2.偶然がくれた恋だった


 泰裕と初めて言葉を交わしたのは、高校二年の秋だった。

 いつもの駅。
 乗り換えの電車を待ちながら、ホームの端に立つ。
 最後尾の車両は、他の車両に比べて人が少ない。
 改札までかなりの距離を歩くことになるけど、それでも俺はこの車両に乗るのが好きだったし、高校入学して以来、いつの間にか習慣になっていた。

 見るともなしに目の前に広がる景色をぼーっと眺めていたら、背後から名前を呼ばれる。

「――水戸部?」

 それが、泰裕だった。

「水戸部、だよな? 4組の。宮嶋とよく一緒にいる」

 目を細めて俺を見下ろす、人懐っこい笑顔。
 その顔に、見覚えがあった。

「――福井?」

 友達がたくさんいるのだろう。泰裕は、休み時間や移動教室で廊下に出るたび、誰かしらに声を掛けられていた。
 同じフロアに教室があるから、俺は廊下ですれ違う程度だったけど、宮嶋と一緒にいるときに、ついでのように挨拶されたことがある。

「あ、覚えててくれた? 嬉しいな」

 そう言って本当に嬉しそうに、満面の笑みを浮かべる。

 それを目にした瞬間、ドキン、と鼓動が大きく跳ねた。

 おかしいな。
 すごく男前ってわけでもないし、かといって不細工でもない。
 ごく普通の顔立ち。でも、笑うと目尻に皺が寄って、すごく、優しい顔になる。
 向けられる、曇りのない笑顔。同じ男なのに、なぜか、ドキドキ、する。

 変だ、俺。どうしたんだろう。
 泰裕の顔がまともに見れなくて、少し視線を俯ける。と――。

「宮嶋とは、仲いいの?」

 訊こうと思っていた同じ質問を先に言われた。

「……仲いいっていうか、出席番号が近かったから、なんとなく一緒にいる。それだけ」

 答えてから、ちょっと言い方が悪かったな、と思った。だけど泰裕は、それを気にする風でもなく、軽く相槌をうつ。

 ――福井は?

 訊こうとして、やめた。

 あまり他人に関わらないほうがいい。繋がりは、浅いほうがいい。同じ高校の、同学年。それだけで、いい。

 だけど泰裕は、俺の心を読んだみたいに、勝手に答えをくれた。

「俺は宮嶋と同じ中学なんだ」
「………そう」

 その話題はそれっきり。
 泰裕の関心はすでに、遠くに見え始めた電車に向いているようだった。

「ほら、水戸部、電車来たよ」
「……うん」

 必然的に同じ車両へ乗り込んで、当然のように学校まで一緒に行く。

「水戸部は、いつもこの電車?」
「うん」
「俺も実は毎朝この電車」
「うん」
「でもさ、いつもはもっと前の方に乗るんだ」
「うん」
「水戸部、さっきから『うん』しか言ってない」

 ぎゅうぎゅう詰めの電車の中、クスクスと、楽しそうに笑う声が頭半分高い位置から降ってくる。
 こんなに長く話したのは初めてなのに、ずっと前から知っているかのように、心地よく響く声。

「………うん」

 最初は偶然。その先は必然。

 約束はなかった。
 でも俺は毎日ホームで泰裕を待ち、いつしか泰裕と一緒に学校へ通うようになっていた。

END

2008/05/18


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