「……………」

初めて1人で来る近所のスーパーでスマホを片手に立ち尽くす。
今日の晩御飯はハンバーグの予定。カゴの中には玉ねぎ、卵、食パン(パン粉が見つけられなくて調べたらパン粉は日本発祥らしい)が入っているが、肝心の挽肉がまだだ。
呆然と立ち尽くす精肉コーナーには、何十人分あるんだ??という大きな肉の塊が沢山並んでいて、その傍に値札が付けられている。日本のスーパーのようにグラムで分けられてパック詰めされている肉はどこにもなかった。

(……店員さんに捌いてもらうスタイルのやつか…ッ)

テレビの海外ロケなどで見たことはある。あるけども、実際に店頭で注文してみたことは勿論ない。

(えぇと…挽肉…チョップ…チョップドミート??いやこれ英語だわ。グラムも言わなきゃだよね…いやポンドか?ハンバーグ2個って何ポンド…?)

スマホで翻訳アプリを起動していると

「Co dla Pani?」
「ヒョワ!!!!」

お肉の向こうから大柄な男性店員さんに声をかけられた。

「あ、え、えーと…wiprzowina」
「Tak.wiprzowina.lle?」
「チョップ…えーと、ミンチ?あーーと、こう、チョップ!」

「豚肉」は料理番組でよく聞く単語だから覚えた。しかし「挽肉」が伝えられず、切り刻むジェスチャーをしたけど店員さんには首を傾げられた。そりゃそうだ。すると

「What are you make?」
「!」

英語だ!
そういえば若利さん若い人には英語通じる時もあるって言ってた!何作るの?って聞いてくれてる!

「ハンバーグ!は日本語か…ええっと、This!」

スマホで検索したハンバーグの画像を見せると店員さんは「OK」と頷いた。

「How many people will it be for?」

How manyは数を聞いててpeopleは人だから…

「For 2people!」
「All right.just moment」

大柄なお兄さんはそう言ってにかっと笑うと作業台に戻って行った。5分と経たずに兄さんは挽肉の入った包みを持ってきてくれた。

「Thank you…じゃなくて、Dziękuję!」
「nie ma za co」

お礼を言いながら頭を下げるとお兄さんは笑いながら手を上げてくれた。挽肉パックをカゴに入れて精肉コーナーを後にする。

挽 肉 が 買 え た !

「…ということがありまして、店員さんが優しかったので無事挽肉が買えました!」
「よかったな」

無事作ることが出来たハンバーグ。パン粉がないから食パンを削るところからだったし、デミグラスソースが見つけられずケチャップ・バーベキューソース・赤ワインでソースを作ったから思いがけず本格的になってしまった。
そして2人分と伝えたけど何故かハンバーグは4つ出来た。…海外の1人前ってかなり多いんだなぁ。(残りの2つは冷凍しよう)

「うん、美味い」
「よかったぁ。ほんとは合い挽き肉にしたかったんですけど挽肉も分からないのに合い挽きとかもっと分からなくて…ポーランド語激ムズですね」
「俺もバレー用語以外はまだまだだな。他の国から来ている選手には英語が通じるから助かっているが、英語でもたまに通じない単語があって困る」
「日本でしか通じないカタカナ多いですもんね…ハンバーグがまさか和製英語だとは…ウィンナーとかキャベツとか…食べ物も結構あってしばらくは翻訳アプリ必須です…」

日本で普段何気なく使っている言葉が和製英語だったり、別の物を指す単語だったりして通じないことがままある。

「イタリアのチームに行った元チームメイトも「ナポリでナポリタンは通じない」と言っていたな」
「ナポリタンなのに!?」

日本人独自で英単語作りすぎだろう。

「あっ、そういえばスーパーで面白い野菜見つけたんです。これ」

テーブルに置いていたスマホで写真を見せる。スーパーで見つけて思わず写真を撮ったのはキャベツのようなカブのような球体にほうれん草のようなチンゲン菜のような葉物がくっ付いている野菜だ。値段の横に商品名も書かれているけど、そもそもこの野菜の名前が分からないから読みようがない。

「…キャベツ…とほうれん草が合体しているように見える」
「謎ですよね…上を食べるのか下を食べるのか…はたまた大根みたく両方食べれるのか…上下食べれたらお得なんだけどな…」

写真を覗き込んで2人で首を捻る。

「店員さんに食べ方聞きたいけど教えて貰っても多分まだちゃんと聞き取れないので…」
「写真を送ってくれ。チームメイトに聞いてみる」
「やった!ありがとうございます!」
「何でも試してみるといい。試食は任せろ」
「はいっ!」

不便はもちろんあるけれど、名前も知らぬ野菜の調理方法を想像するのはちょっと楽しい。

「…なんかめちゃくちゃ日本食食べたくなってきた…納豆恋しいです…」
「パリのスーパーにはあるらしい」
「ほんとですか!?醤油とか味噌もありますかね?!鰹節か昆布もあれば味噌汁作れます!」
「味噌汁は飲みたいな」
「でしょ!?」

勿論ポーランド料理にも野菜や豆を沢山煮込んだスープやシチューはある。でもやっぱり日本人としては時折無性に出汁の効いたお味噌汁が飲みたくなるのだ。
なんとなく日本食に近い味のもの、は現地の調味料で何とか作っているけど出汁や醤油味の和食という意味ではしばらく食べていない。

「天童に予定を聞いてパリのスーパーまで行ってみるか?」
「!いいんですか!?」
「ああ。休みを聞いてみる」
「やった!冷蔵庫整理しなきゃ!」


翌日

「チームメイトに聞いてみたが、「カラレパ」と言ってカブのようなものらしい」
「カラレパ…カラレパ……あっ出た」

教えられた単語をスマホで検索してみると意外にも画像やレシピが沢山出てきた。

「あ、英語でコールラビって言うんですね。こっちは聞いたことあります」
「生でサラダにして食べることが多いらしいが、中身をくり抜いて挽肉を詰めて煮込んだりスープに入れても美味いと言っていた」
「あーーー聞くだけで美味しそう!!葉っぱも食べられるって書いてますね!お得!!」

カブと似てるなら調理方法も幅広い。煮ても焼いても良さそうだし、ピクルスや漬物にも出来そうだ。

「聞いて下さってありがとうございます。っていうかポーランド語よく聞き取れましたね」
「ポーランド人の選手の説明をアメリカ人の選手が英語に訳してくれて何とか分かった」
「なんかすいません…私も勉強頑張ります…」

スーパーの値札や雑誌を見て単語はそれなりに覚えてきた。でもそれを日常的会話に応用しようと思うと文法の問題が生じてくる。聞き取った単語を頭の中で組み立てて「多分こういうことを言ってるんだな」と想像してから答えを考えるので、どうしてもスムーズな会話にはならないのだ。

「…今度1日会話ポーランド語縛りとかやってみます?」
「……口数が減りそうだな」
「えっそれはやだ!困ります!やっぱりナシで!」




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