」
「…ううん。何でもない」
携帯を見ながらなるべく分かりやすいように地図を書いて彼に渡した。
「もし分かんなくなったら電話して。私、あと家に帰るだけだから」
彼は紙を受け取って頷くと、エナメルバッグを背中の方に回して走り出す体勢を整えた。
「マネージャー」
「うん?」
「やりたいんならやればいいんじゃねぇの」
言葉に詰まって硬直してしまった。
そうこうしている間に彼は走り出してしまう。見送る言葉をかけるのも忘れて呆然と立ち尽くしていると、数メートル走ったところで彼は徐に立ち止まって振り返る。
「地図、ありがとな」
そしてまたすぐに走り去ってしまった。
「…あ、うん!」
我に返って彼の背中に向かって大声で返事する。
(……お礼言われたの初めてだなぁ)
中学の頃マネージャーとして動いていた時も話をする機会はあったけど、いくら記憶を遡っても彼に礼を言われた記憶がなかった。
…にしても
「…そんなにマネージャーやりたそうな顔してたのだろうか」
影山くんは変わったと思う。
それが中学の一件からなのか、烏野のチームメイトの影響なのかは分からないけれど。
(…私は変わらないなぁ)
中学の頃だって、友達がマネージャーをしてみたいというので見学に付き合ってそのまま自分もやることになった。そして今も他人に促されている。
マネージャーの仕事自体は嫌いじゃない。掃除も洗濯も、合宿の食事作りも、大変だったけれど楽しかった。
…けど。
「…あ」
「…県予選お疲れって言うの忘れた…」
prev|
Back|next
しおりを挟む