「……またいる」

日陰になった校舎外の自販機に近づいたら先客がいた。

「お。飛雄くんだ。こんにちは」

自販機の横に寄りかかってコーヒー牛乳を啜っていた女子生徒が軽く手を振ってくる。

「…ちわす」

軽く頭を下げて自販機に小銭を入れた。
そしていつものように2つ並んだぐんぐん牛乳のボタンを2本指で同時に押す。

「いつも思うんだけどさ」

ガコン、と商品が落ちた音を聞いて女子生徒がまた話しかけてきた。

「それ同時押しする意味あんの?」
「ないです」
「ないんかい」

女子生徒はアハハ、と笑う。
傍から見れば知り合い同士の何気ない日常会話に見えるかもしれないが、この女子生徒とは知り合いではない。
少なくとも自分は彼女の名前も学年も知らない。いつからだったかこの自販機前でよく顔を合わせるようになって向こうから話しかけてきた。一応敬語を使っているのは同級生なのかはたまた2年生なのか3年生なのかは分からないからだ。
紙パックの穴にストローを差し込んで牛乳を啜る。反対に彼女は飲み切ったコーヒー牛乳を潰して近くのゴミ箱に放り投げた。

「前から興味はあったんだよなぁ。同時に押したらどっちが出てくるかな問題」
「はぁ」
「でもやっぱ金払ってるし飲みたくない方出てきたら嫌じゃん?」
「俺は牛乳でもヨーグルトでも嫌じゃないです」

さして中身のない会話が続く。

「やっぱり乳製品摂ると身長伸びる?」
「分かんないすけど」
「身長ってほぼ遺伝だって言うよね。お父さんかお母さん背デカいの?」
「いやそんなに。あ、でもじいさんは今の俺くらいありました」
「へーっじゃあ飛雄くんはじいちゃん似だ」

じいちゃん似、と言われて少しそわっとする。

「…あ、でも…ありましたってことは」
「あ、はい。死にました。中学ん時に」
「言い方」
「………お、オナクナリになりました…?」
「うん、まぁ良し」

身内以外でも言い方気を付けろよ、と苦笑された。女子生徒はスカートのポケットからスマホを取り出して時間を確認し「やば」と小声で呟く。

「じゃーね飛雄くん。またここで会おう」

そして手を振って校舎に駆けて行く。
はぁ、と曖昧な返事をして自分も残りの牛乳を飲み切った。

(……誰なんだあの人)

散々会話をしてから改めて思う。
興味はないけど、向こうがこちらを知っているのにらこちらが向こうを全く知らないのは少し気味が悪い。会うのは決まってこの自販機の前で、校舎や登下校では全く見かけたことがなかった。
まぁいいか、と紙パックをゴミ箱に捨ててその場を離れる。


「影山さぁ、昼休み女子と話してなかった?」


部活前の部室内で頭一つ分低いところからチームメイトに話しかけられた。(頭一つ分は言い過ぎかもしれない)

