誇大妄想 | ナノ




あまくとろける

「…でさ、君が欲しがると思って。少しもらってきたんだ」
「へえ、君にしては気が利くね。しかし寮母さんの親切には頭が下がるな」
「素直にありがとう、ていえないのかい?」
「その言葉は君にではなく寮母さんにいっておくよ」
「…そうかい」


関口が寮母さんのお裾分けで貰ってきたチョコレイト。
甘党の中禅寺は勿論手放しで喜んだ。
食堂で湯をもらってきて、二つの湯飲みに緑茶を淹れる。ふわりとお茶の好い香が部屋を満たした。


「チョコレイトに緑茶か、君らしいね」
「文句いうなら淹れてやらないぜ」
ごめんごめん、と明るく笑いながら関口が湯飲みに手を伸ばす。チョコレイトに抗鬱作用がある、というのは本当かも知れない。
「この時期じゃあさ、中々買いにも行けないんだよ。気恥ずかしくて」
「バレンタイン、ねぇ。チョコレイトを贈るのは日本と韓国くらいなものなんだぜ。まんまと業界の策略に嵌まっているじゃないか。
 大体人の命日を恋愛イベントみたいに浮わついた扱いをするなんて不謹慎極まりないね。関口君、去年も話したはずだが、二月十四日、バレンタインデーはヴァレンティヌスの命日なんだよ。ヴァレンティヌスが当時禁止されていた兵士の結婚式を挙げてやったから、といって処刑されてしまった血腥い逸話のある日なんだぜ。
 まあこの話は有名どころだけど、他にも例を挙げればシカゴでの虐殺とか、'42年大日本帝国陸軍落下傘部隊が奇襲を敢行、'92年には清瀬市警察官殺害事件が起きている。ああ、原子Lr・ローレンシウムが合成された日でもあるな───」
「もう聞きたくないよ、君の無駄な雑学」
「雑学っていうな。せめて蘊蓄といえ」
「どっちでも同じだよ。ほら食べろよ。美味いぜ?」
「君の舌はあてにはできないがね。…たしかに、美味い」
「君が食べた方が濃いちごで、僕が食べてる方が抹茶。あとこっちの白い箱のは新しくでたやつなんだよ」
箱をひとつずつ指しながら楽しそうに説明する関口に、つられて笑みを溢す。

「この白いのは冬季限定だって。…美味いかい?」
「僕を毒味役に使おうとはいい度胸だな。うん、でもこのいちごは美味いよ。酸味と苦味と甘ったるさのバランスが丁度良い」
「君の批評は褒めてるんだか貶してるんだかわからないのが難点だね…」
関口の呟きに煩瑣いなと返して、適当にチョコを口に突っ込んでやった。勢いで指まで入ってしまった。関口がチョコを堪能して恍惚した顔をしているのがムカつく。
「美味いか?僕の指」
「っ!!ご、ごめ、っと」
「チョコまみれじゃないか、おい口から溢れるぞ」
「ん」
どろどろのチョコがまとわりついた指で拭うのは流石に無謀だ。そう判断して、中禅寺は自分の指をぱくりと咥えた。食べ物は無駄にしない主義である。
「ああ、間接キッス、してしまったな」
「は、ふぁんせつキッ…!?」
関口が真っ先に思ったのはなんで「ッ」が入るんだ?だった。そこか。
「第二関節あたりまで突っ込んだから、間接ディープキスだなぁ」
「も、もう三秒経ったから忘れろ!三秒ルール発動!」
「いやそんなルールじゃないよ三秒ルールは。間接が厭なら直接しようか?」
「そーいうことじゃないっ!」
「はいはいそう怒るな。ほらこれ食べて、機嫌なおして」
「ぅむ… (いい感じに誤魔化された気がする)」
「はいこっち向いて…ん」

ちぅ

頬に手を添えられて横を向いた途端に唇を重ねられた。
「!?!?!?」
「なんだ、今日の君は元気だね」
「っば、たっ、たらしっ」
「たらしっていうなよ、たらしって」
「煩瑣いっ。もういいから、チョコちょーだい」
「ん。これでいいかい?」
チョコレイトの包装を剥いで口元に持っていってやる。関口はぺたりとテーブルにつけた顔を持ち上げて、中禅寺の手に噛みついた。
「ちょっ、痛てっ」
「ふふー、ざまーみろっ」
「…本ッ当に元気だね今日の君は…」
「榎さんほどではないけどね」
「君がいつも榎さんほど元気では困るがな、主に僕が」

一瞬の沈黙。

「あの、さ。今日一応バレンタイン、なんだけど」
「だから?」
「だから、バレンタイン、なんだって」
「だから?」
「だから、えっと、えっとぉ…」
うにゃ、と妙に可愛らしい掛け声と共に関口が身を乗り出してくる。

ちゅっ

生温い柔らかい感触が中禅寺の頬に触れて、瞬時に離れた。
「せっ、きぐ、ち!?」
「バ、バレンタインだからな!今日だけ特別なんだからな!」
関口が耳まで真っ赤にして俯く。中禅寺の脳内からチョコレイトの存在はふっ飛んだ。ついでにバレンタインの蘊蓄も。
「ねぇ関口君、食べていいかい?」
爽やかな笑顔(のつもり)でいった科白は、流星の勢いで燃え尽きた。

「一ヶ月の三倍返し、楽しみにしてるからな!」
「…(くっそうこんな時だけいい笑顔しやがって)…ああ」

これじゃあうかつに手も出せない。うっかり手を出そうものなら、一ヶ月後の俗称白の日にどんなお返しを請求されるか。
「エンジェリック小悪魔め…(泣」
「何?」
「なんでもない」

関口の天使スマイル発動に、中禅寺秋彦・撃沈。



本日の教訓

明るい関口は、小悪魔。

Fin.


バレンタインフリー。
H23.02.14.

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