「お前いたのか」
「トス練しようぜ!って言いに行こうとしたら女子が見えたから隠れた」
「何で隠れんだよ」
「だって告白の邪魔したら気まずいだろ!」

コイツは何を言ってるんだという目線を向けてしまう。すると後ろで着替えていた坊主頭の先輩が上半身裸のまま話に入ってきた。

「何だ何だァ?影山遂に告白されたか!?」
「されてません。牛乳の話とかしただけです」
「牛乳」

何で?と首を傾げられる。

「何年?」
「知りません。自販機の前でしか会ったことないし、校内では声掛けられたことないんで」
「なにそれ怖い」

先輩は上半身裸のままぶるっと身震いする。
早くTシャツを着ればいいのに。

「でも確かにあそこあんま使わないよな。外出んの面倒だし」

先輩はそう言って他の2年生にも話を振る。校内にも自販機はあって、休み時間にわざわざ外の自販機を使う生徒は少ない。

「顔とか特徴覚えてねーの?」
「特徴…髪が長かったです」
「他には?」
「俺より小さかったです」
「…お前それ烏野の女子8割くらい当てはまんぞ」

髪が長かったこと以外思い出せない。
バレー以外のことを覚えるのは苦手だけど、その中でも人の顔と名前を覚えるのは特に苦手だ。

「王様って未だにクラスメイトの顔も覚えてなさそうだよね」
「あァ!?そんなことは……………ない!!」
「その間不安しかないんだけど」

後ろで鼻で笑った同級生の言葉を聞いて反射的に声を荒らげたれど断言出来る自信は正直なかった。

「……それってもしかして」
「お、ノヤっさん何か心当たりあんのか?」

奥でもう1人の2年生が口を開いた。


「自販機の神様じゃねぇのか……?」


真顔の先輩。
数秒の沈黙。

「たまにあんだよ!自販機で「あ、何か今日は当たりが出そうな予感」って時!」
「分かる!まぁ1回も当たったことねぇけども!」
「…あそこの自販機当たり出るタイプの自販機でしたっけ?」
「いや違うと思う」

また始まった、という顔で各々着替えを終えて部室を出ていく。

「……自販機の…神様……」
「おぉい影山!真に受けるな!お前らも変なこと言ってないで早く着替えろよ!!」


結局彼女に関して分かったことは自販機の神様かもしれないということだけだった。(訳:何も分かっていない)
昼休み、またいつものように自販機に向かうとやはり彼女はそこにいた。

「飛雄くん。こんにちはー」
「…ちわす」

彼女はいちご牛乳を啜りながら手を振ってくる。何となく上から下まで見てみた。…足はある。足ないのって幽霊だったか?カミサマって足あんのか?とか真剣に考えた。

「聞いてよ。飛雄くんを真似してコーヒー牛乳といちご牛乳同時押ししてみたらいちご牛乳出てきた」
「はぁ」
「コーヒー牛乳が飲みたかったのに」
「じゃあコーヒー牛乳押せば良かったんじゃないですか?」
「正論だけどそうじゃないのだよ少年」

女子生徒はそう言ってはぁぁ、とため息をついた。

「あの」

自販機に小銭を入れ、こちらから声を掛ける。
飲みかけのいちご牛乳を持て余していた彼女は「なに?」と横目で視線を向けてきた。


「もしかして自販機の神様ですか?」


・・・・・・・・
・・・・・・・・


数秒の沈黙。
そして

「あっははははははははは!!!!!」

大爆笑。

「じはっ……かみ、アッハハハハハ!!!ちょっ…待っ、あははははははは!!!!」

彼女はいちご牛乳を地面に置いて両手で腹を押さえてしばらく爆笑している。
何がそんなに可笑しいのか分からないので微妙な顔で彼女の笑いが収まるのを待つしかない。

「…はぁ…はぁ…お腹痛い……あー笑った…ごめんごめん、てっきり名乗ったつもりでいたわ」

涙を拭きながらひらひらと手を振る。にしても笑いすぎではないだろうか。
ひとしきり笑った後、彼女は背筋をピンと伸ばして真っ直ぐこちらを見る。

「柿田栗子です。2年4組。県予選の試合見て君のファンになりました。よろしくね」

そう言って手に持っていたいちご牛乳を差し出してくる。

「?あの、」
「あげる。甘すぎた!」

右手に無理やり紙パックを持たされた。

「じゃーねー!次会ったらサイン下さい!」

そして手を振りながら颯爽と校舎に向かって走って行く。「神様じゃなくてごめんねー!」と言いながら。

「………………」

右手にいちご牛乳、左手にぐんぐん牛乳を持ったまま呆然と立ち尽くす。
右手のいちご牛乳はまだ結構な量が残っていて重さがあった。このまま捨てるのは少し憚られる。仕方なく既に刺さっているストローを咥えて啜ると思わずむせてしまった。

「……甘ッッめ」

目が覚める甘さと1口で全身に糖が行き渡る感覚。口直しに左手のぐんぐん牛乳を流し込んだけど、口内に残る甘ったるさはなかなか消えなかった。


数日後

「お、すごい!サインっぽい!流石だなちゃんと考えてるんだ!」
「いえ、バレー部の先輩が考えてくれました」
「横に「栗子さんへ」って書いてね!」
「……栗子さんへ…………………」
「……平仮名でいいよ?」



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